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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第二集
38/181

三十四幕 龍騎団の歩み~青衆編



 (………みなさんこんにちは。(ちょう)(よく)(とく)です。いきなりこんな話の始まり方でごめんなさい。ただね。みなさまにお知らせしなきゃならんことがあるんですよ)

 遠い目をした(ちょう)()は頭の中で超次元の存在に対して謝罪をしていた。

 理由としては単純だ。

 「私がっ! 兄者のっ! 義弟だっ!」

 「俺がっ! 兄貴のっ! 弟分だっ!」

 「「黙れこの偽物がぁ!!」」

 (シリアスはどうやら、前回で打ち止めみたいです。これからもどうか、オレたちを見捨てないでやってください)

 (せい)(しゅう)の頭と打ち合い始めた義兄を見ながら、張飛は、重く、重く、ため息を吐いた。



 話としては、難しいものではないはずだった。

 青衆の頭は、以前(りゅう)()と出会ったときに、()と名乗った男だった。

 まだ年若く、二十代になるかならないかといった頃合だ。

 青衆は二十人ほどの小さな賊で、その全員が若かった。中には田ほどの幼い子供もいる。

 彼は(おう)と呼ばれており、田と同様に、青衆の副頭領とされていた。

 そんな全体的に若い者が、官吏に見捨てられた地を何とかしようと集まったのが、青衆だ。

 そして、若いにもかかわらず、立派に(りょう)(とう)(ぞっ)(こく)を支配している集団だった。

 そんな集団に対して交渉を行うのだ。

 張飛はもちろん、(かん)()も緊張の面持ちで会見に望んだ。

 「私は(かん)(うん)(ちょう)。義兄、(りゅう)(げん)(とく)の遣いとして参りました。我が義兄は、あなた方青衆と共に戦いたいと考えています。どうか我らが義勇軍に、参軍してもらえないでしょうか」

 (へりくだ)ってみせてはいるが、立派な降伏勧告だ。

 しかし。

 「義兄のもとには既に()(ちょう)(とん)(ろう)が味方をし、また、(ゆう)(しゅう)()()にも認められています」

 大勢は既に決している。

 兵力の差も歴然。利点も大きい。

 まず断られることはない。

 そう確信した張飛には、青衆の頭が発した言葉が、最初は理解できなかった。

 「義兄義兄って、自慢か、ゴラァ!!」

 難癖つけて暴れるつもりか、と張飛が獲物を引き寄せようとして、相手の顔を見て固まった。

 泣いている。

 男泣きに泣きながら、脇に置いてあった長刀を手に取った。

 「お前いつからだ!? 俺は去年の夏には劉さんのこと、兄貴って呼んでるんだからな!? 俺の方が先だ! お前は兄貴の義弟である前に、俺の義弟ってことだ!!」

 そんな叫びを上げる青衆の頭に、理解が追いつかない張飛の隣で、関羽が髭を撫でながらふむ、と頷いた。

 「なるほど。確かに一理ある。しかし、それは兄者に認められた、公式のものかな?」

 その言葉と同時、火花が散った。

 青衆の頭が関羽に斬りかかり、関羽がそれを防いだのだ。

 「ちょ、ウー兄!?」

 「案ずるな、ヒィよ。私は義弟の座を渡す気は毛頭無い!!」



 そういった経緯で始まった一騎打ちは今も続き、一刻(約二時間)にも及んでいる。

 アホらしすぎて、張飛は言葉もない。

 「あの、白湯ですが」

 王が張飛に湯を注いだ湯呑みを差し出してくる。

 張飛は礼を言ってそれを受け取ると、口をつけた。

 湯の温かさが口から喉に、そして全身にじんわりと広がってくる。

 暦の上ではまだ一月だ。日が暮れてくると、気温も下がり、寒さが増してくる。

 「あの人」

 ポツリと、王が呟いたのが張飛の耳に入った。

 「ん?」

 尋ねると、王は無意識だったのだろう。慌てたように頬を赤く染めながら、両手をわたわたと動かす。

 「あ、いえ。その、兄貴ってすごい強いから、兄貴と打ち合えるあの人がすごいなぁ、って思いまして」

 「………あー。確かに」

 確かに、言われてみれば、魯は既に一刻もの間、関羽と打ち合っているのだ。



 劉備たちと出会う前、張飛は関羽と二人で旅をしていた。

 その時に、関羽の武の才の底の見えなさに、思わずゾッとしたのは一度や二度ではない。

 力という点において、張飛は関羽に勝る。

 小柄である張飛が、自分よりも遙かに大きな関羽よりも膂力があるのは、(ひとえ)に鍛え上げた年数が違うからに他ならない。

 しかし、関羽の成長はまだ続いており、膂力で勝る張飛を技の冴えで何度も打ち破っている。

 勝ち越されこそまだしないものの、張飛としては何とか食らいついている気分だ。

 もっとも、関羽からしてみても、張飛が自分の技を盗み、成長を続けているので、底の見えなさはお互い様であるのだが、それでも、張飛からしてみれば、技の冴え、打ち込みの速度など、関羽は常人離れしている。

