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 その日。

 東京。

 空の見える某所。


 異界の力をその全身にみなぎらせたエメラルド色のドラゴンが、悠々と空を飛んでいる。

 ドラゴンは時折、何かを探すようにその瞳のない赤い目を地上に向ける。

 まるで怪獣映画のような非現実的な光景だったが、それを肉眼で見ることのできる人間はほとんどいない。

 異界のものを視るのに必要なのは、単純な視力ではないからだ。

 ほとんどの人間は、すぐ真上をドラゴンが飛んでいても気付きもしない。

 いわゆる霊感が強いと言われる人間が、なんとなくその存在感を感じ取ったり、黒い影のようなものを目にしたり。せいぜい、その程度だ。

 だが今、上空を見上げる青年の目には、ドラゴンの腹を覆う鱗の一枚一枚までがくっきりと見えていた。

「カカマナット」

 青年は呟く。

「暗黒竜の秘宝が、もう四つまで解放されたのか」

 急がなければだめだ。

 そう言って、青年は駆け出した。




 放課後。

 帰宅したカズマは、ランドセルを床に放り出すとテレビをつけた。

 適当にチャンネルを変えていると、ワイドショーがちょうど例の爪痕を映していた。

 ヘリコプターかドローンか、そういうものによる上空からの映像らしく、まるで作りかけの大きな橋のような高速道路が高いところから映し出されている。

 巨大な刃物ですっぱりと切り落とされたかのような建設途中の道路の先端に、それはあった。

「……ほんとだ」

 知らない人間からすれば模様には見えなかっただろう。ただの、不規則な傷跡。

 だがカズマには分かった。

 それは異界の庭園の小箱に描かれた、暗黒竜の紋章に酷似していたからだ。

 ゲーム「暗黒竜の復活」のオープニング画面にもちらっと現れる、簡素な紋様。

 高速道路の路面に、それがでかでかと描かれている。

 その意味は、カズマには分からなかった。

 だが彼特有の敏感さで、それが何か良くないことだということだけは分かった。

 大人の決めた道徳的な善悪ではない。もっと原始的な、ヒトという種にとっての善悪。

 これは、やばい。

 文字の書き方が苦手な代わりに、カズマはそういうものを感じ取る能力に長けていた。

 ゲームが現実になったぜ、なんて喜んでいる場合ではない。

 多分、これは何か恐ろしいことの前触れだ。

 それを言語化する語彙はカズマにはなかったが、はっきりとそう感じ取った。

「やべえ」

 カズマは呟くと、いつものリュックにヘリオス・ネオを放り込んだ。

「やべえ、やべえ」

 うわごとのように呟きながら外に飛び出すと、自転車に跨った。



 公園のいつものベンチには、もうリンが来ていた。

「よう」

 自転車を横倒しに止めたカズマが手を上げると、リンは自分の持っていたヘリオス・ネオを顔の前で小さく振ってみせた。

「早かったね」

「ヒロは?」

「まだみたい」

「そっか」

 あまりくっついて座るのも変な感じがするので、カズマは少し間を開けてベンチに腰を下ろす。

「俺もニュース見たぞ。お前は?」

「うん、私も見た」

 リンは頷く。

「びっくりした」

「あれって本当にカカマナットなのかな」

「多分、そうだと思う」

 リンは真面目な声で言った。

「だって、暗黒竜の紋章を描いてたもの」

「……だよな」

 カズマはリュックから自分のヘリオス・ネオを取り出す。

「どういうことなんだろ。あの異界から俺たちを追ってきたってことか?」

「うーん……」

 リンは難しい顔で目の前の木を見つめている。

「そうなのかな。ちょっとよく分かんない」

「あ。そういえばお前、あのとき異界で急に出てきたよな。どこに行ってたんだよ。それに、あの穴は」

「ごめん、遅れて」

 カズマがリンを質問攻めにしようとしたとき、ヒロナリが小走りに駆けよってきた。

「おう、ちょうどよかった」

 カズマは手を振り回す。

「ヒロ、俺も見たぞ、ニュース」

「カズマ君も見た? あれってカカマナットだと思うんだけど」

「ああ、そうっぽいよな」

 カズマはベンチをヒロナリに譲り、自分はその前の花壇の縁石に腰掛ける。

「それで、ちょうど今リンに聞こうと思ってたんだ。こいつ、あのとき異界で急に出てきただろ」

「ああ、そうだ。僕も聞きたかった」

 ヒロナリはリンを見た。

「三条さん、いったいどこにいたの」

「どこにって言われても」

 リンは困惑した顔をする。

「私も気付いたらあの庭園にいたんだよ。私の場合は二人みたいに門の前に出たんじゃなくて、自分が通って来たっぽい穴が目の前にあったから、そこを通れば元の世界に帰れるって分かったんだけど、その前に二人を探そうと思って、そうしたら」

