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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第一集
19/181

十八幕 大将軍の手紙(辺境編)



 どうにかこうにか、(おう)(いん)()(しょく)(こう)()(すう)(しゅ)(しゅん)の四将軍に協力を取り付けられた王匡は、次の目的地を北に定めた。

 北。

 (へい)(しゅう)

 次の目標とする将は、并州刺()()(とう)(たく)だった。



 并州は後漢の外周を司る州の一つで、(ゆう)(しゅう)(りょう)(しゅう)に挟まれた大きな州だ。

 度々、()(がん)(きょう)()(せん)()といった北方系の異民族に襲撃を受けたており、首都・(らく)(よう)のある()(しゅう)を守るような形で防衛線を担っている。そんな土地だった。

 その州の刺史を担うのが、姓は董、名は卓、(あざな)(ちゅう)(えい)という大男で、前年には鮮卑に踊らされた(きょう)族を撃退する功績を挙げた。

 そんな激戦区には、これまた有能な士が集まっていた。

 人懐っこい笑みを浮かべながら豪快に大槌を振るう巨漢、()(ゆう)(れん)()

 人を殺す道具の開発が大好きなイカレ発明家、(ぞう)()(せん)(こう)

 流浪の誑しにして、若き槍の名手、(ちょう)(うん)()(りゅう)

 いずれも英傑として不足ないものばかり。それを一手に束ねる董卓もまた、英傑に違いなかった。



 「んふふ~」

 年若い、少女の、いや、幼女と呼んでも差し支え無さそうな年若い声が広間に響く。

 「んふふふふ~」

 そんな幼女を見て、あるものは不快げに、あるものは不思議そうに表情を変えた。

 そして。

 「随分ご機嫌だな。ジュジュ」

 唯一、その広間において、彼女の笑みを理解した男が口を開く。

 銀の髭に燃えるような瞳の大男、董卓だった。

 「あら~ん。わかりますぅ~? タクさま~」

 ジュジュと呼ばれた少女は董卓の名を呼んで返した。

 彼女は姓を()、名を(じゅ)といい、なんと董卓の後妻としてこの地に身を置いていた。見た目は十歳前後にしか見えないのだが、その実年齢は全く以て不明だ。少なくとも、成人はしているらしい。

 「………」

 そんな李儒に剣呑な視線を向けるのは、董卓の娘、(とう)(れい)だ。彼女はこの地に趙雲がやってきてから更に後にこの地にやってきて、董卓の妻になった李儒を未だに受け入れられていない。

 「しくしく~。レイちゃんが全然懐いてくれません~」

 そんな風に、わざと周りに聞こえるように言ってみせる李儒に、古参の者たちはどう対応すればよいのか戸惑うばかりだった。

 「お前がそうやって食えぬ態度を取ってばかりだからだろうが。それで。ついに来たのか。どちらからだ?」

 「くすんくすん~。わたしはと~っても美味しいのに~。お召し上がりになったタク様ならばわかっておいでのはず~。とまぁ、そんな事はどうでもよいのです。ええ、タク様。ええ、ええ、タク様。来ましたよ来ましたよついに来ましたよ。官軍からのお手紙で~す」

 くるりくるりと回りながら、李儒は董卓に今し方届いた書簡を見せる。

 「ふん。黄布からはついに来なかったか。ならば、こちらでもいいか」

 「いやいや~。(こう)(きん)からも参加要請は来ておりましたよ~? 勝手ながら、握り潰しておきました~」

 「儂は早く連絡を取ってきた方に付く。そう言わなかったか、ジュジュよ」

 「言われましたとも~。でもね~。賊軍に付くのならば相応の見返りが欲しいところ~。それなのに、『(こう)(てん)を作り上げる事に参加する』ことが報酬だなんて、我々を馬鹿にしてるとしか思えません~」

 ほらほら~、と李儒が見せる書簡には、確かにその様に記されていた。

 その事実に、場が俄かに殺気立つ。

 「そうですそうですそうなんですよ~。彼らは我ら董の軍勢をバカにいたしました~。これは許せません~。それでも私、根気よく、『報酬を出しなさい~。領地? 金銀財宝? どちらにします~?』と返信を送りましたが、反応は無言。これは、我々にケンカを売りましたよ、黄巾は~」

