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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第二集
39/181

三十五幕 龍騎団の歩み~愚馬編



 (ゆう)(しゅう)にある()(ほく)(へい)(ぐん)は幽州のほぼ中央に位置する郡で、四つの県を内包している。

 郡治は()(ぎん)(けん)にある。

 右北平郡にも烏丸が住んでいるが、こちらは(ぞっ)(こく)のように戦時に置き去りにされた者たちではなかった。

 (こう)()(てい)の時代に、後漢に帰順することを決めた()(がん)(ぞく)の末裔が住んでいるのだ。

 漢民族と烏丸族。

 二つの民族が共に暮らしているが、その暮らしも百年以上続いている。

 わだかまりもなくなっており、(りょう)(とう)(ぞっ)(こく)のような政治的難しさもこの地にはない。

 そんな土地で起こる揉め事を解決する一団がいた。

 ()()

 愚馬は実力主義の一団で、内部の序列は月に一度行われる力比べで勝った順に決まる。

 要するに、愚馬は頭領、副頭領ですら月に一度、代わりうるのだ。



 郡治の土垠県から距離を取り、北上した先に突如、屋敷が現れる。

 その屋敷が、愚馬組と呼ばれる荒くれ者の集まりどころだった。

 そこに、(りゅう)()一行は辿り着いた。

 「………普通に家じゃん」

 劉備は呆れる。

 門にも大きく、『愚馬組』と書かれており、どう見ても忍んでいる気配すらない。

 確かに、道からは逸れており、屋敷の周囲には林があるため、ぱっと見はわからないのだが、それでもこれを捕捉できないのは政府に問題があるような気もする。

 案内をした(ちん)は苦笑した。

 「まぁ、問題視もされてはいるけど、下手につつかなければ無害な連中だからね。藪をつついて蛇を出すような真似をするリスクを負いたくないんだろうさ」

 と、説明した。



 「うむ。劉さんの言いたいことはわかった。わかったのだけども、だ。頷くわけにゃあ、いかないなぁ」

 愚馬の頭領である男は、武術大会において、劉備に(かん)と名乗っていた男で、()(がん)との戦いにおいては、門の内側で歩兵として、厳とともに動いていた。

 その時にも無双を誇っていた韓の肉体は今でも衰えはなく、それどころか一回りほど、体格が膨らんで見えた。

 「なんでだ? 愚馬は力が全てなんだろ? それなら、オレたちは実際に(きゅう)()のうちの三つを従えた。これは力にはならないのか?」

 そのあまりのまっすぐさに、韓は笑う。嬉しく感じたのだ。

 去年、劉備が見せてくれた正直さは、決してその場限りのものではないことがわかったからだ。

 しかし、それでも韓は首を縦には振らない。

 「俺たちの言う『強さ』ってのは、単純な武力によるものさ。劉さんの言ってるのは戦力としての強さだろ? それは俺たちの中では役に立たない代物さ」

 「でも、あなたが頭領なんでしょう? さすがに、強いだけじゃ選ばれないんじゃ」

 (かん)(えい)が疑問を挟むと、韓は甘英を睨みつけた。

 「愚馬では強さこそが絶対不可侵の大前提だ、女。次はないぞ。あんたみたいに守られるだけの奴が、口を挟んでくるな」

 『ほほう』

 「?」

 劉備、(かん)(よう)、甘英の三人の目が燃えるように煌めいた。

 「韓さん。あんたの言い分はよくわかった。要するに、あんたより強い人間に、あんたは従うって事だな?」

 劉備の確認に韓は頷きで返す。

 それを確認して、劉備は(かん)()に向き直った。

 「ウー。お前は(けん)()に負けてるよな?」

 「………どういう事ですかな、兄者」

 「沌狼をお前が討伐しに来たときに、ウーは憲和に、で、ヒーはオレに、一本取られてるよな?」

 「あれは………、確かに、そういうことになりますかな」

 関羽と(ちょう)()(とん)(ろう)を討伐した際に、隙をついて、劉備は張飛に、簡雍は関羽に、剣を突きつけていた。

 乱戦の中、不意をついたとはいえ、確かに状況は劉備たちが関羽たちから一本を取った形になっている。

 「んで」

 そのまま、劉備は腰に提げていた剣を抜くと、その体がブレた。

 風切り音と共に劉備が振るった剣を目でなんとか追えたのは、一部の人間のみだった。

 そんな驚くべき芸当を目の当たりにした一部の人間は、更に驚愕の表情を浮かべる。

 視認すら困難な劉備の斬撃はすぐそばにいた劉備の幼なじみである甘英を確実に捉えていた。はずだった。

 しかし、甘英はその一撃を受けていない。

 何が起こったかわからない一同は動くことができない。

 その間も、劉備は常人の目に追えないほどの速さで、甘英に斬りかかっていた。

 張飛、関羽、(りょ)、陳、(げん)()(おう)、韓はなんとか目で追えている。

 何筋もの剣閃が、甘英の首を、足を裂き、胸を、頭を、腹を突く軌道をとっているのを。

 そして、甘英がその悉くを紙一重でかわしていくのを。

 十合か、二十合か。

 わからないほどの剣筋が甘英を襲った後、唐突に、劉備が構えを解いた。

 同時に、甘英の動きも止まる。

 「韓さん。あんたもオレの剣、受けてみるか?」

 「い、いや」

 答えるまでもない。

 韓に、劉備の攻撃の速さを捌ききれる動体視力はない。

 「ふむ。で―――」

 韓の否定を受け取った劉備は片目を瞑って、肩を竦める。

 「韓さんはなんて言ったっけ? 甘英が『守られるだけの奴』だと?」

 劉備は韓に剣を向ける。

 「オレは甘英には勝てないよ。なんといっても、攻撃が当たらないからな。こいつは、オレ程度の攻撃なら、丸一日は避けられる。これは大袈裟でもなく、実体験の話だ。ちなみに、ウー、ヒー。お前らは、さっきの攻撃、避けられるか?」

