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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
取り返しのつかないことを…… 
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どうしよう、取り返しのつかないことをしてしまった………


蓮君からの ”しばらく忙しい” というメッセージを読んだ刹那、私の胸にあった後悔が、一気に燃え広がっていった。


あのとき笹森さんと二人きりで会っていた理由を問われて、彼におかしな誤解を与えるよりはと、最終的に事実を打ち明けた。

だけどそれで蓮君を傷付けてしまうなんて、はっきり言って想像もしていなかった。

このままだと蓮君が行ってしまう、それをどうしても止めたかったのだ。

そのときの私の答えが…笹森さんが大和の父親だという事実が、まさか蓮君を傷付けるだなんて、あのとき自分のことで精一杯だった私には思い至ることができなかった。


ちょっと考えればわかることだったのに。

自分の恋人が大切に育ててる血の繋がらない子供が、実はその恋人の元婚約者の子供でした……そんなの、もし私が逆の立場だったらどう感じる?

しかもその元婚約者が、今も自分たちの周りにいるとしたら?

自分に黙って、恋人がその元婚約者と二人きりで会っていたとしたら?


考えれば考えるほど、私が無意識に蓮君を傷付けていたのだと知る。

それでも蓮君は優しいから、私を責めるようなことは言わなかった。

ただ、”じばらく忙しい” と、短いメールで距離を取られてしまっただけで。

けれど知り合ってから数か月間、これまで一度だって蓮君からそんなネガティブな言葉をもらったことはなかったし、連絡を絶たれたこともなかったのだ。

どんなに忙しそうなときでも、彼はいつだって前向きに仕事に取り組んでいたし、私や大和に電話やメールをくれていた。

休みの日だってしょっちゅう会いにきてくれて、大和も蓮君と過ごす時間をとても楽しみにしていて………

………いや、違う。

蓮君と会うのを楽しみにしていたのは、大和よりもむしろ私の方だ。


大和と一緒に暮らすと決めたとき、もう誰とも恋愛も結婚もしない、大和だけを大切にしていくと誓ったはずが、蓮君と出会ったことで大きく変わってしまった。

もちろん今でも大和が一番だし、大和が蓮君を好きにならなければ私だって誓いを破ったりはしなかっただろう。

付き合いだすまでにも葛藤や躊躇はあったけれど、その過程はどうであれ、今私は、こんなにも蓮君を想っているのだ。

その大切な人を、失うかもしれない………

あのとき蓮君を失いたくない一心で真実を打ち明けたのに、その真実が原因で、また彼を失うかもしれないと不安に怯える毎日を過ごしていた。



このままじゃだめだ。

大和だって、蓮君から電話がかかってこなくなったことを不思議がっている。

FANDAK(ファンダック)のクリスマスの準備が忙しいんじゃないかなと、それっぽい言い訳を説明すると納得はしてくれたけれど、そのあとファンディー達のクリスマスパーティーにレンお兄ちゃんは参加するのかな?とか、ぼくもクリスマスはファンダックにいきたいとか、テレビでクリスマスイベントのCMが放映されはじめたことも相まって最近はFANDAKの話題が極端に増えていた。

その度に、私は蓮君の不在を強く感じてしまうのだった。




「………ねえ!ねえ琴ちゃんってば!」


蓮君のことを考えていた私は、大和の呼びかけに気付かなかったようだ。

小さな唇をぷっと尖らせて私を可愛らしく睨んでいる大和に、慌てて笑顔を見せた。


「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしちゃってた。ごめんね。今何て言ったの?」

「もうっ!ぼくはいまブロードウェイの話をしてたんだよ」

「ブロードウェイがどうかしたの?」


その名前は嫌でも蓮君を連想させてギクリとしたけど、大和には動揺を悟られるわけにはいかなかった。

大和は「琴ちゃん、わすれちゃったの?」と不服顔だ。


「まえにレンお兄ちゃんがクリスマスかお正月にブロードウェイに行こうって言ってたよね?ニューヨークのクリスマスはきれいだって言ってた!」

「え………ああ、そうだったかな?」


そういえば、蓮君がそんなことを言っていた。

冗談とも本気とも区別つかなかったけれど、大和は信じたまま忘れていなかったようだ。


「言ってたよ!ぼく、ちゃんとおぼえてるもん!」

「そっか……。でも今度のクリスマスとお正月は無理だと思うよ?」

「ええ?どうして?」

「外国に行くにはパスポートっていうものが必要なんだけど、大和はパスポートを持ってないでしょう?だから…」

「そうなの?じゃあぼく、サンタさんにぱすぽーと(・・・・・)をお願いする!」


両手に拳を握り、目を輝かせて訴えてくる大和。

懸命にお願いする姿の中には、蓮君と会えなくなるかもしれないなんて不安は1mmも存在しないのだろう。

当たり前のように、レンお兄ちゃんと一緒にニューヨークに行く未来を信じて疑わない。

私はそんな大和が少し羨ましくて、それから、見習わなければと思った。




「それなら、サンタさんじゃなくて私がプレゼントするよ。パスポート」


だからいつかみんなで一緒に行こう?


近いうちに、戸籍のこととか書類申請とか、大和がパスポートを取得するために必要な手続きを調べよう。

特殊な家庭環境だけど、きっと不可能ではないはずだ。


「ほんと?やったあ!」


大喜びの大和を前に、私は、パスポート申請の次にすべきことを決めた。

蓮君と、話をしよう。

本当に今は忙しいのかもしれないけど、でもこのままじゃいけない。

いつもまっすぐ私に想いを伝えてくれていた蓮君に、私も誠実に向かい合いたい。

蓮君とこの先も一緒にいるために。

そのためにも、すべてを打ち明けよう。

もしかしたらそれでまた蓮君を傷付けるかもしれないけれど、それでも隠し事を持ったままでは誠実に向き合えないだろうから。


私はもう自分でわかっていたから。

蓮君とは……蓮君だけは、これまでの恋愛のように、私自身の手で終わらせたくはないのだと。












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