 李儒は頭が回る。それこそ、董卓の下にいた他の将は戦うことはできても、こういった政治行動は不得手としてきた。

 その結果、李儒は董卓の妻としての立ち位置のみならず、参謀としての立ち位置も確立していた。

 「対して、こちらは皇帝よりの書簡です。まぁ、これだけでは何の保証もされませんが~。(かん)(がん)(ちょう)(じょう)の名と、皇帝の名、更には(がい)(せき)()(すい)(こう)の名まで署名されてます。これは、国がいよいよ本腰を上げたってことです。こちらに協力しといた方がよいと思いますわ」

 「………なるほどな」

 董卓はニヤリと笑った。

 「ならば、我らの出方は決まったのう。練武。兵の準備はどうだ?」

 「練兵済みの精兵五千、すぐにでも出陣できますで!」

 華雄が拝礼で答える。

 「………え、五千?」

 「? はいそうですが」

 信じられない報告を聞いた、というような顔をした李儒に小首を傾げながら、華雄は返す。

 「………宣高。武具は?」

 「槍、刀、戟、弓。目標数を五百ずつは上回りました」

 しばし固まった李儒をフォローするように董卓が話を進め、藏覇もいやな空気を感じながら報告をする。

 「子龍。馬は」

 「あ、はい。ちょうど知り合った子が馬商人の家の子だったので、支給されてた分で全兵分くらいの馬は仕入れましたよ」

 「………へー。馬商人の子ねぇ。子龍。一文字抜けてるのではないかしら? 『女』が抜けているんではないかしら?」

 趙雲の報告に反応したのは、董麗であった。その目には、父親譲りの炎が乗っている。

 董卓の野心に燃える瞳とはまた違い、董麗の瞳に燃えるのは妬心の炎だった。

 「ビン。兵糧はどうだ」

 董卓はそう、弟に問い掛ける。董卓の弟は名を(びん)(あざな)(しゅく)(えい)といった。董家は早くに嫡子を亡くしており、次男の董卓が家督を継いだ。

 その事実に、董旻はほの暗い思いを抱いている。しかし、今はその時ではない。

 「裕に一年は戦える量です」

 「ふむ。さて」

 一連の報告を聞いた李儒がしばし黙考する。

 しかし、それも刹那。

 「しかたありません~。華将軍の失態によって、我が軍の軍備は完璧とは言いがたいです~。よって、兵を出すのをひと月、遅らせます」

 そう結論を出した。

 「ちょ、待ちぃや」

 それに不服を表すのは華雄だ。

 「精兵五千やで?! それのどこが不服言うんや!!」

 「兵は一万いたはずよ?」

 「選別したねん」

 李儒は頭を抱えた。

 「相手は数十万の民兵。いいですか、華将軍。相手方は一つの部隊が数万で構成されていると思ってくださいな。その中に五千でもって入っていって、殊勲を上げるのは難しいですわ。一万の兵は最低ラインです」

 「そんなん、言われなわからんですやん」

 「………そうですね。私の失態でもありますね」

 「せやろ!!」

 流石の董麗ですら、李儒に同情の視線を向ける。

 しかし、こうなっては致し方ない。

 李儒の当初の予定では、先に精兵となった一万を藏覇、趙雲の二将が率いて緒戦をこなし、華雄は予備兵力として用意しておいたもう一万を本拠で練兵。勝負所で総大将の董卓と華雄がその一万を率いて突入し、総計二万の軍で中盤以降の戦を制す算段だった。

 それが崩れた。

 次善の策としては出兵を遅らせて、一万五千で総力をもって対するしかない。

 「それはどうっすかね」

 場を諦観が支配しかけたときだ。

 末席からのんきな声があがった。

 「何かお考えが? 子龍殿」

 李儒が目を向けるのは董卓の下に客将として去年の夏頃にふらりとやってきた若き武芸者、趙雲だった。

 董卓の周りにいる古参の将、一門衆から目を向けられた趙雲は肩を竦める。

 「いやさ、奥様。あなたは少々董軍の者としての考えがお強いようで。しかし、仲穎さんもそもそもは後漢の将。ここで第一に考えるべきは国防では?」

 「私が国防を考えていない。タク殿を成り上がらせることしか頭にないと?」

 「いやいや。今の奥様は第一が仲穎さんの武勲、第二が国防になってるように見えるのさ。どちらにつくにせよ、土台の組織の存続は第一にもってこないと」

 「つまり?」

 「とりま、五千だけでも率いて防備に当たりましょうや。その兵は俺様が率いてもいいですぜー。その上で、後詰めを向かわせるなりなんなりしないと。奥様、皇帝たちが頭下げて頼む状況ですよ? 悠長やってると、国がなくなる」

