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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第四集
129/181

百十八幕 徐州の義賊その三



 (じょ)(しゅう)

 州の()(しょ)である(とう)(かい)(こく)の北に、(ろう)()(こく)という国があった。

 国王は(りゅう)(きょ)という人物で、(りゅう)(よう)という後継ぎもいる。

 琅邪国の東部は海に面しており、(ろう)()(じょう)(かい)(きょく)(じょう)の二城が海城として機能している。

 郡治は(かい)(よう)(けん)で、琅邪国の中でもかなり西寄りに位置しており、中央との連絡が取れやすい反面、治所が偏っている他の地の例に漏れず、東部はなかなかに治安が良くない。そんな地だ。

 そんな琅邪国の中心ほどに(きょ)(けん)があった。

 莒県は小さな県で、東西に川が走っている。水はけも悪く、夏場は湿度も高くなり過ごしにくい。そんな土地だ。

 そんな、辺境の土地であっても。否、辺境の土地だからこそ。

 (こう)(きん)の乱という大陸を騒がせている騒乱に無関係でいることはできなかった。



 「県長。()(すい)が襲われました」

 「どぅあー。またっスか」

 副官がもってきた情報を聞いて、一人の男が執務机に突っ伏した。

 場所は莒城の(けん)(ちょう)()だ。もっとも、県長府とは呼ばれているが、ただの一室でしかない。莒城のような規模の小さな城では、わざわざ巨大な部署を準備する必要がないのだ。

 そんな小規模の城の県長府の執務机に突っ伏している男。

 (ちょう)(いく)(あざな)(げん)(たつ)といった。

 まだ年若い。

 未だ三十にもなっていない。

 しかし、趙昱は確かな才覚でもって県長の座に座っていた。

 儒教でいわれている人が守るべき五つの教えを徹底し、国の模範ともいえるような統治を行っていると噂された。

 五つの教えとは、君臣の間で生じるべき『義』、親子の間で生じるべき『親』、夫婦の間で生じるべき『別』、長幼の間で生じるべき『序』、朋友の間で生じるべき『信』。この五つの心を大切にして、常に心掛けよ、というものである。

 噛み砕くと以下のようになる。

 君主と臣下は、互いに慈しみ合わなければならない。

 父と子は、互いに親愛の情で結ばれていなければならない。

 夫と妻とでは、それぞれ役割があり異なるので分けて考えなければならない。

 年少者は年長者を敬い、従わなければならない。

 友人同士は、互いに信頼で結ばれなくてはならない。

 この五つの教えを五教といい、儒教の基本理念とされている。

 趙昱はこの儒教の基本理念を、自領の人間に守るように徹底させたのだ。

 それから三年ほど経ち、現在に至る。

 たった一つのことを除いて、趙昱は上手くできていたのだ。

 そのたった一つが、義理堅い趙昱を苦しめていた。



 きっかけは友人の(おう)(ろう)によるものだった。

 王朗は古くからの友人だった。

 (ろう)(ちゅう)となった時の同期だ。

 気が合い、よく語り合ったものだったが、まさか(らく)(よう)を出て方々に赴任した後も連絡を取り合うようになるとは思っていなかった。

 ある日、王朗から連絡が来た。

 『(ゆう)(しゅう)()()(とう)(きょう)()に伝手があるんだが、刺史の何たるかを学びに行かないか』

 そういう内容だった。

 趙昱としても否やはない。

 大きな学びになるだろうと、期待に胸を膨らませながら、幽州に向かった。



 確かに、大きな学びになった。

 しかし、少なくとも、趙昱が望んでいた学びではなかった。

 「ちょいちょい、(けい)(こう)っち?」

 趙昱に睨まれ、王朗も天を仰ぐ。

 「有能な方だと思っていたのだが」

 「有能は有能だ。やりきる力をもってる。ただ、かじ取りを全部サイコロ任せってどうなの!?」

 (とう)(けん)はサイコロを転がし、笑顔で黄巾を支援することを宣言したのだ。さらに、趙昱、王朗共に黄巾への物資輸送などの任務を言い渡されている。

 「………………しゃーないっス。ことここに至ったら、ある程度関わりをもっておいて、事態を把握できる立ち位置を確保しておいた方がいいっス。景興っちもとっとと仕事を終わらせて任地に戻ろう。防備を固めておかないと」

