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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第一集
3/181

二幕 初動



 「ねーえー、大将」

 「んー? なにー?」

 「これからどう動くんですか?」

 「………んー………………」

 「こいつ、何も考えてねえぞ!?」

 長閑な昼下がり。

 だらだらと過ごす連中の中で、一人の少女の絶叫がこだました。



 所は(ゆう)(しゅう)。時は一八三年の十二月初頭。既に世間は年越しの支度を始めている。前話で(ちょう)(かく)(こう)()(じゅう)()()を召集していた日は、まだまだ寒い時期に入ったばかりの、そんな日だった。



 少女―――(でん)は目の前でだらけている青年―――(りゅう)()をじろりと睨む。

 「あのさ。大将さ。言いましたよね? (きゅう)()を併合するんだってさ。なのにさ。今さ。何してるんですか?」

 「んー。折り紙」

 「それ今やらないとダメですかねぇ!?」

 「んー。ほらよ」

 「わーい、鶴さんだーって違う! いらん! 子供扱いするな!!」

 それを見て劉備は笑う。彼の顔は赤く染まっていた。(りょ)の峠が越えたことを祝う宴会騒ぎだった。

 「でーんちゃーーん」

 「わぎゃ!?」

 田に覆い被さるのは(かん)(えい)だ。彼女もまた、酔ってる。

 「うへぇ。かわいかわい。もう、食べちゃいたい」

 「何言ってんの、あんた!?」

 「あー。甘英は小さくて可愛いものに目がないからなぁ」

 「そんなキャラ!?」

 「かわいかわいかわいかわイかワいカワいカワイ」

 「狂気が! 狂気がほとばしってる!!」

 「あー。そんくらいならだいじょぶだいじょぶ」

 「人間やめかけてるけど!?」

 「あー。だから、『そんくらいなら』だいじょぶ」

 「貴重な常識人枠がっ!!」

 「おー………うわー。できあがってるなぁ」

 騒いでいる幼女と酔っ払いに声がかかる。

 「あー。(けん)()。おかえりー」

 (かん)(よう)だ。(とん)(ろう)と盟を結んだその夜から姿を見せていなかった男である。

 「あ、憲和さ~ん、助けてくださ~い」

 涙目の田に、簡雍は苦笑した。



 一週間前のことである。

 劉備は幽州に蔓延る九つの賊、九鬼を併合するという方針を思いつき、そしてそれは偶然が重なることで、実現の目ができてしまった。

 同じくその日、凄腕の賞金稼ぎである(かん)()(ちょう)()に出会い、劉備はその二人と義兄弟の契りを交わすこととなった。

 関羽、張飛の二人は沌狼という賊団の討伐に来ており、劉備の目的も九鬼の一つである沌狼だった。

 結果、劉備のとりなしによって沌狼と関羽、張飛の両勢は劉備の併合策に乗ることで和議を結んだ。

 それからはほぼ毎日が宴会だった。張飛との激突によって片腕を失った沌狼団の頭、呂をしても苦笑してしまうほど、劉備は無遠慮に騒いだ。

 出会いが最悪な両者をなんとかして一団にしようとしているのが、長く賊を指揮していた呂にも伝わってきた。

 そして今、呂が起き上がれるようになり、その盛り上がりは最高潮に達していた。



 簡雍がべりべりと甘英を引き剥がすと、田は簡雍の背に隠れる。

 それを見て、劉備がにやつく。

 「あれー? 憲和ってば、いつの間に田ちゃんと仲良くなってるんだー?」

 幼なじみの冷やかしに簡雍は溜め息を吐く。

 「お前らが呑んで騒いで潰れた後に、デンちゃんは夜食作って待っててくれてたからな」

 「当たり前です! 一生懸命働いてくれる人を蔑ろになんてできません!!」

