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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第四集
130/181

百十九幕 乱世



 (ゆう)(しゅう)の中ほどにある(りょう)西(せい)(ぐん)は特殊な地だった。

 (けん)()二五年(西暦四九年)。

 (かん)の北方に割拠していた異民族、()(がん)(かん)に帰順を願い出た。

 当時の皇帝である(こう)()(てい)(りゅう)(しゅう)はこれを歓迎し、幽州や(へい)(しゅう)などの各地に住まわせるようになった。

 遼西郡の北には(いん)(さん)(さん)(みゃく)が広がっており、その南の麓には(ちょう)(じょう)が作られている。この長城の外は(せん)()(きょう)()などの異民族の領域だった。烏丸はこの長城の内側で生活することを許されたのである。

 しかし、その後も烏丸は幾度も長城の外に蠢く異民族と連携をとって(かん)に牙を剥いた。その度に戦が起こり、鎮圧され、そして数十年の服従の時を過ごす。

 そんな時代を繰り返していた。



 (かん)が弱れば、当然、烏丸は乱を起こす。

 それは当然の(ことわり)だ。

 しかし、全ての烏丸の人間が、その反乱を望んでいるかと言われれば、それは違う。

 むしろ、烏丸の民の多くがその闘争を望んでいなかった。

 大事なのは生きていくことだ。

 烏丸の若者などは、むしろ、新しい文化を取り入れて平地の人間として生きていきたいと思っているものも少なくなかった。しかし、烏丸の文化と共に生きてきた老人たちは違う。

 (かん)の文化などに興味はなく、ただ、力に屈しただけであった。

 心から従っているわけではない。表面上の隷従。牙を研ぎ、そして、機を待つ。

 ただそれだけの、時間だった。



 「(りょう)(かい)(ぼく)()(ぞく)を率いて敵の前面に出てくれ。(しゅ)(げん)。両介を補佐してほしい。(しゅ)(ごう)(ぞく)を連れて行ってくれ」

 「は」「了解」

 「ん?」

 「いやお前じゃなくて、わかったってこと」

 「ああ」

 烏丸族の数ある部族の一つ、(しん)()(ぞく)のもとに、多くの部族が集まっていた。

 神把族は先代の族長が(かん)に帰順を望んでおり、鮮卑や匈奴を引き入れて(かん)を荒らそうとする抗戦派の諸部族と敵対していた。

 本来ならば、多勢に無勢となるはずだったが、神把族の前族長は戦上手だった。

 戦略眼に長け、機知に富み、更に人たらしの神把前族長は、またたく間に多くの部族をまとめ上げ、長城の内外に二重の防陣を築き上げた。

 漢人の生活に憧れを持つ者は長城の内側で漢人として暮らしながら(かん)を守り、烏丸の矜持を守りたい者は長城の外で烏丸のしきたりを守りながら漢を守る。

 (かん)という国を守ることで生じる利を理解できれど、烏丸の生き方を捨てることができない。そういった人間を味方にするためのものだった。

 少数派を決して切り捨てず、様々な人に寄り添って、そうしていつの間にか、大きな集団となっていた。

 部族連合。

 遊牧民族であるが故に、連絡を取り合いづらい烏丸が、大規模連合を作るに至ったのだ。これは、当時の烏丸を震撼させた。

 神把族はそれまでの烏丸の矜持を捨て、陰山山脈の山中に拠点を築き上げた。そして、そこに定住し、部族連合の参加者が自由に住める地を用意したのだ。

 (かん)の都市にも行きやすくなる。漢人と交流が盛んになれば、両者が抱くしがらみも、いずれ薄れる日がきっとやってくる。

 そしていつの日か、抗戦派とも手を取り合って、漢人と共に歩むことができる。

 前族長は、そう、望んでいた。

 そして。

 前族長が漢人に裏切られ、その子供たちが絶望の淵に飲まれ、抗戦派の筆頭である(しゅ)(しゅ)(ぞく)によって徐々に追いつめられていく神把族を、前族長に世話になった各部族の長たちは助けることができなかった。

