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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第一集
11/181

十幕 諜報合戦



 夜半過ぎ。

 人影の絶えた通りを(とう)(しゅう)は走った。

 目指す先は、()(かん)権力の中枢。

 「(こう)(きん)に所属していた唐周と申します。お知らせしたいことがあります。取り次いでもらえませんでしょうか」

 息も絶え絶えに言った言葉は、(けん)(せき)宅の門番を仰天させた。



 「もう一度、申してみよ」

 蹇碩の言葉に、唐周は仮面を外した能面を向けた。

 「私は、(こう)(きん)(とう)に属しているのが恐ろしくなったのです。そもそも、我々黄巾党は、医を極め、民を癒すために活動を始めました。礼にと食事や金銭を受け取っていたら、医の知識を学びたいと、人が集まりました。これが黄巾党の前身です」

 唐周は(とつ)々(とつ)と語った。

 「時と共に構成人員は増えました。教祖・(ちょう)(かく)は様々な才をもった者が集まれば、より多くの民を救うことができると喜びました。しかし。教祖は民からの願いを聞き届けている内に、いつからか世直しを自らの使命としてしまったのです」

 感情の籠もらない目が、蹇碩を射抜いた。それを不快に感じ、視線を手元の紙に落とす。

 その紙一枚が、蹇碩に冷や汗を流させた。

 「私が願うのは、民の恒久的な平和のみです。国家転覆など私の望むところではありません。今の黄巾党は目に見えない何かに取り憑かれている様に感じて、私は恐ろしいのです」

 蹇碩の手元にあるのは、血判状だった。その中には、(ほう)(しょ)(じょ)(ほう)の名前もある。

 (かん)(がん)が既に内通している、確たる証拠だ。

 「どうか、蹇碩様。我らの悪しき流れを断ち切って下さい」

 そう言うと、唐周は深々と頭を下げた。



 「ふむ。なかなかの音曲だの」

 人払いを済ませたはずの、その空間に、幼い声が割って入った。その事実に唐周が固まる。

 「いったいどんな者が釣れるかと思うたがの。存外、可愛らしい獲物じゃ」

 鈴の鳴るような声を転がして、声の主が姿を現した。

 「蹇碩様。これは―――」

 十歳前後の少女と少年がその場にいた。

 「黄巾唐周。汝は既に包囲されておる」

 (えん)(じゅつ)は、その場の支配権を堂々と手中に収め、そう宣言した。



 「………、包囲とは? なぜこのような」

 「猿芝居はやめよ、唐周。お主の企みは、既に看破しておる」

 内心の焦りを押し殺し、困惑の声音でもって発した唐周の言葉を、袁術が打ち消す。

 「(らく)(よう)に潜伏し、封諸、徐奉を引き込んで、次の獲物は(ちょう)(きん)殿のつもりだったであろう。張釣殿と()(うん)殿を反目させ、張釣殿の命が危うくなった所で助け舟を出し、張釣殿も味方に付け、さらに、張釣殿を始末できなかった夏惲殿すらをも取り込んで、それを皮切りに(じゅう)(じょう)()を引き込む。十常侍を味方に付けるよりも、十常侍同士で内乱を誘発し、宮中を混乱させ、さらに(とど)めとして、蹇碩殿に処断させ、後漢という国から宦官を排除する。役割が終われば、蹇碩殿も用済みとして処理されるじゃろう。宦官壊滅。これならば、後漢は大打撃を受けるは必定よな」

 袁術は口元を扇で隠しながらコロコロと笑った。

 「お主の役割は、十常侍に楔を打ち込む最後の鍵じゃろ。ここで用いる血判状には本来、この倍の数の名前が記されていたはずじゃ。しかし、(りょ)(きょう)殿が動いたおかげで、張釣殿を引き込むことができなくなった。それでも、この策を実行したのは、呂強殿が死んだことで、宮中が疑心暗鬼に陥っていると判断したため、かの?」

 唐周は無表情の下に、恐怖を感じた。口の中がカラカラに乾く。

 袖に仕込んだ暗器を、取り出すタイミングを計るが、全て、少女の背後に控えている少年によって、その動きを封じられていた。

 少年は小さな鎌を持っている。

 (―――任務、失敗)

 退き時だった。

 このままでは()(げん)()()(ほう)(りょう)()も危うくなる。

 唐周は少年を見た。

 肩口まで乱雑に伸びた髪。頭頂部からは二本の癖っ毛が、触角のように伸びている。

 そして、武器を持っているだけで構えていない。

 跪いた姿勢のまま、下半身に力を込める。

 敵もまさか、この姿勢から、後ろに跳躍できるとは思うまい。その油断を、突く。

 思い切り、後方の扉まで跳んだ。

 瞬間。不思議なことが起こった。

 跳び退き、空中にいるにも関わらず、時間がゆっくりと進む。

 その中で、唐周は確かに見た。

 すべてがスローモーションになる中、少年がただ一人、時の制約を受けぬかのように武器を抜き、振るった。

 その武器は折り畳まれていたが、少年が振るうと金属音を鳴らして、伸ばされ、少年の手に身の丈ほどの鎌を握らせた。

 少年が唐周に肉薄する。

 その光景を、唐周は動けずに見守るしかなかった。



 「殺すな!」

 袁術の鋭い声に、少年は舌打ちをする。

 少年の斬撃は、僅かに軌道を変え、唐周の左腕を襲った。

 「―――な」

 唐周は空中で姿勢を崩され、床に転がる。

 (ダメだ)

 速すぎる。

 武の桁が違いすぎる。

 反射的に奥歯を噛もうとする。奥歯には即効性の毒薬が仕込んであった。

 しかし。

 少年は唐周を斬り、残心も解かないままに、唐周の顔面を蹴り上げた。

 唐周は自決もできずに意識を刈り取られた。



 「お、お主、仮にも(おな)()に容赦ないの」

 袁術がドン引く。

 「あんたが殺すなっつったんだろ、オヒメサマ。コイツ、歯になんか仕込んでたみたいだし」

 「そうか、なら詰め物を―――」

 「平気平気。顎の関節、外したから」

 「………そ、そうか」

 「で?」

 少年の殺気が、今度は袁術に向けられる。

 「俺は、楽しい戦いがあるって聞いたんだが? もう終わりか?」

 「そう急くな」

 その殺気を、袁術はやれやれと肩を竦めて受け流す。

 「心配は無用じゃ。この娘を餌にして他の者を釣る。この娘、目に恋を乗せておった。想いを寄せる(おの)()でもおるのじゃろ。情報では、こやつの上司とは淡い恋仲だそうだ。大物じゃ」

 袁術はコロコロと笑う。

 「兵を率いてみるか? ほーせん」

 少年は、新たな戦場を感じて、ニヤリと笑った。

黄巾軍の前半のヒロイン、ピンチ!


誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2024年9月19日)。

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