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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第一集
16/181

十五幕 皇后の兄



 (れん)()とは、罪を犯した者の家族や、特に親しくしていた友人などを、犯罪者と共に処刑することだ。

 犯罪を抑止できる立場にいたにも関わらず、未然にそれを防げなかったという罪による。

 更に、関係者を始末することで、報復活動などの副次的な犯罪の火種を完全に消し去ることも意味している。

 一月末日。

 (らく)(よう)では血判状に名前のあった人間とその関係者、併せて千余名が斬首にて処刑された。

 その中には、(ほう)(しょ)(じょ)(ほう)の顔もあった。

 それを画策した(えん)(じゅつ)は、その跡を眺めていた。

 目の焦点は合っておらず、その顔色も悪い。

 しかし、気丈に、自分の行った修羅の業を、噛みしめていた。



 「通して。通してくれー」

 処刑というのは、変化のない日常を暮らす人間たちにとっては一大イベントとなる。

 処刑場には、多くの人間が集まっていた。

 その人混みをかき分ける、一人の男がいた。



 「………………」

 首と胴に分かたれた死体が片づけられていく。

 その様を、見終わると、袁術は顔を上げる。

 「ゆーげん。帰宅の支度を」

 「は。あ」

 ()(れい)が何かに気づいたかのように声を漏らすが、それを袁術は聞き逃した。

 「ほーせん。お主には世話になった。件の約束は必ず果たす。妾たちは(ぐん)()に戻るが、兵を動かす際は連絡をする。しばし、待っとって「ジュツーーーー!!」きゃああぁぁぁ!?」

 (てい)()に別れの挨拶をしようとしていた袁術は、後ろから何者かに抱き上げられた。

 そのまま、連れ去られていく。

 「ちょ。きゃ。やめ。離せ、離せーーー!」

 少女の叫び声に、周囲の人間がギョッとするが、その者たちも、厄介事はごめんだとばかりに素っ気ない。

 「お、おい、今の」

 丁布は事案発生だ、とばかりに紀霊たちに向き直るが、当の配下たちはやれやれ、と渋面を作っているのみだった。

 「はぁ、しょうがない。俺が迎えに行く。(くん)()。帰る支度、頼んでいいか?」

 「しょうがないわねー。帰れるかしら?」

 「多分、無理だろうな。朝一で帰れるように手配頼む」

 「わかったわー。ほら、(えん)さん。行くわよ」

 (ちょう)(くん)(えん)(しょう)がその場を去ると、訳のわからない丁布が残った。

 「今の、誰だ?」

 「こないだ姫様が言ってたチャラ男さんさ。(ほう)(せん)も来なよ。紹介してやる」



 「お前はまったく。また俺に黙ってこんな騒動を起こしやがって。最近大人しくしてると思ったらこれだよ!!」

 「お、下ろせ! 下ろさぬか!!」

 「お前、軽すぎね? 飯食ってる?」

 「余計なお世話じゃ! おーろーせー!!」

 「ふふふ」

 「な、なんじゃ?」

 「反応が可愛いから下ろさなーい」

 「えいへーい! 衛兵はなにをしておるー!?」

 「てゆか、その喋り方はなんだよ? 気取ってんなー」

 「立場があるんじゃ! 妾は()(なん)(いん)なのじゃ!! お主こそ、立場を考えて動け、(すい)(こう)殿!」

 「そんな他人行儀に呼ぶなよー。いつものように、『お父様』って呼んでくれよー」

 「そんな呼び方、したことないのじゃ!!」

 ぜーはーと息を荒く吐く袁術を、男は抱え上げたままにこにこと見ている。

 「………離してよぅ、シンさん~」

 袁術が根負けしたように言うと、男は頬を緩めながら袁術を地に下ろした。



 姓は()、名は(しん)(あざな)(すい)(こう)。髪を整髪材で整え、無造作に散らしている男であった。袁術を地におろした今も、懐から櫛を取り出して髪型を整えている。

