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いつか、その肩に世界が  作者: やまだのぼる


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28/28

パターン

 

 岩場に足をとられながら、危なっかしくヒロナリが駆け寄ると、カズマとリンは満面の笑みを浮かべて出迎えた。

「来てくれると思ってたぜ」

 カズマは言った。

 その頬が土で汚れている。

「これで戦える。な、リン」

「うん」

 リンも頷く。その顔もやはりすっかり汚れていた。

「ヒロが来てくれたから、何とかなると思う」

「二人とも、ずっとここにいたの」

 ヒロナリの問いに、二人は顔を見合わせる。

「ずっとって言うか、まあ」

「うん。一時間くらい経ったかな」

 二人の呑気な物言いに、ヒロナリは大きく首を振る。

「そんなわけないよ。二人とも、もう一週間もいなかったんだから」

「えっ」

「マジで」

 二人とも驚いた顔をしたが、特に大きく反応したのはカズマの方だった。

「一週間!? 俺、一週間も休んでんの? 一年からずっと皆勤だったんだけど!」

 そう叫んだ後で、はっと顔を青ざめさせる。

「っていうか、母ちゃん心配してるよな。先生何か言ってたか? もしかして警察とか呼ばれてんの?」

「あ、ううん」

 ヒロナリは首を振った。

「学校には来てる。カズマ君じゃない誰かが」

「は?」

「だから、誰も気付いてない。僕以外は」

「……どういうことだよ」

 カズマが声を潜めたときだった。

 頭上で獣の甲高い鳴き声がした。

 周囲の岩がぶるぶると震えるほどの大きさ。

 本当の野生の声。

 ヒロナリにとっては、昔遠足で行った動物園でしか聞いたことのない類いの声だった。

「え、今のって」

「来やがった」

「うん」

 カズマとリンは厳しい表情で頷き合う。カズマが空を指さした。

「カカマナットだ」

 ヒロナリは頭上を振り仰いだ。

 太陽の光が目に入って、顔をしかめる。だがその光はすぐに何か巨大なものに遮られた。

 エメラルド色に輝く鱗。

 それは現実の世界でも何度か目にした光景。

 巨大なドラゴンが飛来したのだ。

「うわ……」

「ヒロ、こっち」

 名前を呼ばれて振り向くと、リンが岩陰へと走っていくところだった。

 カズマはもうそこから顔だけを出している。

「ここが安全地帯なんだ!」

 安全地帯。

 まるでゲームのような言い方だな、などと妙に冷静に考えながら、ヒロナリはリンの後を追った。

 その背後で、甲高い金属音。

 走りながら振り向くと、エメラルド色の尖った金属片が岩に突き刺さっていた。

「えっ」

 ヒロナリの顔くらいの大きさの金属片。当たったら即死間違いなしの代物だった。

「早く!」

 リンが岩陰で手を振っている。

「急いで、ヒロ!」

 返事する余裕もなく、ヒロナリは必死に走った。

 背後で何度も金属音が響き、舞い上げられた岩の破片が肩や背中に当たった。

「うわ、うわ」

 ヒロナリがようやく岩陰にたどり着くと、カズマとリンがヒロナリの腕を掴んで引っ張りこむ。

「あれ、何」

 激しく喘ぎながら尋ねると、カズマが「あいつの鱗だ」と答えた。

「ああやって、自分の鱗を地面に降らせて攻撃してくるんだ」

「それって、ゲームと同じなのかな」

「分かんねえ」

 それはそうだ。つまらないことを言った、とヒロナリは思った。

 ゲームではまだ誰もカカマナットと戦ったことがなかった。

 ボス戦の場所であるはずの岩山の最上部にたどり着いても、そこにカカマナットが現れなかったからだ。

「だけど上空にいるってことは、攻撃には弓しかねえだろ?」

 カズマの言葉で初めてヒロナリは、彼が長い弓を握っていることに気付いた。

「え? カズマ君、それ」

「あ?」

「いつの間にそんな武器を持ってたの」

「ああ、これか?」

「私も持ってるよ」

 リンは細い流麗な弓を手にしていた。

