十七幕 大将軍の手紙(洛陽編)
「ビョウ、いるか?」
「はい、兄上」
何進が帰宅して早々に発した呼びかけに応えたのは何進の弟だった。姓は何、名は苗、字は叔達という。
何進は元々、市中の商人に過ぎない男だ。信の置ける部下もまだ少ない。そんな中で、何苗は数少ない絶対の味方だった。
「黄巾が挙兵した。討伐軍を起こさねばならん」
「ですが兄上はまだ―――」
その弟の言葉の先を思って何進は歯噛みした。
皇帝から直接、任命を受けはしたものの、正確には何進はまだ大将軍の位に立てていない。
大将軍という位は平時においては何の意味もなさない名誉職だ。しかし、一度有事となると、軍権の最高責任者となる。
一年近く前から、何進は、現状を国家危急の時と正しく認識し、今は散り散りになっている軍権を一つに纏めようと大将軍の地位を欲した。
しかし、それを邪魔してきたのは、軍権までをも掌握している宦官たちだった。
「兄上。このままでは後漢が滅びます。なぜ宦官の方々は兄上に助力を拒むのでしょう」
そうこぼす弟を、何進は苦々しく見た。
何苗は何進の腹違いの弟で、妹の何霊と同腹の子である。何進とは違って、皇帝への輿入れを果たした何霊を支えた宦官たちを信頼しきっていた。
(………信頼するなとは言わないが、信頼しきっているのはよくないな、まったく)
「ビョウ。公節を呼んできてくれ」
何進はため息を飲み込むと、弟に部下を呼びに行かせた。
「主人。呼びました?」
軽い風体で黒を基調とした装束を身につけた男が何進の部屋に窓から入ってきた。
姓は王、名は匡、字は公節という。何進が直々に見出した男で、潜入任務や伝令など、裏方仕事を好む男だ。一方で荒事にも長けており、何進が信頼する数少ない者の一人だった。
「公節、早いな。頼みがある」
「今度はどこに潜入です?」
「ああ、潜入ではなく―――」
「失礼します。兄上。公節がいないのですが―――って公節ぅぅぅぅぅっ! お前、また窓から入ったな!? 人に見られたら不審者と間違われるぞ!?」
「あー、はいはい、叔達さん。粗忽者ですいません」
「ビョウ。今はいい。それより、公節。届け物を頼みたい。これをそれぞれに届けてきてくれ」
そう言って、何進は何通かの書簡を王匡に手渡した。
それぞれには、
皇甫義真、朱公偉、董仲穎、廬子幹、孫文台、王子師の名前があった。
「あらまー。これはこれは。そうそうたる顔ぶれですね。なんです? 戦争でもするんですか?」
「ああ、そうだ」
王匡の軽口に、何進は髪を櫛で整えながらニヤリと笑う。
「陛下に上奏して、大将軍の権限を前借りした。正式な手続きを待ってたらひと月は遅れるからな。この権限を使って、有能な人間たちを洛陽に集める。」
「権限の前借り? そんなこと、できるんですかね?」
「………少なくとも、前例はない。ですよね、兄上」
「ああ。だがま、やるしかないさ。もう転がり出した。これもお国のためだ」
王匡は用意された書簡を預かると、早速馬を走らせた。目指すは洛陽市中に住まう将の元である。
洛陽には、皇甫嵩、朱儁、廬植、王允が滞在している。その中でも、格の上下からいって、まずは王允の邸宅へ急行した。
姓は王、名は允、字は子師。今年で四十七になる壮年の男だ。
洛陽に居並ぶ名士の一人で、十九の時、官職に就いた。そこから三十年ほど経った。
上から命じられれば、心の内で何を思おうとも実行する男だ。しかし、忠義に厚いのかといわれればそんな事はない。
昔、こんな事があった。
役人に成り立ての頃のことだ。
王允が赴任した先で暴れ回る男がいた。王允はその男を捕らえ、処刑した。それを、男の弟が逆恨みし、宦官に贈賄をして、皇帝の耳に間違った情報を入れた。王允とその上司は、権力をかさに着て、罪の無い者を処刑している、と言うのだ。