 何進は現在の皇帝・(りゅう)(こう)の皇后、()(れい)の兄だ。

 元々、洛陽の城下町で屠殺業を営む男であった。

 しかし、洛陽の中でも評判の器量をもった妹がいたことで何進の人生は大きく変わることになる。

 いったい、いつ、どこで知り合ったのか、当時の何進には預かり知るところではなかったが、皇帝が妹の何霊を妻に、と申し込んできたのだ。何進にとっては青天の霹靂だった。皇帝が宮中を実は度々こっそりと抜け出し、市中に来ていたことを知ったのは、かなり後の話だ。

 皇帝の妻たる女の兄が、市中で屠殺業を行っているというのは具合が悪い、ということで官職すら与えられた。

 望外の出世だった。

 その後、何霊は長男を出産する。

 そうして、あれよあれよという間に、何進は皇帝の(がい)(せき)として、分不相応な栄光を手にしたのだった。



 何進の暮らしは一変した。

 これまでは毎朝日の出とともに起き、血にまみれながら豚を捌き、精肉をし、その肉を荷車に積んで店に卸し、余った肉を市場に持っていき、声を枯らしながら売りつけ、そしてまた、豚を仕入れに行く。それを毎日やって、何とか生活できるだけの金を稼ぐことができた。

 汗水流し、あくせく働いてやっと得てきた金の十倍近い給金が、座って、人に指示を出すだけで今では手に入る。

 これで金に困ることはない。

 そのはずだった。

 何進は確かに、金に困ることはなくなった。

 しかし、何進は宮中の現状に愕然としてしまった。

 悪官汚吏の巣窟。

 まさに、そんな言葉がピタリと当てはまるような現状だった。

 (このままでは、国は亡びかねない)

 現に、異民族や反乱勢力が、度々国内を騒がせており、そのたびに討伐軍が編成され、なんとかかんとか撃退していた。その撃退の際も、仲間内で揉め事や貶し合いが起こっていた。

 それを行っているのは、やはりというかなんというか、(かん)(がん)だった。

 (国が亡べば、俺の栄誉も権威も、すべてが水の泡だ)

 そうして、何進は様々な行動を起こし始めた。

 袁術と仲が良いのも、袁家と繋がりを持つために、と交渉を行った際に(えん)(しょう)、袁術の兄妹と遭遇したのがきっかけだった。

 それ以来、この意地っ張りで、薄汚い大人の中で生き抜く幼い姫にとって、唯一心の許せる大人であろうと、何進は努力を続けており、そしてそれは成功を納めていた。



 「んで、ジュツ。なんで俺に黙ってこんな事をした? ………というより、大丈夫か?」

 「………へーき」

 心配そうに顔を覗き込んでくる何進に、袁術が顔を少し赤らめながら短く、ぶっきらぼうに返す。

 袁術は血を見るのが苦手だ。だからこそ、自分が直接血を見ないで済むように頭を使う。

 しかし今回の事は急を要したため、強引に行わざるを得なかった。その責任から、袁術は処刑されていく人々を目に焼き付けた。

 袁術は実はかなり追い詰められていたのだ。

 それをとき解したのは、何進の強引なスキンシップであることは袁術自身もわかっていた。

 「そうか」

 何進も、袁術の顔色が回復したのを見て取ると、安堵の表情を浮かべた。

 「で? なんで俺に無断で事を進めた?」

 「仕方ないでしょ? シンさんが出張ったら、宦官は協力なんかするわけない。それどころか、身内を庇うために揉み消して、更に賊軍に隙を与えることになりかねなかったんだもん」

 「む、ぐ」

 「今回のことは、(けん)(せき)殿が動いたからこそ、封諸や徐奉を犠牲にする程度で済んだ。けれど、シンさんが動いたら()(うん)殿も処罰していたでしょ? さすがに、(じゅう)(じょう)()の一角が害されるとしたら、他の十常侍が止めに入る。そうやって抗争が起きれば、相手方の思う壺よ」