 李儒は趙雲をただの武一辺倒の男とは見ていなかった。政にもほどほどに通じ、戦略眼もまだまだ巧者とまではいかないが備わっている。

 「おばかたれねぇ、子龍殿」

 知略で生きる身としては、自軍に趙雲のような男は欠かしたくはない。

 ここは力を蓄え、後漢に打撃を与えた黄巾を、そして後漢までをも手中に収めようという考えも頭をよぎったが、無理がありすぎる。

 「あなたは私のお気に入り~。むざむざ死地に一人では行かせないわ~。行くのなら主力で向かいましょ~」

 李儒がにっこりと笑う。

 それで、董軍の方針は決まった。

 「「………お気に入り、ねぇ」」

 董親子の剣呑な視線を一身に受けた趙雲は(あれー?)と冷や汗を流した。



 「と、いうわけで、(おう)殿。我が軍は、軍備を整え次第、出立するわ。けれど、お聞きのように軍備は万全とはいえません。出兵はしますが、しばしの内は牽制としての役割以外はできそうにありませんが、よろしいですか?」

 「えー、と。北方に布陣して、洛陽の背を守ってくだされば、敵の動きも鈍るので大丈夫です。てか、あの、今、俺、全部聞いちゃってたんですけど、大丈夫なんですかね、これ。上に報告してもいいやつですか?」

 「ええ~ええ~。なにも問題ないですよ~。董仲穎は黄巾からも誘われていたが、それを蹴って、後漢に忠義を尽くす、烈忠の士であると、ありのままをご報告くださいな~」

 実は冒頭からずっと軍議の場にいた(おう)(きょう)は、半笑いで頷くしかなかった。



 「えーと、次は(そん)将軍のところだから(じょ)(しゅう)()()、いやいま里帰りしてるんだっけか?ってことは揚州か。………遠いなぁ」

 王匡は次の目的地を思って脱力する。

 洛陽のある()(しゅう)()(なん)(ぐん)の洛陽から董卓が治める并州太(たい)(げん)(ぐん)(しん)(よう)(けん)までは、旅慣れている王匡ならば往復で一週間と少しという距離だ。

 そして、残るは揚州。

 手紙の届け先である孫堅は本来徐州の下邳県で(けん)(じょう)の任に就いているはずだった。しかし、一時的に里帰りをしており、現在は聞いている限りでは揚州九(きゅう)(こう)(ぐん)(ぐん)()(れき)(よう)にいるはずだ。

 九江郡は洛陽からは強行したとしても二週間くらいの距離にある。一度、洛陽を経由してから向かった方が良さそうだった。

 (主人も人使いが荒い荒い。こんなん、一人でやる仕事じゃねーよ)

 王匡は一人ごちる。

 しかし、彼の主には未だ信頼の置ける手札が少ない。そんな彼のためならば。ごろつきとして死んでいくしかなかった自分を重用してくれる()(しん)のためならば。

 そんな、決して口には出さない彼の思いと共に、王匡は洛陽に中間報告をしに行った。



 「………は?」

 王匡は口を丸く開けた。

 王匡の目の前には少女を伴った壮年の男がいる。

 何進の下に中間報告のために立ち寄った王匡は信じがたい知らせを聞いたのだ。

 「えーと、もう一度、言ってもらえます?」

 王匡の信じられない、といった雰囲気での問いは、引きつった笑いを浮かべる何進の前にいる栗色の髪の少女が笑顔で受けた。

 「はい。(せい)(しゅう)にて黄巾軍の疫病拠点を発見。ここを守る守備隊を壊滅させ、その拠点を破壊いたしました」

 掌に拳を当て拝礼をしながら、少女―――(しゅう)()は絶句する何進、王匡を前にして、諦めたように苦笑する(そん)(けん)の傍らで朗らかに、声高らかに、そう報告した。

書籍化するときは孫堅の所在を変更する予定です。

下邳県の県丞をやってるはずですからね。

書いた当初はそこまで把握できてなかったっす。


章番号修正(2024年9月25日)。

誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2024年9月29日)。

孫堅の職を下邳県丞としたうえで文章を修正しました(2024年9月29日)。

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