当時の皇帝は劉宏の先代、死後に桓帝と呼ばれることになる劉志である。
桓帝はその間違った知らせを聞いて激怒した。そして、王允に指示を出した当時の大守を捕らえ、獄に入れ、処刑してしまった。
王允はそれを黙って見守った。
大守を捕らえにきた役人が、
「何か不都合はあるか?」
と嫌みったらしく聞いてきた。それに対して、王允は拝礼をすると、
「殿下の仰せのままに」
と、深く頭を下げた。
その場はそれで終わったが、王允はその後驚くべき行動に出る。
処刑場まで赴くと、大守の遺体を回収し、埋葬して、三年、喪に服した。
この時代では、死者を悼んで奥に籠もり、質素に過ごし、人に会わない習慣がある。
喪に服する期間は、その死者との関係性を表しており、王允は三年間、喪に服した。これは、父母が死んだ際の期間と同じだった。
犯罪者に対しての態度ではない。
王允は言外に、不満を表していた。
その後、復命した際も、後任の大守の無茶な登用に意見し、投獄された。その際も処刑されかけたが、それを粛々と受け入れようとした。
結局は助命嘆願によって釈放された。
王允は独自の美学を持った男であるようだった。
上の人間に従いはする。しかし、不満は言葉でなく行動で表す。
そんな男だった。
(さて、と。いきなり門を叩いて対応してくれるかね。同姓の誼でなんとかならないか)
王匡はため息を吐きながら門を叩いた。
「はい?」
「あ、従者の方ですか? 急にすみませ―――」
王匡は途中で言葉を切る。
出迎えたのは、思わず息を飲んでしまうような美少女だったからだ。
「―――」
白磁を思わせるような透き通った白い肌。艶やかな黒髪は、簪によって短くまとめられている。長い睫は、目元に影を落とし、赤く朱を引いた唇は、瑞々しく艶めかしかった。
(………そういえば、)
「あ、父にご用事でしょうか? お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、えーと、王公節っていいます。主人の何遂高からの書簡を届けに参りました」
(王師子には玉のような娘がいるとか聞いたことがあったなぁ)
王匡はぼんやりとそう思いながら、何とか用向きを伝えた。
王允の娘、王蝶が父に来客を伝えると、王允は王匡を客間に通すように伝えた。
王匡から書簡を受け取った王允は、内容については予想していた。
予想だにしなかったのは、書簡の最後に綴られた署名だった。
劉宏、何進、張譲の名が連なるその書簡は、後漢王朝の本気が露わになっており、それを見ただけで、一も二もなく参内の意思を表した。
「お話はわかりました。この老いた身でどれだけのことができるかはわかりませぬが、この身を賭してお受けします」
王允は、そう言って拝礼した。
(幸先がいいぞ)
暦は二月の初旬。まだまだ寒い時期である。
しかし、澄んだ空気と、煌めく陽光に心が軽くなり、足取りまでをも軽くして、王匡は次なる目的地へと急いだ。
(そうだった。次の宛先は『先生』だった)
王匡はなぜか、二人の子供と対面して座についていた。
二月の初旬の寒風吹きすさぶ気候と乾燥した空気とが体を苛むように感じられ、心中で項垂れた。
姓は廬、名は植、字は子幹。王允と並び立つ高名の士だ。年は四五。そんな壮年の男は、『先生』と名が通っていた。ただ、『先生』と呼べば廬植を指すとされるほどの男だった。
廬植も室内にいる。
しかし、二人の子供の背後に座っており、子供の背後から値踏みするような視線を、子供たちと王匡に向けていた。
(この国は変人ばっかりかーーー!!)