「カカマナットに出くわしたってわけか」

 カズマは頷く。

「なんでいつもリンだけ俺たちと別になるんだろうな」

 そう言ってから、何かを考えているヒロナリを見て怪訝そうな顔をする。

「おい、ヒロ。何考えてんだ」

「あ、ごめん」

 ヒロナリは我に返ったようにカズマを見た。

「とりあえず、ゲーム始めようぜ」

 カズマは言った。

「カカマナットがこの世界にいるとしたら、ゲームの中はどうなってるんだ。ダンジョンのボスが空っぽになってるのかな」

「どうだろう」

「やってみるしかないね」

「だな」

 カズマはにやりと笑う。

「二人ともレベルは上げてきたんだろうな」



 三人ともしっかりとレベル上げをしてきただけあって、攻略は順調に進んだ。

 今回はダンジョンと言ってもオープンフィールドの山が舞台だ。階段で繋がれたエリアを、三人は徐々に上へ上へと進んでいく。

「ここ、一人の時はめちゃくちゃ苦戦したんだよな」

 階段の両脇から火を噴いてくるミニドラゴンの群れを、ヒロナリとリンの魔法が排除していくのを見て、カズマは嬉しそうな声を上げる。

「俺の弓矢だけじゃ火力が足りなくてさ」

「カズが階段の敵を先頭で受け止めてくれるから、魔法に集中できる」

 リンが言う。

「すごく助かる」

「うん。やっぱり三人だといいね」

 ヒロナリも同意した。

 やっぱり、この三人だ。

 誰かの力が、誰かの足りないところを補っている。

 言葉にはしなくても、三人ともそう感じていた。

 やがて、いよいよボスの待つ山頂に近付いてきたころだった。

 やはり三人の前には難解なパズルが立ちはだかったが、試行錯誤の末にヒロナリのひらめきで解くことができた。

 しかし、その頃にはもう時間が迫っていた。

「ごめん」

 ヒロナリが立ち上がる。

「もう塾に行く時間だ」

「えー、もうあと少しなのにかよ」

 カズマが抗議の声を上げるが、ヒロナリは首を振った。

「ごめん。でも行かないと」

「思ったより、パズルで時間食っちゃったね」

 リンもあきらめ顔で立ち上がった。

「また明日かな」

「じゃあさ、今日お前らの塾が終わったら」

「だめだよ」

 カズマの提案に、ヒロナリは無表情でまた首を振る。

「もしも今日、ボスを倒して異界に飛ばされたら、また九時過ぎになっちゃう。今度こそ母さんに言い訳できない」

 それはヒロナリの言う通りだった。また夜遅くになってしまうのは、カズマもちょっと厳しいかもしれない。

「でもよ」

 カズマには、ニュースを見たときの危機感がまだ残っていた。

「カカマナットはほっとくのかよ」

 あれをこのままにしておいてはいけない。

 そんな気がする。

「そう言われても」

 ヒロナリは一瞬苦しそうな顔をしたが、すぐに能面のような表情に戻った。

「だめなものはだめだ」

 カズマは舌打ちした。

 塾の話になると、ヒロナリはいつも頑なだ。何か、見えない壁のようなものが彼を包んでしまう。

 その時だった。

 不意に、周囲が暗くなったような気がして三人は顔を上げた。

 キラキラとエメラルドグリーンに輝く鱗が見えた。


 カカマナット。


 大きな翼を広げて、ドラゴンが三人の上空を横切っていく。

 三人はしばらくの間、息をするのも忘れてそれを見上げていた。

「……あれが、あんな風に飛んでても」

 カズマは言った。その声が震えていた。

「それでも、お前は行くのかよ」

「……行く」

 ヒロナリはカバンを持ち上げた。

「僕は、行かなきゃならないから」


 ヒロナリとともに、カズマに気遣う視線を投げかけながらリンが去っていくと、カズマは足元の石を思い切り蹴った。

 暗くなった空にはもうドラゴンの姿はなかった。





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― 新着の感想 ―
[一言] お兄ちゃんぽい!? お兄ちゃん実は勇者だったり…して?
[良い点] 冷静に頭で思考しようとするヒロナリと、鋭いカンで素直に実行力のあるカズマ。 いろいろと知っていそうで、一度にすべてを打ち明けそうにないリンちゃん。 三人のやり取りがほほえましくてワクワクす…
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