 「いや―――」

 「―――無理、だな」

 避けられるかと聞かれれば、困難だが避けられる。しかし、避け続けるとなれば話は別。それが困難なことは火を見るより明らかだ。

 「ならば、だ。単純に考えて、ヒーはオレに負け、オレは甘英に負けた。ウーは憲和に負け、憲和はオレと同等の力量だ。そして、ウーとヒーはどっちが強いんだ?」

 劉備が片目を瞑りながら、張飛に尋ねる。

 「………二七五戦、一三七勝、一三八敗だ」

 張飛は劉備から送られた合図を理解して、口を尖らせながら答えた。

 「要するに、オレたち義勇軍の中核を担う五人の中で、暫定的にとはいえ、一番強いのは甘英。次点でオレと憲和。三番目にはウー。ビリにヒー、ってな具合ってことだ」

 そんな劉備の言葉に、韓を含めた愚馬の面々は頷くしかない。

 対する義勇軍の面々は、相変わらずといってもよい劉備の暴論に、呆れ半分感心半分で聞き入っていた。

 そして、幼なじみ三人組は、劉備の話術に愚馬が巻き込まれているのを見て、内心は苦笑することとなった。



 冷静に考えれば、おかしな話だ。

 愚馬は武力の優劣が絶対のものだと言ったのだ。

 甘英の見切りの能力がいかに優れていようとも、避け続けるだけでは一対一の戦いでは勝つことができない。

 勝つ手段がない以上、韓のいう武力比べには参加ができないのが、暗黙の了解だった。

 しかし、その冷静さを劉備は派手な実演で奪ってみせた。

 そして―――。



 「ヒー。韓さんと戦え。韓さん。ヒーが勝てば、あんたは実質、この六人の中で一番弱い。なら、オレたちに従ってくれるんだよな?」

 劉備の言葉に、韓は頷きで返した。

 「………」

 韓は張飛を見る。

 思わぬ大役を任せられた少年は、その重圧に震えている。

 ように見えた。

 しかし。

 「やっとだ」

 少年の震える声に、周りが注目する。

 「一番槍をウー兄に奪われ続けて、ビ兄には不意打ちで負かされて、(せい)(しゅう)では交渉役に徹して」

 張飛の槍を握る腕に力が入る。

 「簡単に終わらせてくれるなよ? あんた、強ぇーんだろ?」

 ギィ、と。張飛が歪に、凶暴に笑う。

 「まったく、不名誉だ。不名誉なことだ。オレが、このオレともあろう者が、最弱のレッテルを貼られるだと? あってはならねえよな。示さなきゃならねえよな」

 張飛が槍を下段に構えた。

 「頼むぜ、韓さんとやら。一撃で終わってくれるなよ?」

 その言葉に、韓は全身の毛が総毛立ったように感じた。

 咄嗟に、構えを解いて、刀を張飛の槍の軌道上へと防御に回す。

 「ぐぉっ!?」

 直撃は防いだ。

 しかし、勢いは殺しきれず、韓はその体を空中に浮かせた。

 数メートルの距離を飛ばされ、なんとか着地をして体勢を立て直す。

 そこに。

 「次は上だぞ」

 上段からの振り下ろしが韓を襲う。

 「な、がっ!?」

 それも刀で受けるが、一度受け止めた槍がそのまま押し込まれる。

 「っの!!」

 それを回避するために、韓はわざと力を抜いた。張飛の体勢が崩れる。

 張飛の体がよろけ、片足が宙に浮き、踏み込みも満足に行えなくなる。

 その隙をついて、脇に回り込み、張飛に一撃を与えようとして、