 期せずして、反乱の情報を事前に入手することができた。

 これにより備えることができる。

 「………それで、洛陽には報告するか?」

 王朗の問いに、趙昱は頭を抱えた。

 「報告、したい。したいんだけど、俺、領地で五教を徹底させてんのよね」

 「………………君臣の義、か」

 「密告は信義にもとる行為だよなぁ!!」

 「いや、いちおう、元をただせば(かん)の、ひいては皇帝の臣下であるわけだから、そこまで義にもとるというわけでもないだろう」

 「んー、でももやもやするからなぁ。陶刺史を売らずに、仕事もこなしつつ、領地を守って賊を抑え込めればまだ、五教に反してないはず!!」

 頭を掻きむしりながら地団太を踏んで自分を必死で納得させようとする趙昱。

 そんな趙昱を見て、王朗はぽつりと一言。

 「―――生き難そうだな、お前さん」



 そんなことから一年が経った。

 趙昱は莒県の軍備を強化した。

 表向きは散発的にあった賊の被害を根絶するための軍備強化だった。

 それが、ちょうどいい時期に重なって、黄巾軍の増長を抑える結果となった。

 これを周りは、先見の明がある、と褒めた。

 それに対して、趙昱は苦々しく笑うだけである。

 実態は、国益よりも己の生き様を選んだが故なのだ、などと、言い出せるはずもなかった。

 ―――しかし。

 「っだああ~~~。想定してたよりも敵戦力が多い。千や二千の部隊が小集団って尋常じゃない規模だぞ!?」

 「まあまあ~。名目が県内の賊に対処するための軍備強化だったんですから、反乱軍を抑え込むのは無理無茶無謀ですよ~」

 「(しょう)(めい)

 趙昱に声をかけた間延びした喋り方の主は、にこにこと笑いながら執務室に入ってきた。

 小明と呼ばれたのは、童顔の女だった。

 ふわふわとした腰まである長い髪を揺らしながらほんわかと笑っている。

 「………なんだその、まるで、名目上の理由とは別に理由が存在する、とでも言いたいような物言いは」

 「名目上の理由とは別の理由が存在する、と言いたいんですよ、県長様ぁ~。あ、それと、(こう)()が賊に襲われてるそうです」

 「早くそれを言えよもう!!」

 小明は県長補佐という形で趙昱のもとで働いている女だ。

 聡明な女性は明確な官職を拝命できない代わりに、有能な人間の侍女として補佐を行うことがあった。

 滅多に行われることではなく、また、五教に叛く行為とそしられることもあるので対外的には侍女として世話をしているようにみせる。しかし実態は事務や政務をかなり手伝ったりしているのだ。

 小明は趙昱が侍女として雇っている女だった。

 五教を気にしている趙昱はあくまでも侍女としての仕事しかさせていない。それでも、小明は聡明だった。

 門前の小僧習わぬ経を読む、と言われるように、趙昱について仕事をしているうちに、小明は趙昱の仕事を把握するようになっていた。

 「うふふ。県長様ぁ~。どうしますか~? 他に頼めるところもありませんよねぇ~」

 「………………」

 頼めるところ。

 依頼するところ。

 実を言うと、ある。

 しかし。その者らを頼るというのは趙昱にとって―――。

 「五教において、犯罪者を雇用してはならぬという教えは、ないですよねぇ~。同様に、敵と味方の関係性も、特に論じていなかったかと思いますぅ~。何か、不都合でもぉ~?」

 「~~~~~~~~っ」

 小明の言葉に内心を見透かされていると感じ、趙昱は歯ぎしりをしながら立ち上がる。

 「行くぞ! 馬の準備を!!」

 「はいぃ~」



 徐州。東海郡。(たん)(けん)

 東海郡の(ぐん)()である。二本の川に挟まれた地はまるで、琅邪国の莒城を思い起こさせる。

 そして、その郯県の県城のほど近くに、呆れるほど堂々と居直った連中がいた。

 ()(ぞく)

 構成人員三十名ほどといわれる『大規模の』賊である。

 「あにゃにゃ? 郡境までをも超えて、莒の県長サマが直々にお出ましたぁ何事かしらん?」

 そんな賊を束ねる頭脳。

 副頭領・(れん)(ふぁ)