 酒首族は抗戦派筆頭と呼ばれるだけあり、兵力も強大だ。

 酒首族の族長である()()は神把の前族長と何度も互角の戦いを繰り広げた名指揮官だった。

 このまま、神把は酒首に滅ぼされ、歴史の闇に飲み込まれていくのだと、誰もがそう思った。

 しかし。

 (こう)()六年(西暦一八三年)。

 酒首族が神把族にとどめを刺そうとするかのように進軍を始めた。周辺部族はそれを、悲しみと絶望の中で見守り―――。

 ―――酒首族を撃退した神把族を目撃した。

 その歴史的騒動から半年が過ぎた。

 現在神把のもとには、前族長時代を思い起こさせるような、多部族が自分の部族の兵を率いて集い、部族連合の形が作られていた。



 「()(ぼく)(えん)(しょう)(ぞく)を率いて、この地点に向かってくれ。()(えん)。お前は(かん)()(ぞく)を率いて、この地点だ。合図を送るまでは隠れていてくれ」

 「は? 命令すんなし」

 「ソボッキー。ダメだよ。(とう)(とん)は僕たちの大将なんだから言うこと聞かなきゃ」

 「はぁ!? 認めてねえし! 俺は認めて、って、おい、烏延! 引っ張るな! おい!!」

 形作られて、いた。

 ぎゃわいぎゃわいと騒ぎながら前線に連行されていくのを、一人の少女が半眼になって見ている。

 「蘇僕延さん。烏延さん。私たちの世代の英雄が、あんな、子供みたいな煽りを………」

 蹋頓の妹である(えい)(ふぁ)だ。

 「あはは」

 その隣では、(ごう)()(ぞく)の族長、()(らん)が苦笑しながら頭を掻いていた。

 「まあ、僕たちは神把の前族長のもとで戦っていたからね。蘇僕延も烏延も嬉しくて仕方ないと思うよ。蘇僕延は素直じゃないけどね」

 そして、玖濫は目を細めて指揮をする蹋頓を見ていた。

 現在、酒首族の大部隊が長城に押し寄せてきていた。それを神把を中心とした(かん)擁護派の部族が集まって防いでいる。

 神把が酒首に屈さずに立ち向かうのを見た各部族の者たちが兵を率いて駆け付けたのだ。

 当初は十倍以上の兵力差がある相手だった。

 駆け付けた兵たちを合わせてもまだ数倍の兵力差がある。

 勝てる見込みのない戦い。それでも、若者たちは駆け付けずにはいられなかった。神把前族長の遺児と共に駆けられるのならば。

 半ば自殺志願のような心持ちで集まった者も少なくなかった。

 しかし、蓋を開けてみればどうだろう。

 予想外に善戦をしていた。



 (かん)では(こう)(きん)の乱が勃発し、国の力が大幅に落ちている。その好機を見逃すほど酒首族族長の螺武は甘くなかった。

 螺武にとって予想外だったのは、神把というやせ細った部族がいつの間にか仲間を増やし、そして立ち塞がってきたことだ。

 半年ほど前。

 螺武は五百の兵を()()という指揮官に率いさせて、神把に引導を渡そうとした。

 結果として、神把は酒首の軍を撃退した。しかも、五百の兵の内三百の兵と指揮官を失った。痛すぎる損失だった。

 たった一つの敗北。しかし、その敗北が大局に響きかねないことを、螺武はよく知っている。

 烏丸統一まであと一歩というところまで迫った螺武の最後の事業。そのつもりで挑んだ最終決戦に大敗した。酒首族に従うことを選んだ部族の中から裏切りを行うものが出ないとも限らない。

 怪しい動きをする諸部族の対処で半年はあっという間に過ぎてしまった。

 それでも、螺武はある程度の楽観もしていた。

 烏丸は遊牧民族だ。それゆえ、敵対することになると、まず相手を補足することができない。しかし、神把は拠点を構えている。神把の勢力が大きくなるということは所在がはっきりしている部族が増えるということに他ならない。