王匡は天まで届けとばかりに、声のない叫びをあげるしかなかった。
「………御使者殿。まずはご挨拶を申し上げます」
王匡の対面に座っている男女二名のうち、少年の方が最初に拝礼をしながら王匡に挨拶をしてきた。
少年の名は瓊といい、年は十八。凛々しく太い眉が特徴で、王匡には少し暑苦しく感じられた。
もう一人の少女は名を璋といい、年は十になったばかりだそうだ。体も気も小さいようで、声も小さく聞き取りづらい。
そんな二人がなぜ、王匡の前に座っているのかというと、廬植の突然の申し出の為だった。
『なるほど。軍を率いて賊を討つと。ふむ。ちょうどよい。あの二人に任せましょう』
そう言って、二人の子供を呼んだのであった。
二人とも、名士の子女であるらしいが、廬植は二人に姓をあえて名乗らせず、また、廬植自身も二人のことを阿瓊、阿璋と呼んだ。
阿、とは子どもに対して用いる愛称であり、意味合いとしては『~ちゃん』、『~くん』ということになる。
「阿瓊。所感を述べよ」
その言葉に、阿瓊は「はい!」と大きな声で返事をし、直立の姿勢をとった。
「恐らく、敵方は多方向からの同時攻略を行おうとしています。この後漢において、武名を馳せているのは、王師子殿と朱公偉殿、そして先代が煌めいていた皇甫義真殿。目立った場所に布陣することで討伐軍を誘き出し、一気呵成に洛陽に攻め寄せようとしているでしょう! それに対して、我が軍は董仲穎殿、孫文台殿、そして我が師盧子幹を召致して将を増やしております。これで、敵の思惑以上の防備を以て賊軍を迎え打てましょう!!」
「ふむ。次に阿璋。所感を」
「は、はい。え、と。き、気になることがありまして、て、敵の軍の質が、た、ただの農民兵の集まりにしては、と、整いすぎています。お、恐らく、ど、どこかの大守か、し、刺史の方が、て、敵方に内通し、そ、装備を横流ししているかと」
「な!?」
王匡は阿璋の言葉に絶句した。
「どこの者と思う?」
廬植の静かな問いに阿璋は自信なさげに俯き、か細い声で答える。
「か、確証はありませんが、ち、地の利を考えるに、ゆ、幽州があ、怪しいとか、考えます」
二人の戦の考察を聞いた王匡は、呆然としながら年若い二人を見た。
「この二人には様々なことを教えている。阿瓊は軍事に秀で、阿璋は政略に秀でている。私はこの二人の副将となり、補佐を務めよう。それでもよろしければお使いください」
そう言われ、王匡は言葉もなく頷くことしかできなかった。
廬植の協力を取り付けた王匡は、また走る。次なる目的地は、現在地との距離の都合により自然と定まった。
姓は皇甫、名は嵩、字を義真という後漢きっての問題児の住まう家へと向かった。
皇甫邸は酷い有様と化していた。
瓦が所々割れており崩れかけた門、木や草が伸び放題となった庭、なぜか羽毛を全部抜き取られて丸裸になった鶏、戸の前の玄関口などは、王匡の足跡が付くほどに埃が溜まっている。
住所を間違えたのかと思わず確認してしまうほどに、その家は荒れ果てていた。
しかし、恐ろしいことに、中からは人の気配がする。
王匡は意を決して、大声で来訪を告げた。
「はいはいはーい。どちらさまですかー?」
返ってくるのは無音ばかり。そう思っていた王匡は、予想外の明るい声が返ってきたのに、逆に面食らってしまった。
家の奥から、女中の服に身を包んだ女性が小走りで寄ってくる。
「どちらさまですー? 今、うちの駄目駄目ご主人様は、病気療養中ということになってますがー?」
(―――病気療養中と(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)!?)
女中のあからさまな仮病宣言に、王匡は意識が遠のきかけた。
「皇帝よりの伝令だ。病だろうと取り次いでもらいたい」
王匡が食い下がると、女中は迷惑そうに顔をしかめた。
「我が主は喪に服している事になっていますが」
(理由が! 変わったぞ! おい!!)