 ガイィィィィィン。

 「な―――」

 張飛の振るった槍が、韓の刀を弾き飛ばした。

 張飛は体勢を崩していた。

 片足は宙に浮いており、踏み込みも満足に行えなくなる。

 はずだった。

 張飛の視界からも、韓の姿は消えていた。

 はずだった。

 しかし、張飛は予定調和のように、韓の獲物だけを狙って、槍を振り抜いていた。

 そして、獰猛に笑う。

 「拾いなよ。続けようぜ」

 (―――埒外だ)

 そんな少年に、韓は敗北を悟った。



 「えー。終わり? 物足りないよー」

 文句を言う張飛を関羽が宥めている。

 「ヒ。相手をしてやるから落ち着け」

 「えー。まあ、いいか。そろそろオレ、欲求不満で死にそうだよ」

 「そう言うな。そろそろ私に勝ち越されろ」

 「冗談」

 そして、少し離れた場所で、関羽と張飛は打ち合いを始めた。

 早く、そして重い打撃音が周囲に響く。

 一打の間に関羽が織り交ぜるフェイントの数は端から見てもわからない。しかし、張飛はそれをしっかりと見極め、関羽の攻撃を防ぐ。

 張飛が関羽に槍を叩きつけ、そしてそれが防がれると同時に、張飛は関羽に蹴りを放つ。張飛が体中のバネを使って、関羽に重たい一撃を見舞うと、それを防いだ関羽が張飛に虚実の入り混じった攻撃を仕掛ける。

 関羽の技と速さ、張飛の力。二人の打ち合いは拮抗したままいつまでも続く、ように思えた。

 しかし、打ち合っている二人には結果は最初の数手で結果は見えていた。

 関羽が張飛に勝つには、張飛の予想外の一撃を打ち込まなければならない。

 予想外の一撃を打ち込みきれないと、力で叩きつけてくる張飛の攻撃を受けるだけで消耗してしまう。

 関羽が放つ技を、張飛は見て、覚える。故に、同じ技の組み立ては使えない。更に、関羽の速さにも慣れてきている。

 唯一、新しく編み出す事を、張飛は苦手とするため、関羽はまだ互角でいられるのだ。

 そしてこの日、勝者となったのは、張飛の方だった。



 その光景を見ていた韓は、この二人には勝てない、と感じた。

 凄まじい、武技と武技のぶつかり合いだった。

 しかし、沸々と煮えたぎるものも己の内に感じた。

 今まで、頂点として愚馬に君臨してきた。

 その事実が、韓に慢心をもたらしていた。

 月に一度、序列を決める試合。そこでは、韓が体調を崩さない限り負けはなかった。

 いつしか韓は、上を目指すのではなく、下をあしらうようになっていた。

 しかし、今、ここに遥かな高みを見た。

 次の目標が見えた。

 それが、韓の目を覚ましてくれた。

 彼らについて行けば、その高みへと近づける。

 そう感じたのは、韓だけではなかった。

 韓は愚馬の面々へと視線を向ける。

 彼らも同様の思いを抱いているのはすぐにわかった。



 こうして、愚馬は劉備たち義勇軍に加わることを、決めた。

愚馬は攻撃力特化の集団。

歩兵部隊には必要な存在だと思ってメイキング。


章番号修正(2024年9月25日)。

ルビ、誤字、表記ゆれの修正を行いました(2024年10月23日)。

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