 あえて泳がせて一網打尽にするのもひとつ。

 そう考えていた。

 黄巾の乱が起きたのはそんな時だった。

 最初の内は情報を集めつつ様子見をしていた。

 ただの民衆の反乱だと思っていたので動くつもりもほとんどなかった。

 しかし、黄巾の乱が想定以上に大きなものだった。

 (かん)がその始末にかかりきりになってしまうほどに。

 螺武は慌てて戦支度をした。疲弊した(かん)に打撃を与える好機だ。しかし。

 それを、神把族が阻んだのだ。

 神把を抜けば、(かん)に打撃を与えることは確実だ。

 だが、その神把を抜くことができない。

 神把の守っている長城を超えることができない。

 長城を攻めている部隊から敗報が届けられるごとに、螺武は歯が砕けるほどに歯噛みをした。

 神把の軍団指揮は神がかっている。先代に勝るとも劣らない手腕だ。そして、罠。

 先代族長の妻が罠設置に関して並々ならぬ才をもっていた。罠は拠点防衛をする際に真価を発揮する。その罠が、まだまだ粗削りながらその冴えを光り輝かせていた。

 先代族長の息子と娘。

 息子は腑抜け、娘は罠の知識を教わりきっていなかった。

 それが、変わった。

 たった二人の変革。

 それだけでこうも変わる。

 また、敗報が届いた。

 螺武は歯ぐきから血が流れるのにも構わず、歯を食いしばった。

 ガギリ、と音がした。



 「『い』の五十番を動かしてください。『う』の二十番を十秒後に。………………今! 次、来ます。『い』の四十五番に、今!」

 永花が指示を出す。

 その指示を出された数字と文字が交差する場所の縄を斬ると、シュルシュルと音をたてて縄が緩んでいき、遥か遠方で罠が作動する。

 岩が落ち、木が鞭のようにしなり、土砂が流れてくる。

 まるで魔法のような仕掛けを縦横無尽に張り巡らし、ただの一歩も動くことなく敵を屠る魔女。

 そんな少女の操る罠と、蹋頓の指揮が合わされば、拠点防衛など十倍の兵力差があってもこなしきることができる。数倍にまで兵力差が縮んだのなら余裕だった。

 永花は目をギラギラと光らせながら矢継ぎ早に罠を作動させるために切断する縄の指示を出していく。

 その様子はとてもではないが余裕で追い返している側の表情ではなかった。必死の形相。

 そんな永花の様子に隣で見ていた玖濫は苦笑する。

 永花の想い人が住んでいる国が反乱を起こされているのだ。すぐにでも駆け付けたい。

 そう思っていたところに酒首族が攻めてきたのだ。

 ―――お呼びでない。

 永花の顔が引きつったのを、玖濫も蹋頓も忘れることができない。

 永花は昨年、漢人の少年に恋をした。

 十三である永花はまだ婚姻を結ぶには早い。しかし、永花は既に髪を伸ばし始めていた。

 烏丸族は婚姻を結ぶまでは男女ともに頭を刈り上げている。女性は婚姻の支度をすると共に髪を伸ばし始めるのだ。髪を伸ばし始めるというのは『相手がいる』ということに他ならない。

 まだ永花に結婚が早いと思っている蹋頓は隙を見ては永花の髪を刈り上げようと狙い、一度丸坊主にされた永花の大激怒を食らって三日ほど家の前に逆さ吊りに吊るされたこともあった。それでも蹋頓は諦めることなく永花の髪を狙っており、最近は永花が家に帰らなくなってしまったと嘆いている。どう見ても自業自得だった。