本来ならば、不敬罪として連行も有り得る態度だ。しかし、事態が事態だけに何とか穏便に済ませたい王匡は、やっとのことで、自分の主人からの書簡を女中に渡した。
「日を改めてまた伺う。皇甫殿にこれを渡してほしい。よろしく頼む」
それだけ言うと、目眩を覚えながら、王匡は皇甫邸を後にした。
取り残された女中は、憮然とした表情でため息を吐くと、書簡を手に邸内へと戻っていった。
「駄主人様~。駄主人様~」
後漢末期。この時代は、内乱と、それに乗じた異民族が幾度となく攻め寄せた時代だった。
「駄主人様~は、ど~こですか~」
攻め寄せられてなお、この国が崩れなかったのは、その都度、優れた将が兵を率いて賊を打ち破ってきたからだ。
「どこかと聞かれりゃ決まってる~」
そんな優れた将を排出した家がここにひとつあった。
「皇甫の義真は部屋から出ない、引きこもり~、とくらぁ」
「うるっせぇぞ!! 紀孔!」
「おやおや。起きてたんですか~? 駄主人様」
「どこぞの音痴な駄従者のおかげでな!」
「おやまぁ。迷惑な従者もいたもんですね。従者の風上にも置けませんね。ちなみに、今目の前にいるプリティー従者ちゃんは仕事もせず、家の手伝いもしない駄目駄目ご主人様、略して駄主人様に泣く泣くご奉仕の毎日を送っていますよ」
「精が出るな。俺の安眠を妨げた理由を聞こうか」
「いやあ、よくもそんなに日がな一日寝てられるもんです。ちなみに、家の鶏が丸裸なんですが、犯人様に動機をお聞かせ願いたいもんですね」
「布団や枕に羽毛を入れるとあら不思議。ふかふかふわふわの素敵寝具に進化することがわかったからだ」
「マジ!? ではでは、お邪魔しま~す」
「ちょ」
女従者は、躊躇うことなく、彼女の主の布団に入り込む。
「ふわぁ。ふわふわだぁ。ちょ、駄主人様。詰めてくださいよ。枕も。枕も~」
「おまえ、今襲われても文句言えない状況なの、理解してる?」
「そんな度胸もないのになに言ってるんですか~」
そう言いながら、ご満悦そうに彼女は頬を緩める。
密かに、彼女もこの羽毛寝具を自分のものにも取り入れることを決めた。
「………で?」
「………………。はっ。寝るところだった。人の微睡みを邪魔するなんて、なんて酷い駄主人様でしょう」
「マジで襲うぞこのやろう」
「どうぞ?」
「………」
「………」
「………用件は?」
「へたれめ」
「用件をさっさと言え、ばかちん」
「はいはいよ~っと。なんか、皇帝からの使者がいらっしゃいまして、出仕せよと言って参りまして。療養中、といつもの断り文句を述べたら、これを読んで欲しい、と文を渡されました~」
「皇帝からだと!?」
「どうしました~? 駄主人様におかれましては、政府からの再三にわたる出仕要請を悉く断ってきていたかと思いましたが~?」
「印綬、あるな。ってか、ほう。署名入りか。ついに本腰か。やるなぁ、陛下。動いたのは、ああ、張譲殿か。あの人なら、まあ、宦官の中では軍事に通じてる方、か。あのなぁ、紀孔。今までのは宮中からの招致命令。今回のは皇帝、宦官、外戚からの直々の文だ。これに答えなかったら、これは不敬罪になるぞ」
「宮中からの呼び出しを無視する時点で十分不敬ですよ~。でも、応じるんですか?」
「あぁ」
「それは困りました」
「あぁ!?」
紀孔は皇甫嵩の隣に寝転がりながら、顔に渋面を作った。
「どこかの~、誰かが~、働かないから~、この家に~、朝服は~、ありません~」
「………は?」
「駄主人様駄主人様。お金はね。稼がないと増えないんですよ?」
「お、おう?」
「駄主人様駄主人様。お金はね。生きてるだけで、減っていくんですよ?」
「………………」
「駄主人様駄主人様。ご飯をね。食べるためには家財を売ってお金を作らないといけないんですよ?」
「――――――」
「どうしましょうね~」
「ホントに、どうしような」
金がなくとも、愛する主人と共にいられる。
例え、このまま飢えて死のうとも、紀孔は構わなかった。
しかし。
皇甫嵩が頭を悩ませ始めた。
それだけで、彼女はこの幸せな生活がまだまだ続くのだ、と確信できた。
複雑な、というより隠し切れないイラつきを携えながら、王匡は洛陽市内最後の目的地へと辿り着いた。
朱家の現頭首である朱儁はこの知らせを受け取った際に、
