リンク
「おい、ガリ勉」
その声にヒロナリはびっくりしたように顔を上げ、声の主がカズマだと気付くと、まるで悪いことを見付けられたような表情をした。
「それ、ヘリオス・ネオじゃねえのか」
カズマがそう言ったときにはもうヒロナリはゲーム機をカバンに突っ込んでしまっていた。
だが慌てていたせいか、カバンがひっくり返り、中の問題集やプリントが地面に溢れ出てしまう。
「ああっ」
「何やってんだよ」
仕方なくカズマは一番遠くまで飛んだプリントを拾ってやる。
ヒロナリはまるでネズミのように忙しなく地面から物を拾い集めると、乱暴にカバンに突っ込んでいく。
明らかに、カズマと関わりたくないというのが見え見えだった。
それを見て、カズマはちょっとしたいたずらを思いつく。
「ほらよ」
プリントを差し出すと、ヒロナリは口の中で、「ありがとう」というようなことをもごもごと言って受け取り、立ち上がった。
「じゃあ、僕行くから」
「これ、忘れてるぜ」
カズマは、自分の手に持ったヘリオス・ネオをぶらぶらと揺らした。
「あっ」
ヒロナリが目を見開いて、手を伸ばす。
カズマはそれをひょいっとかわした。
「か、返してよ」
「もう返したよ」
そう言って、ヒロナリのカバンを指差す。
「カバンの中、見てみろよ」
だがカズマの手には、相変わらずヘリオス・ネオがあるのだ。
からかわれていると思ったのだろう、ヒロナリは顔を真っ赤にしてカズマを睨んだ。
「いいから、返してよ」
「だから、カバンの中を見てみろって」
カズマにもう一度カバンを指差され、渋々覗き込んだヒロナリが、また目を大きく見開いた。
「……えっ」
うまくいった。カズマは手を叩いて笑う。
「びびった? びびった?」
「ヘリオス・ネオが二台ある」
ヒロナリはカバンからヘリオス・ネオを取り出し、それが間違いなく自分のものであることを確認する。
「こっちは、俺のだぜ」
カズマは自分の持つヘリオス・ネオをまた揺らした。
二台のヘリオス・ネオを見比べたヒロナリは、ようやく納得した顔をした。
「こんな古いゲーム、僕以外にまだやってる人がいるなんて」
「お前こそ、ガリ勉のくせにゲームなんかするんだな」
カズマにそう言われると、ヒロナリは慌ててまた自分のヘリオス・ネオをカバンに突っ込む。
「ただの暇つぶしだよ」
「何やってんの、ソフト」
ヒロナリは立ち上がろうとしたが、カズマは続けざまにそう尋ねた。
「何のゲームやってんの」
「多分、カズマ君が知らないゲームだよ」
いかにも仕方なさそうに、ヒロナリが答えた。
「配信だけのゲームみたいだし」
「ふうん」
カズマは自分のヘリオス・ネオの電源を入れた。
「俺さあ、暗黒竜の秘宝っていうやつやってるんだよね」
「えっ」
「お前、知ってる?」
そう言いながら、自分のセーブデータを起動する。
「変な洞窟のボスが倒せなくて困ってるんだけどさあ」
「それ、僕もやってる」
「マジで!?」
カズマは思わず弾んだ声を上げていた。
「どこまで行った?」
「レヲ・テミオの洞窟のボス戦まで」
「そう! 俺もそこまで!」
カズマはヒロナリの顔を指差す。
「あいつ、どうやって倒すんだろうな。俺、使える武器は全部試してみたんだけどさあ」
「え?」
「硬そうなやつだから、斧だろうなって思ったんだけど全然ダメージ与えらんないし」
「斧?」
ヒロナリが戸惑った顔をするが、カズマは気付かず続けた。
「お前、いつも剣? それとも槍とか使ってんの? でも斧のレベルも上げとかないと嵐の塔でサソリみたいな敵に苦戦するだろ」
「……剣? 槍?」
いよいよ困惑した顔をしたヒロナリは、
「どうも、誤解があるみたいだ」
と呟くように言うと、自分のヘリオス・ネオの電源を入れた。
「カズマ君の言ってるゲームって、これじゃないの?」
見せられたタイトル画面に、カズマは大きく頷く。
「そう、これこれ。まさかガリ勉がやってるなんて思わなかったなー」
ヒロナリはそれに答えず、ゲームをスタートした。
「……え?」
今度はカズマが困惑する番だった。
「なに、そいつ」
「何って、このゲームの主人公だよ」
ヒロナリは答えて、主人公を操作する。
画面上で、青いローブをまとったキャラクターが、手に持つ長い杖から火の玉を放って敵を撃破した。
「そいつ、魔法使いじゃん」
「そうだよ」
「どこで仲間にできるの」
「最初から、このゲームの主人公はこのキャラクターだよ」
「選べたのか」
「選べない。こいつだけだよ」
話がかみ合わなかった。カズマはじれったくなって、自分のヘリオス・ネオをヒロナリの鼻先に突き出す。
「俺のは、ほら」
カズマのゲーム画面を見たヒロナリも、目を丸くした。
灰色の鎧をまとった戦士が、重そうな斧を振り回して敵を吹き飛ばしていたからだ。
「俺はずっとこいつだぜ」
「全然違う。僕のゲームと」
これじゃあまるで別のゲームだ。
最初にプレイヤーキャラクターを戦士と魔法使いのどちらかから選ぶなんていう選択肢は、絶対に出なかった。
だが、それよりも二人を驚かせたのは、そのとき二人の画面に同時に現れたメッセージだった。
『リンクを確認しました。通信プレイを行いますか』
「おい、これって」
カズマの言葉に、ヒロナリは頷く。
「うん、もしかして二人で協力プレイができるのかも」
だがヒロナリは、画面の隅に表示されている現在の時刻に気付いて慌てた顔をした。
「もうこんな時間だ。僕、塾に行かないと」
「うそだろ」
カズマは首を振る。
「せっかく通信プレイができるんだぜ。そうすりゃあの洞窟、クリアできるかもしれないじゃん」
「でも、行かないと。塾は絶対休めないから」
ためらいもなく電源を切ったヘリオス・ネオをカバンに入れて、ヒロナリは立ち上がった。それを見て、カズマはいいことを思いつく。
「お前の塾って何時までなんだ」
「七時半だけど」
「そんなに勉強するのかよ」
俺には絶対無理だ。学校以外でも勉強するなんて、さすがはガリ勉だ。
顔をしかめた後で、カズマは頷く。
「分かった。じゃあ俺ここで待ってるから、お前の塾が終わったらやろうぜ」
「えっ」
思いがけない提案に、ヒロナリは口をぽかんと開けた。
「だって、そんなに遅く、親とか平気なの」
「大丈夫だよ。俺の母ちゃん、帰ってくるのは毎日九時過ぎだし」
カズマはそう言うと、にいっと笑った。
「待ってるからな。忘れんなよ、絶対だぞ。勝手に家に帰るんじゃねえぞ」