 婚約者が所属する国が反乱にあっている。

 すぐにでも飛んでいきたいのを堪えながら、どさくさに紛れて婚約者の国を蹂躙しようとする害獣を防ぐ。

 そうすることしか、永花にはできないのだった。



 酒首族の先遣部隊。

 酒首族は開祖が長年の宿敵を打ち倒し、生け捕り、共に酒を飲み、語らってから首を斬ったという言い伝えがある。そのことから酒首族の名前がついたという。

 開祖がそうであったように、武闘派であることが好まれる傾向にあるようで、力押しを得意とする将が多い。

 酒首族先遣部隊の指揮官、()(だつ)もまた、その例に漏れぬ男だ。しかし、彼はいつもと違った。

 半年前。

 酒首族の四天王として名高い麻奇が討たれた。

 久奪には何が何だかわからなかった。

 麻奇の補佐を続けて五年。ようやく、麻奇から認められ、部隊指揮官として推薦してもらった。

 また一歩、麻奇に近づいた。麻奇の隣に並び立ち、麻奇と共に戦場を駆け抜ける。そんな目標まで、あと少しだった。

 そんな折にもたらされた突然の訃報だった。

 天地が逆転したかのような衝撃。

 まともに立っていられず、食事も喉が受け付けなかった。

 久奪の望みはただ一つ。

 麻奇を奪った神把を滅ぼすことだけだった。

 確実に神把を滅ぼすためにも、冷静にならなければならない。神把は罠を巧みに操るという。敵と相対する間もなく命を落とすことだけは避けなければならない。

 「罠に注意して進め」

 後ろをついてくる部下にそう言うと、久奪は馬の足を速めた。

 何度か神把を相手取ったことがあった。その時とは罠の量も質もまったく異なっている。

 用心に用心を重ねるべきだ。

 そう心中で呟いたその時だった。


 地面が炸裂した。


 そう思わせるほどの轟音。

 そして衝撃が久奪を襲った。

 「――――――な!?」

 衝撃に身を庇いながら、何が起きたのかを確認する。

 木が、降ってきていた。

 「――――――は?」

 呆然とした表情で理解のできない現象を眺めるしかない久奪。

 そこに。


 「酒首族久奪! その首もらったあああぁあぁぁ!!」


 横から蘇僕延が現れ、完全に虚を突かれた久奪はそのまま蘇僕延に刀を突きたてられ、仇をとることも叶わずに絶命した。



 「しゃああああああぁぁぁぁぁ!! おらああああぁぁぁぁぁ!!!! てめえらああぁぁぁ!! 全員逃がすなあああぁぁぁ!!」

 蘇僕延の雄叫びがあたりに響く。その大音声に指揮官を失った酒首族は怯み、蘇僕延が率いる峭族は士気を上げた。

 「しっかし、あのちっこかった妹が、こんなたいそうな罠を張るとはなぁ」

 指示を出し、敵をあしらいながらも、蘇僕延の意識は戦場にはない。指揮官を討ち取ることこそ最大の功績だが、残敵の掃討などは片手間で済ませたかった。

 そして思うのは戦友である蹋頓の妹である永花。

 平地の人間が使う投石機を改良した投木機。木を伐採して、それをそのままろくに加工もせずに機械に取り付け、射出する仕組みだ。

 準備にも時間がかかるので連続使用ができないという難点はあるが、それでも三発も見舞ってやればそれだけで軍が壊走するほどの威力があった。

 枝葉を広げたままの生木を打ち出しているので、攻撃範囲も広く、どこかが引っ掛かるなどして軌道がずることもあるので予想できない攻撃となる。

 事前に取り決めてあった効果範囲の外で待機し、浮足立った敵軍に突撃をかけたのだ。

 「久奪の首を奪えたのは大きいですね、蘇僕延さん!」

 「おお。酒首族の次期四天王筆頭だったからな、あいつは。このままうまくやりゃ、酒首を削りきれるんじゃねぇの!? なんつって。なーんつってー! だははー!」

 「そんなにうまくいって嬉しがるんだから、蹋頓さんにも素直になれるといいですね」

 「は!? なんだそれ!? 俺は素直だぞ!? 勝てば嬉しい! 蹋頓が俺に命令すんのはムカつく! 素直な感情だ!!」

 「わーすなおー」「ぶっとばすぞ!?」

 蘇僕延が部下の一人に殴りかかろうとしたその時。

 火柱が上がった。

 「――――――あ?」

 「よお、ぼっち―くん、だっけかぁ? あぁーそぼぉーぜぇい。()()()()()

 轟々と。ぼうぼうと。燃え盛る炎が、そう口をきいた。

 炎の中には男がいる。

 めらめらと。炎に炙られながら、その男は笑っていた。

 「――――――な」

 悪魔のような笑みを浮かべながら、幽鬼のように立っていた。

 「ひ、人が、燃えてる!?」

 蘇僕延の隣で部下が青い顔をしてたじろぐ。

 「おお、(えん)()さんじゃん! ひっさしぶりだなぁ!!」

 しかし、蘇僕延はまるで旧友にでもあったかのように嬉しそうに笑った。

 「そそそ、蘇僕延さん!? あ、あの人、燃えてますよ!?」

 「おお。燃えてるな。そういう人なんだよ。人より熱いの得意なんじゃね?」

 (そういう問題じゃねえ!!)