 日焼けして赤茶けたようにも見える長い髪を乱暴にまとめた少女が、大岩の上に座っていた。

 『狗賊』と掘られた大岩の上から、馬に乗っている趙昱と小明を見下ろしている。

 名乗る前に知られている名前。

 しかし、それも狗賊のことをよく知っていれば疑問にすら思わない。

 「副頭領、『姫』殿直々のお出迎えとは痛み入ります。あなた方に依頼をしたい」

 馬を降りて拝礼する趙昱に、蓮花が胡散臭そうに目を向けた。

 「(ちょう)(げん)(たつ)。五教を掲げるアンタがアタシらに依頼ねぇ。厄介事と見た! 帰れ帰れー!!」

 「金の用意はある。話だけでも」

 「国にしっぽを振る気はないんだよーだ。ぎゃわんぎゃわん。忠犬じゃなくて野良犬だぞー!!」

 「国からの依頼でもない! 俺個人からの依頼だ! どうか、力を貸してほしい!! そちらにも利のある内容だと思う!!!」

 「がるがるがるるー!」

 「おう蓮花。準備できたぞ」

 「あいりょうかーい。じゃ、元達さん、どうぞ狗賊へいらっしゃいなー」

 蓮花の後ろから大柄の男が顔を出す。その男を見た途端、蓮花の表情から不機嫌さが消え、一転して可愛らしい笑顔が花咲いた。

 いたずら盛りの子供のような、そんな幼い表情に趙昱は面食らう。

 そんな趙昱に構うことなく、蓮花と大柄の男は歩を進めていった。



 狗賊頭領。通称『(いぬ)』。

 そして、狗賊副頭領は通称を『姫』と呼ばれていた。

 姫の名は蓮花。この名前は仲間内でしか呼ばれないものであり、外部の人間は呼んだ瞬間に首と胴が泣き別れになる。主に、狗賊の構成員たちによって。

 「狗殿。姫殿。どうか力を貸してほしい!」

 大岩を歩いてしばらく行くと、ポツンと小さな家があった。その家に蓮花と狗は入っていく。招かれるままに趙昱の小明もその家に上がった。

 簡単なつまみと酒が出される。

 それを一口ずつ口に入れ、趙昱は話を切り出した。

 「黄巾軍の動きに連動した者たちが、徐州の方々で暴れている。こちらも手は打っているが、全貌が掴めない」

 「はあ。大変ですねー」

 「連動した者たちはどうも賊が中心になって民衆を扇動しているようだ」

 「悪い奴もいたもんだー」

 「貴殿たちならば、扇動している賊を補足して討つこともできるのではないか?」

 「たかが三十程度のちっぽけな賊にどんな期待かけてんだー」

 「あんたたちがちっぽけ? 冗談も休み休み言え。少なくともこの徐州において民衆の味方である狗賊を知らねえ奴はいない。俺のためじゃなくていい。民のために、どうか動いて欲しい。これは前金だ。成功したらこの倍の額を用意する」

 「………ふーん」

 蓮花の茶化しにも動じず、趙昱は頭を下げた。

 そんな趙昱を値踏みするようにして蓮花は眺める。そして、狗に視線を向けた。

 (………好きにしろってことか。正直、馬鹿どものバカ騒ぎは目に余り始めてる。その内灸をすえてやろうとは思っていたが、ついでに金ももらえるのなら、ここらが動き時、かね)

 「成功報酬はその三倍だ。それで動いてやろう」

 「! お、恩に着る!!」

 頭を下げた趙昱を尻目に、狗は顎髭を撫でながらぼんやりと宙を仰いだ。

 (どうにも事態の動きが大きい。黄巾が一方的にやられているはずなのに、それでも、黄巾に加担する奴が後を絶たねえ。今後の荒れ方次第では、この国もヤバいのかもなぁ)

 そこまで考え、狗は寂し気にため息を吐いた。



 「さーてさてさて。作戦会議だぁ! 殲滅殲滅ぅ」

 「落ち着け蓮花。それよりも、まずは、(からす)

 「おう」

 「暴れてる連中に情報を流せ」

 「『狗賊が動くぞ』と」

 「おう」

 「蝙蝠(こうもり)ー」

 「なんでぇ?」

 「相手側にはえぐい指揮官とかいる?」

 「いねぇな」

 「おけー。(へび)ー」

 「あいよ」

 「固そうなところの切り崩しお願いねー」

 「了解だ」

 「動くのは三日後でいいな。お前ら、頼んだぞ」

 『おう!!』



 狗賊は構成員が三十人ほどの小さな賊だ。そして、大規模な賊だ。

 狗賊を構成する三十人が全員、名のある賊団を率いている。いうなれば、狗賊とは、大賊団の幹部集団をまとめた呼び名なのだ。

 三十人はそれぞれで一騎当千の力を持っている。それでも、もっと大きな力に対抗しようとするとき、構成員は自分の賊団を引き連れて集まるのだ。

 動員兵力一万。

 それこそが、徐州の義族が本気になった時に動員できる総戦力だった。

 この時集まったのは五千ほどだった。

 そしてそれだけで十分だった。

 賊団連合である狗賊に睨まれてしまえば、徐州内でまともに活動できなくなってしまう。

 規模の大きい賊団ほど、狗賊が動いたと知って大人しくなった。

 あとは、民衆上がりの戦闘経験の少ないやんちゃ者だけだ。

 狗賊にとって、それらは赤子の手をひねる様な物だった。

 適当に囲んで、適当に(さる)が爆弾を投げれば、あとは勝手に瓦解する。



 そうして。

 半月も経たずに、琅邪国は黄巾軍が鎮圧され、平和を取り戻したのだった。

趙昱の小咄を狗賊と絡めてみました~。

頑張れ、趙昱っち!


章番号修正(2024年9月28日)。

誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2025年2月16日)。

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