 「………むぅ」

 袁術は何進の面倒見の良さを知っている。この男は、袁術が苦しむ最善と、袁術が苦しまない最悪を天秤にかけて迷ってしまう性質の持ち主だ。

 結果的に最善を選び取ったとしても、今回の件は迅速を要した。そんな迷う時間は、与えることができなかった。

 「………シンさん?」

 袁術の窺うような呼びかけに、何進は溜め息で答える。

 「この国を救ってくれてたんだな。気づくのが遅れてすまん。洛陽に迫っていた脅威を取り除いてくれてありがとう。そして、ここからはこの(たい)(しょう)(ぐん)、何遂高に任せてくれ」

 髪に櫛を通しながらキメ顔をして、何進は高らかに宣言した。

 「………大将軍?」

 「おうさ! これで洛陽の軍権は一時、俺が預かることになった。おまえの作ってくれた流れ、絶やさずに引き継ぐ!!」

 そう、続けて熱のこもった言葉を発する何進に、

 「スゴい!! シンさん、遂に位人臣を極めたね!!」

 袁術が諸手を上げて、無邪気に喜んだ。



 「………誰、あれ」

 丁布は初めて目にする、幼い、素の袁術に自分の目を疑った。

 それを見て、紀霊は苦笑する。

 二人は少し前に袁術たちに追いついて、一部始終を見ていた。

 「あの人は何遂高。皇帝の正室、何皇后の兄上だ」

 「あんなチャラそうな人が!?」

 「そうだ。彼は袁家の兄妹を目にかけていて、いつも力添えをしている。姫様からしてみれば、第二の父君ってところさ」

 そう言って、紀霊は主を迎えに姿を現した。



 「うん?」

 道の角から姿を現す紀霊を、何進は見る。その顔が悪巧みを思いついたかのようにニヤリと笑った。

 「おやおや。ショウからジュツに送り込まれたスパイ君じゃないか」

 「え?」

 袁術が後ろを振り返る。

 「正しくは、若が姫様を心配して送り込んだ護衛役、ですがね」

 紀霊は肩を竦めながらそう返す。

 「なんだ。知ってたのか」

 「知ってたよ………知っておったぞ!」

 袁術が素のままで答えかけて、丁布を見て慌てて言葉遣いを戻す。

 「遂高殿よ。妾を心配してくれるのは嬉しいが、そうやって妾をすぐにいじめるのはやめてくりゃれ」

 「うーむ。現実の厳しさを知らしめて、とっととジュツには花嫁修行にでも勤しんで欲しいんだがなぁ」

 「妾は結婚なぞせん!」

 ((………そういうこと言う奴に限って、スパッと男作って結婚していくんだよなぁ))

 第二の兄と第二の父が揃って遠い目をした。



 「さて、と。俺は仕事があるから、そろそろ行くぞ、ジュツ」

 「うむ。妾も戻るとしよう」

 「あ、そういやぁ、ウチのかみさんが会いたがってたぞ。今日あたり、飯でも食いに来いよ。どうせ、すぐに郡治に戻っちまうんだろ?」

 「仕事をしに戻るというに、随分な言葉じゃな」

 「そっちの子は丁奉先か。どうせ無理を言って手伝わせたんだろ。その労いも兼ねたらどうだ」

 「ぐ」

 「君馬と()(けい)も誘いな。俺も夕刻には戻るから」

 「………承知した。この件は貸しにしとくぞ」

 「俺とおまえの仲だ。堅苦しく考えんなよ」

 何進は袁術の頭を撫でると、丁布に笑いかけて、その場を去った。

 (………大将軍の家にお呼ばれ、だと!?)

 予想だにしない、大きな褒美に、丁布は動揺を隠しきれなかった。

何進登場!

佐久彦三国志では何進が人格者っぽい俗人で描かれます!


章番号、誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2024年9月25日)。

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