 部下の心中の叫びに、蘇僕延は気づかない。

 炎波に目を向けると武器を構えた。

 「―――で? 『炎魔人』の炎波さんが、こんなとこで迷子かぁ?」

 「(()(おう)。すぐにここを離脱して蹋頓に伝えろ。『魔人が出た』って)

 「(はい!)」

 すぐさま駆け出す蘇僕延の部下を、炎波が狙おうとするが、蘇僕延が射線に入り込んで防いだ。

 「なんだよ、ぼっちーくん。内緒話してひでぇじゃねえか。しかもあの子逃げていったぞ? どんな悪口吹き込んだんだぁ?」

 「はっは。若者をそうやっていじめるから老害扱いされるんですぜ、爺さん」

 「()()()。よぉく吠えた、坊主。燃やし殺してやるよ!!」

 「――――――っ!!」



 『魔人が出た』。

 蘇僕延の部下がその知らせをもってきただけで、長城は騒然となった。

 『魔人』。

 とある男に仕えている異能使いを指す言葉だ。

 異能。

 あり得ざる能力。

 そんな化け物のような存在が、実在する。

 その中の一人。

 炎を自在に操る男、炎波。

 彼の体は常に燃え盛る炎で覆われている。

 武器は彼の体に届く前に焼け落ち、近寄るだけで呼吸もできないほどの熱さを誇る。そんな、比喩ではない燃える男だ。

 そんな炎波は、地面に首から上だけ出して埋められていた。

 「卑怯だと思わんのかぁ!?」

 「いやいやいや。燃える人間とか訳わかんない異能持ちの方が卑怯なんで!」

 体中のいたる所を煤だらけにしながら、炎波を落とし穴に誘導した蘇僕延が悲鳴のように叫んだ。

 現在、炎波は頭だけが地上に突き出しており、燃え上がっている。

 「うわ。凄い。ホントに燃えてる。どういう原理なのこれ」

 炎波を捕らえたということで見物に来た永花が少し引いた表情で炎波を見た。

 蹋頓が炎波の前に歩み出る。

 「お久しぶりです、炎波殿。こちらに攻めかかるとはどういう了見ですか」

 「おお、蹋頓! 大きくなったなぁ!! ここから出してくれ。どうも誤解があるようだ」

 「誤解。どんな誤解です?」

 「お前が(かん)の擁護派となったという話があってな。我が主がお怒りになったのだよ。お前は変わらず抗戦派だ。そうだろう? 今螺武と争っているのは部族同士の問題だ。そうだろう? 俺はそう言ったのだがな。主はどうも信じられないようだったから―――」

 「ああ、炎波殿」

 そう言って見下ろす蹋頓の目はとてつもなく冷たい。

 「炎波殿。妹と二人、家族で話し合ったのです。俺たちは、父上の想いを継ぐことにしました。ですから、炎波殿。俺は、(かん)を守ることに決めました」

 「―――――――――」

 「あなたたちの持ちかけてきた政略結婚。あれがなければ、今こうなってはいなかったと思います。俺たちにきっかけをくれたこと、感謝しています。ありがとうございました」

 「―――あ、そ、そうか。それは良かった。うん。良かった。良かったんだけど、それなら、ほら。主に伝えようか? このことをさ」

 「いえいえ心配なさらず」

 「ぶっ。お、おぶい! つ、土を、かけべ、かけるな!!」

 「炎波殿はこのまま埋まっていただきます。あの方もいづれ気づくでしょうが、もう少し時間に猶予が欲しいので」

 「ま、まて! 話し合お―――」

 最後の言葉を言い終わる前に、永花が被せた土で炎波の姿は見えなくなった。

 しかし、炎はまだ姿が見えなくなったというのに土の僅かなすき間から流れ出ている。それにも土を被せる。

 こんもりと、盛り上がった塚ができた。

 蹋頓たちが攻め寄せてくる酒首族の対処をするために長城に戻ると、そこに埋まった人間などいないかのように、あとには静けさだけが残った。

※この作品は歴史ファンタジーです。

裏設定的な話をすると、神仙の時代から人間による科学の時代に移り変わっていく時代ということで、ぶっ飛んだ能力をもった奴が人間に倒されていくのも、佐久彦三国志の要素のひとつ、ということで。


章番号修正(2024年9月28日)。

ルビ、誤字、表記ゆれの修正を行いました(2025年2月19日)。

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