 そんな関羽の技に、速さに、魯は食らいついていた。

 「こっ、のっ! まっ、けっ、るっ、かあぁぁぁぁぁっっっ!!」

 そう、気を吐きながら、打ちかかってくる魯に対して、関羽は目を丸くする。

 無論、関羽は手加減をしている。

 魯を殺すわけにはいかない。一方で、魯は関羽を殺す気でいる。

 その点を見ても、魯よりも関羽の方が勝っているのは確かだった。

 しかし。

 手加減はしていても、関羽は本気だった。

 殺す気はなかったが、一撃を入れて意識を刈り取ろうとしていた。

 その、一撃が、入らない。

 それは、関羽と魯の実力に、大きな開きがないことを示していた。

 (まったく、世界は広いな!!)

 関羽は当初の目的を半ば忘れ、喜色満面で獲物を振るった。



 (………だーめだ、ありゃ)

 関羽が、以前自分に挑みかかってきた時と同じ顔をしているのを見て、張飛は諦めたようにため息を吐いた。

 チラリと周りを見ると、一緒に着いてきていた(りょ)(こう)(そん)(はん)は呆然と関羽と魯との一騎打ちを見ている。

 仕方ない、ともう一度ため息を吐くと、張飛は王に向き直った。

 「あー、王、だっけ?」

 そう声をかけると、王は一騎打ちから目をそらして張飛の方に顔を向けた。

 「はい、そうです。えーと」

 「(ちょう)(よく)(とく)だ」

 「あ、はい、張さん」

 「まあ、なんだ。あっちもそろそろ終わりそうだし、こっちも話に入らないか?」

 そんな張飛の言葉に、王は目を剥く。

 「終わりそうなんですか、あれ?」

 「まあ、打ち合いの音に力が入りきってないし、キレも悪くなってきてるだろ。ありゃもう終わる。決着はつきそうに無いがな」

 そう言われて、王は二人の様子を見るが、その違いがわからない。

 王は自分の目の前にも、傑物がいることに、遅まきながら気づいた。

 「オレもいちおう、劉玄徳の義弟ってことでさ。手ぶらで帰るわけにはいかんのよ。感情面は期せずして、ウー兄がなんとかした」

 そう言って、張飛が指さす先では、関羽と魯が打ち合っている。その様を、青衆の面々が応援していた。

 意外なことに、関羽に対しても、応援の声が飛んでいる。

 青衆は若者の集まりということもあり、良くも悪くもノリが良いようだった。

 「なら、末弟のオレが、後を任されたって事だ。実務的な話を、しようか」

 そんな張飛の目線に、王は気圧される。

 「ぼ、僕は形だけの副頭領ですし………」

 「形だけとはいえ、副頭領は副頭領だ。頭領から直々に教育を受けてるんだろ? なら、お前は副頭領さ。肩書きを与えられた人間は、どんなに自分がそれに適していないと感じていても、それに見合う働きをする義務がある。望むと望まざると、な」

 「義務」

 「あー、そうだよ。非常にめんどくさいが、そして、非常に不本意だが、劉玄徳と関雲長がオレのことを義弟と呼ぶのなら、オレは義弟として、義兄を支える義務が、あるんだよ」

 王はしばしの逡巡の後、強い視線を張飛に向けてきた。

 「お話、詳しく聞いてもよろしいですか?」

 張飛は、ニカッと笑った。



 「………誰か。誰か状況の説明を………」

 (こう)(そん)(さん)の案内で青衆の本拠地に辿り着いた(りゅう)()を待っていたのは、混乱だった。

 呂と青衆の人間が酒盛りをし、その中心には息も絶え絶えの魯と関羽が互いに拳を相手に振るっている。

 その動きはかなり遅く、お互いの顔は腫れ上がっていた。

 「ビ兄。お疲れ。話は通しておいたよ。後は、ビ兄がお願い」

 「いや、ヒー。お願い、って、オレは何をすりゃいいんだ?」

 決まってんじゃん、と、張飛が劉備に耳打ちをする。

 劉備はその言葉に訝しみながら、関羽と魯に近づく。

 「あー、青衆。オレの下につけ」

 その言葉に、殴り合っていた二人の動きはピタリと止まる。

 魯は、劉備に向き直ると、

 「一生ついていきます、兄貴」

 と、拝礼をして、糸が切れたようにその場に倒れ伏した。

 「兄者。私の、勝ちです」

 関羽がそれを見届けると、こちらも倒れる。

 そんな二人を見て、喝采が上がった。



 こうして、青衆は劉備率いる義勇軍の傘下に入ることとなった。

魯は将来趙累と名乗るようになるのです。


章番号修正(2024年9月25日)。

誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2024年10月22日)。

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