「皇甫の元へは届けたのでしょうか」
と聞いてきた。
「ええ。届けましたが」
「そうですか」
朱儁は渋面を作った。
「まずは、謝ります。我が友人が御使者殿に無礼を働いたでしょうからね」
そう言って、朱儁は深く頭を下げた。それに慌てたのは王匡だ。
「いえ、皇甫殿には会えませんでした。使いの女性の方に取り次いでもらえず………。後日また改めて伺う予定で、す………」
王匡の言葉が喋っている途中で尻すぼみになる。朱儁が笑顔でこめかみをぴくぴくさせているからだ。
「ほっほう。奴は顔も出しませんでしたか。御使者殿。王殿といったか。改めて伺う必要なぞありません。私が責任をもって奴を引っ張り出します。王殿はこれから董将軍、孫将軍の所にも行かねばならない多忙の身。あのタワケ男のために時間を使うなどお止めください。王殿は一晩この家で休んでいただき、明日には出発をお願いしたい。この事態、早く動くに越したことはないでしょう」
そう言うと、朱儁は使いの者を呼んだ。
「この風呂敷を皇甫の家に届けてきてくれ。こっちの巾着は駄賃にしてくれて構わない。頼んだぞ」
(あのバカのことだ。どうせ、着る物も古い物しかないだろう)
姓は朱、名は儁、字は公偉。皇甫嵩とは年が近く、それ故付き合いも古くからあった。
朱儁は金の大事さをわかっている。
そして、友人がそういった事に頓着しないこともわかっていた。
(奴はやる気さえ出せば頭角を現すだろうに。まったく、世話の焼ける)
昔、同じ師を仰いだ。その講義の中でも、彼は非凡さを見せていた。
それなのに、叔父の死を理由に隠遁暮らしを続けている。
それも通例よりも長い。
それが現在の政権を批判していることの表れなのは理解していた。しかし、そんなことをしても何にもならない。
そんな退廃的な友人を思って、朱儁はため息を吐いた。
すぐに王匡に向き直って笑顔になる。
「えーっと、何を送ったんですか?」
王匡の問いに、
「服と金と説教文です」
朱儁は背の凍るような笑顔で答えた。
「だだだ駄主人様~!」
「んぉ? どした?」
皇甫嵩が部屋中のタンスを開けては中に金目の物がないことを確認する作業に入っていた。紀孔も別の部屋でその作業をしている。
広い家だ。
何かしらあるだろう、と期待を込めての家捜しは、午前中に帝からの使者が来て帰ってからすぐに始められた。もう日は傾いている。
そんな中来客があった。
その対応に、紀孔は出たはずだ。
「駄主人様駄主人様駄主人様~~~!」
「だからなんだよ。っと」
部屋に飛び込んできた紀孔は、彼女に対応しようと向き直った皇甫嵩の胸にそのまま飛び込んだ。
そのまま皇甫嵩を強く抱きしめる。
「………どした?」
「朱家の公偉さんですよ、駄主人様!」
「朱の公偉? また偉く懐かしい名前だな」
「会わなくなって数年でしょう? そこまで懐かしい名前でも、って違います! 公偉さんがお着物を送ってくださいましたよ!?」
「それを早く言え!」
玄関に向かおうとした皇甫嵩だが、依然、紀孔は皇甫嵩に抱きついたままだった。
「紀孔?」
「私は今感無量なので駄主人様から離れたくありません」
「………あそ」
皇甫嵩は紀孔を抱え上げると、背中に負ぶった。紀孔も腕の力を緩め、皇甫嵩の力技に逆らうことなく、皇甫嵩の体を軸にして背中に回る。
危なげなく、従者を負ぶると、皇甫嵩は玄関まで駆け出した。
「めっちゃ上物じゃん!!」
「ね! 流石ですよね!! イケメンですよね!!!」
届け物をした朱儁の使者は、従者を負ぶった家の主という光景に目を丸くしながら二人の満面の笑顔での謝礼を受け取った。
黄巾の乱編における漢軍の主要人物紹介編そのいち!
曲者ぞろいですが好きになってやってくださいな。
以下ざっと紹介。
王允:不平不満を言わないで黙々と仕事をする人。ただ、黙って仕返しをしたりする人。溜め込む人。
盧植:弟子を取っては物事を教えるのが趣味の人。佐久彦三国志において『先生』とただ指せば彼のことレベル。
皇甫嵩:やる気なし! 引き籠り! 怠け者!!! でも天才。
朱儁:皇甫嵩のお友達。王道を行く人。
章番号修正(2024年9月25日)。
誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2024年9月27日)。