 「さんきゅな、デンちゃん」

 「いえ、当然のことをしたまでです。それにしても、今日は早いんですね」

 「ああ。目処がついたからな。俺にも一杯くれ」

 「はーい」

 酒を取りに田が席を立つ。

 「憲和」

 それを見計らったかのように、劉備が簡雍を呼ぶ。その目は、先ほどまでの酔いが回った目ではない。

 その目に対して、簡雍も頷いた。

 「ああ、次が決まったぞ」



 火を囲んで集まったのは、劉備、簡雍、甘英の三人に、関羽、張飛、そして沌狼からは呂と田だ。

 「何か話があるんですか?」

 田が酒と器を持って、簡雍の隣に座った。

 「………まぁ、とりあえず、呑もうか。憲和は最近呑んでないだろ? お疲れさん」

 劉備はためらいなく呂と簡雍の間に座った田を物言いたげに見たが、結局は何も言わず、そうとだけ言って、劉備は簡雍に杯を差し出す。

 (いやいやいや、呂さんよりも憲和の方に若干寄ってるよね!? でも、照れ顔ではない………無自覚かっ!! 少女の無自覚な恋心か!!)

 何も言わないが、心の中でそう叫ぶ。

 チラリと隣の甘英を見ると、

 「ハスハスハスハス」

 目を煌めかせ、鼻息は荒く、口元が弛んでいた。少女の淡く色づき始める直前の感情にえらく興奮しているらしい。

 甘英も劉備をチラリと見る。

 (『見』だぞ)

 (もちろん)

 視線だけで意思を疎通させ、簡雍に二人が向き直る。

 (………悪趣味だ)

 唯一、察しのよい張飛が、その二人の行動に気づいていた。

 簡雍は田に注いでもらった杯を、劉備の差し出した杯にあてる。

 チン、と軽い音がして、その音を聞きながら簡雍は杯を煽る。

 強く、ドロリとした北部特有の酒が、冷えた体を内側から温める。

 「うへへー。田ちゃん、どーぞ?」

 「田ちゃんいうな! あと、わっちは呑めないのでいりません!!」

 田が酔っ払いに絡まれているのを尻目に、張飛が空になった杯に酒を手酌しながら劉備に目を向けた。

 「んで、ビ兄。話って何?」

 義兄弟の契りを結んでから、張飛は劉備のことをビ兄、関羽のことをウー兄と呼ぶようになった。

 「次の目的が定まった。憲和、頼む」

 「おう」

 その発言に、呂は目を丸くする。たったの一週間で、政府から隠れおおせている九鬼を調べ上げたということだ。

 「『()(ちょう)』ってのが次の目的だ。ここからは少し離れてるな」

 次いで出た言葉に、呂だけでなく、田も目を丸くした。

 沌狼の周りには縄張りを接する賊団が二つある。『(せい)(しゅう)』と『()()』だ。どちらも規模は大きくなく、沌狼と同じくらいのものだった。

 賊団の強さは構成人員の数ではなく、その持続時間の長さによるものが大きい。先の武術大会の折に、劉備が討ち取った()(がん)率いる賊は、構成人員の大きさでいえば幽州のどの賊より大きかった。あのまま活動を続けていれば、九鬼のいずれかに成り代わっていたかもしれない。

 その点で言うならば、九鬼は皆、劉備に借りがあるようなものだった。

 幽州に蔓延る九鬼は、基本的にそれぞれが一つの郡を支配している。

 沌狼は(りょう)西(せい)(ぐん)を支配していた。沌狼の構成人員は五十に届かないほど。たかがその程度の人数で一郡を支配しているのだ。ちなみに、九鬼の中でいえば、構成人員数は中程度だ。沌狼と蟒蛇(ぼうじゃ)は構成人員が五十ほど、残った六の賊が構成人員が二十ほどで小程度とされていた。

 そして話に上がった蘇張は、(りょう)(とう)(ぐん)(らく)(ろう)(ぐん)(げん)()(ぐん)の三郡を百を少し越える程度の兵力で支配している、桁違いの大盗賊なのだ。