「この世界なら、必要だと思えば出てくるみたい。剣でも斧でも、自分のキャラクターが装備してるものなら」

「出てくる……?」

「おう。剣も槍も出るぜ。そうだ、ヒロ、お前は杖出せよ」

「いきなり出せって言われても」

 ヒロナリは異界に順応しすぎている二人に戸惑う。

「どうすればいいのか」

「お前は魔法使いなんだから、杖がなきゃ戦えないだろ」

「だから、どうやって出すの」

「必要だなって思えば出てくるから。ほら、早く」

 カズマの説明は要領を得ない。

 ヒロナリがうろたえている間も、岩場の向こうからは激しい金属音が響いている。

 不意にカズマはその音に耳を澄ました。

「ちょっと数が減ってきたな」

「え?」

「リン、もうすぐやむぞ」

「うん」

 戸惑うヒロナリを尻目にカズマとリンは頷き合うと、弓を手に岩陰から上空を窺った。

 そのとき不意に、金属音がやんだ。

「ヒロ、とりあえず見てろ」

 そう言い残し、カズマが岩陰を飛び出した。

 ヒロナリが返事をする間もなく、リンもそれに続いていた。

 上空のドラゴンに向けて二人が弓を引き絞った。並んで弓を引き絞る姿は、まるで鏡写しのようだった。

 二人が矢を放つ。矢はどこから出てきたんだ、と思ったが、それは矢というよりも光の筋のようなものだった。

 そういえばゲームに弓矢の本数制限はなかったな、などとヒロナリは頭の片隅で考える。

 光の矢は上空のエメラルド色のドラゴンに吸い込まれていった。

 そのたびにドラゴンはわずかに身をよじるような素振りをしたが、二人の攻撃が効いているかどうかは定かではなかった。

 矢を幾本も浴びたドラゴンが突然、大きな叫び声を上げた。

「うわ」

 思わずヒロナリは自分の耳を手で覆う。それほどに、怪物の咆哮は強烈だった。

 その叫び声に反応したかのように、地面に刺さっていたたくさんの鱗が宙に浮かび上がった。鱗はきらきらと輝きながら、上空のドラゴンの身体へと戻っていく。

「くそ、終わりだ」

「急いで」

 そんなことを言いながらカズマとリンが岩陰に転がり込んできた。

 その直後、再び激しい金属音が断続的に鳴り響き、ヒロナリは身を竦めた。

「見たか?」

 開口一番、カズマはヒロナリに言った。

「あいつの攻撃パターン。お前も分かっただろ?」

「う、うん」

 呆然としながらもヒロナリは、目にした光景とそこから割り出した情報を口にしていた。

「ええと、鱗を地上に放つ攻撃が一定時間続くよね。鱗がある程度地上に刺さったら、今度は鱗が自動的にあいつの身体に回収される。その繰り返し」

 ゲームの攻略みたいだ。そう考えると、だんだんと心が落ち着いてきた。

「攻撃がやんだ後、鱗が戻っていくまでに少し空白の時間がある。それがこっちの反撃のタイミング」

「ヒロ、すごい」

 リンが歓声を上げ、カズマがヒロナリの肩を乱暴に叩く。

「やっぱお前、頭いいな。あんな一瞬で見抜けるのかよ」

「いや。でもそれくらいは」

「俺たちなんか、何回も死にそうになってやっと気づいたのにな」

「うん。本当に、ヒロが来てくれてよかった」

「そんな、別に」

 二人の率直な称賛の言葉がくすぐったくて、ヒロナリは身体をよじった。

「だけどそんなことよりも」

 と自ら話題を変える。

「僕が来るまでに、どれくらいあいつに矢を撃ったんだい」

「結構撃ったよな」

「うん。もう十回近く今のを繰り返してる」

「ああ……それじゃあ多分、二人の攻撃は効いてないよ」

「やっぱりか?」

「うん。そこまで当てれば、ダメージが通ってるなら攻撃パターンに変化が出るはずなんだ。ボスの攻撃パターンって、だいたい三回くらい変わるでしょ?」

「そうね」

 リンが頷く。

「カカマナットの攻撃は最初からずっと変わってないわ」

「じゃあやっぱり効いてねえのか。だけど剣や斧じゃあいつには届かねえし。っていうことはだ」

 カズマは期待を込めた目で、ヒロナリを見た。

「ここはお前の魔法が必要な場面ってことだ、魔法使い」





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