 「さすがに無謀だ」

 呂は止めに入る。関羽、張飛も苦い顔をしていた。

 「まず拠点を三郡の中から探さねばなるまい」

 関羽は言い、

 「殺しちゃダメなんだよなぁ」

 張飛は明後日の方向に発言をした。

 「どうして、蘇張なんですか?」

 田だけが、真剣な面持ちで簡雍に尋ねる。

 「まず一つ」

 簡雍は指を一本立てて見せた。

 「これは簡単。兵力の問題だ。九鬼最大勢力の蘇張と組めれば、他の賊団を圧倒する兵力になる」

 「それはまぁ、そうだろうが………」

 呂も頷く。

 「次に」

 簡雍が二本目の指を立てる。

 「端を取れば、挟撃されない」

 「確かに」

 張飛も頷いた。

 「で、最後に」

 簡雍がニヤリと笑って三本目を立て、

 「荒事に持ち込まずに、大将に会う当てがある」

 静かに爆弾を投下した。



 (りょう)(とう)(ぐん)(ぞっ)(こく)。これは幽州にある十一の郡の一つである。そしてそこは青衆の支配地区だ。沌狼が支配する遼西郡からは大回りしないと遼東郡には入れない。

 「遼西郡から遼東郡までは直線距離で三日かかる。けれど、蘇張とかち合う前に青衆とはやり合いたくない。属国を迂回して行くことになる。目指すは遼東郡の(ぐん)()だ」

 郡治とは、郡の行政中枢を指す。今回の場合でいえば、襄平県がそれにあたる。

 「待て! 待ってくれ!!」

 呂は息も絶え絶えに、簡雍に待ったをかけた。

 この少年は何なんだ?

 否。

 呂の腕を一刀の元に切り伏せたのも、森の罠を全て破壊したのも、九鬼併合などという大言を吐いたのも、みな、少年たちだ。

 劉備という少年を中心にして、なにやら異様なものが寄り集まっているように感じた。

 「蘇張の本拠がわかったのですか?」

 田が簡雍に向かう。

 ここでも年若い子どもの覚醒が起こっていた。

 田の顔にも驚きの色はあるが、呂とは違い、動揺の色はない。

 この座において、呂は年若い子どもたちに恐怖すら覚えていた。

 「ああ。デンちゃんが教えてくれた。蘇張は精強な騎馬が強みだそうだ」

 馬は軍においてなくてはならない存在だ。その需要故に、馬は高価で売買される。

 「この幽州において、馬商人と言えば誰だ?」

 簡雍の言葉に答えたのは張飛だ。

 「そんなん、()(そう)(ちょう)(せい)(へい)の二人組だろ。この幽州であん人らに世話にならん騎馬隊はいないぜ」

 その言葉に、田はハッと何かに気づき、劉備はうん? と何かに引っかかった。

 「蘇双と張世平。二人の頭文字を繋げりゃ、蘇張だ。奴らは表の顔が馬商人、裏の顔が蘇張、ってのが俺っちの推理だ。これが正しいなら、商談に行けば、難なく、蘇張の中心に食い込める」

 簡雍の言葉に反論する者は、いなかった。



 劉備は簡雍の言葉を聞いて、人知れず身震いした。

 何かおかしなものに突き動かされているような感覚に襲われたのだ。

 義勇軍として起つ。

 それは、戦禍の渦に進んで巻き込まれることを意味していた。

 何もしないでも人は死んでいく。

 それは、この時代に当たり前の事だ。だから、この時代に生きる人間は明日明後日のことではなく、今日を生きる。来年再来年の予定ではなく今年の予定を考える。

 先のことは、生きていたときに考えればよい。

 戦に参加する人間のほとんどが、望まずに、巻き込まれているだけだ。

 それなのに、進んで死ぬ確率を上げることを選んだ。

 自分一人ではなく、多くの人間を巻き込む計画を立てた。

 綺麗な理想論で周囲を扇動した。

 (もし、天国や地獄があるなら、オレは地獄に落ちるかな)

 劉備は知らない。

 彼の行った行動は、彼の今後四十年を残酷に塗り替えてしまったことを。

 劉備は知らない。

 彼の語った理想論は、この大陸の動乱を無為に長引かせるものだったことを。

 劉備は知らない。

 彼がこれから先に出会う人々が、自分のせいでどんどん死にゆくことを。

 しかし、劉備は予感した。

 もう、穏やかな日々には戻れないことを。



 後ろ盾なく、親族も母親以外にいない少年は、この時代を生きるどの人間とも違った形で、乱世に躍り出ようとしていた。

シーズン1の劉備たちのお話。

召し上がれ!


誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2024年9月5日)。

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