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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
取り返しのつかなくなる前に ー 蓮 side ー
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俺が和倉さんに相談したのは、笹森氏との面会だった。

あの晩、琴子さんと一緒にいた笹森氏に形ばかりの自己紹介はしていたものの、当然連絡先など知るはずもなく、俺が笹森氏に繋がる唯一の手がかりは和倉さんだったのだ。


笹森氏に会って話したい、電話でそう相談した俺に、和倉さんは驚くことはなかった。

もしかしたら笹森氏から俺について何か聞いていたのかもしれないが、とにかく和倉さんはすぐに了承してくれて、今夜に至ったわけである。


あのときはカッとしていたので、笹森氏を冷静に窺うことはできなかったけれど、今こうしてちゃんと見ると、とても一般人には思えない容姿だった。

上着を脱ぎ、ノータイながらもジレがよく似合っている。

長身で程よく筋肉質だと見て取れるそのスタイルは、男の俺から見ても惚れ惚れした。


「本日は、わざわざ時間を作っていただいて、ありがとうございます」

「こちらこそ。俺も北浦君と話してみたかったので……北浦君、とお呼びしても?」

「もちろんです。それに、俺の方がずっと年下ですので、どうぞ敬語はお外しください」


笹森氏は俺より年上の琴子さんよりもさらに年上だ。

和倉さんと同年代だったとしたら、10歳以上も上になる。

そして笹森氏も俺の年齢について把握していたのか、「わかった、そうしよう」とすんなり頷いてくれた。


「まあまあ、ここじゃ何だから、とにかく部屋に行こう。北浦君、飲み物は何がいいかい?」

「いえ、お構いなく」


玄関から続く長い廊下を案内しながら、和倉さんが明るく訊いてくれる。

そこに俺の緊張を解すための親切心があるのはわかったが、残念ながら俺には飲み物を選んでる余裕などなかった。


「そうかい?じゃ、冷蔵庫から何種類か出しておくから、適当に飲んでくれる?」

「ありがとうございます。お気遣いなく」



通された部屋はかなり広いLDKで、お洒落な大人の男性の一人暮らしを絵に描いたようなインテリアだった。

笹森氏は勝手知ったるという様子でリビングに進むと、俺にカウチソファに座るようすすめてきた。

よそ様の部屋で上座下座を判断しかねるけれど、俺は脱いだ上着をカウチソファよりもドア側にあるオットマンに乗せて、やんわりと遠慮した。

すると笹森氏はふわりと微笑み、自分がカウチソファに腰を下ろした。

それを見届けてから、俺は上着の横に落ち着いた。



「コーヒーはブラックとラテ、水はガスなしガス入り両方あるよ。あとは麦茶と無糖のストレートティー、これくらいあれば好きなの選べるかな?」


ソファ前のローテーブルに和倉さんがペットボトルを何本も並べてくれる。


「じゃあ俺はブラックもらうよ。北浦君は?」

「いえ、俺は………ラテをいただきます」


またもや遠慮しかけた俺を笹森氏がじっと見つめてきて、その視線が、まるで俺が選ばない限り話をスタートさせないと主張しているようで、俺は返事を急カーブさせた。

その選択は、笹森氏だけでなく和倉さんも満足してもらえたようだった。


「じゃあ俺は出てくるから。話が終わったら連絡くれる?」

「すみません」

「悪いな、和倉」

「気にするな。久しぶりに夜のドライブしてくるよ。ああ、見送りはいいから」


和倉さんは車のキーを揺らしながら、鼻歌でも口ずさみそうなテンションで部屋を出ていった。



明るい声がなくなってしまうと、残された俺と笹森氏の間には、不穏な空気が流れはじめたのだった。




会いたいと願い出たのは俺の方なのに、いざ笹森氏と向かい合うと、何からどう話していけばいいのか、組み立てていたシナリオがうまく捲れない。

だがそんな俺のわずかな躊躇を突いて、笹森氏がクスリと笑い息を吐いたのだ。


「……なんですか?」

「いや、それが懐かしくてね、つい」


答えながら笹森氏が指差したのは、和倉さんが置いていった無糖のストレートティーのペットボトル。

笹森氏は俺が尋ねてもいないのに、その詳細を語ってくる。


琴子(・・)がよくそれを飲んでたのを思い出したんだよ。今も相変わらず好きなのかな?」


名前を呼び捨てにしたのは無意識のうちか、それとも俺に対抗するためか。

笹森氏の穏やかな物腰に惑わされることなく、俺は後者だと確信していた。

この人が琴子さんに気持ちを残していることは、この前の態度からも明らかだったのだから。

笹森氏の方だって、俺については琴子さんの今の恋人だという認識を持っているはずだ。

その今の恋人が、昔の恋人である自分に、琴子さんに関することで面会を求めてきたということも。

ひょっとしたら、直接対決を挑んできたとでも思われているのかもしれない。

だからこそ、真っ先に琴子さんの名前を持ち出したのだろうか。

呼び捨てで。



「……どうでしょうか。俺は彼女がそれを飲んでるところを一度も見たことがありませんので。昔は(・・)好きだったんでしょうね。今の(・・)琴子さんはよく麦茶を飲んでる気がしますけど」


一緒に過ごした時間の長さでは敵わないけど、今の琴子さんを知っているのは俺の方だ。

その自負を滲ませたものの、笹森氏からは「へえ、そうなんだね」と柔和に応じられてしまった。

笹森氏は続けて、


「それで、俺に会いたいと言ったのは、おそらく琴子のことで話があるんだよね?」


この面会の核に踏み込んできたのだ。

その態度も会話運びも、どうしても俺よりも上手(うわて)だと感じてしまう。

年齢だけでなく、人生経験に差があるのは歴然としているのに、俺は口惜しさが膨らむ一方だった。

だがそれだけ、この人が余裕のある大人の男性だということなのだろう。

琴子さんの元婚約者は、人間として俺よりもはるかに上の人なのだと思い知った。

そしてそんな器の大きな人ならば、俺がこれから不躾な質問を投げたとしても、きっちり応じてくれるように思えた。



「………率直に伺います。笹森さんは、琴子さんのことが今でも好きなんですよね?」


まずはそれを、本人から直接聞く必要があった。

笹森氏の気持ちは透けて見えていたが、どうしても本人からの言葉が欲しかったのだ。

唐突な俺の質問にさえ、笹森氏はにわかに顎を引いただけで顔色を変えなかった。



「だとしても、北浦君に何か迷惑かけたかい?」


にっこりと笑まれたとき、俺はふと、FANDAK(ファンダック)でモチーフとして扱った、あるおとぎ話が思い浮かんだ。

いわゆる悪者を倒してハッピーエンドを目指す物語だったが、その最終的な敵役のキャラクターが、いつも微笑みを浮かべている難敵だったのだ。

微笑みは敵意を隠し、何を思っているのか読めなくさせる。

笹森氏は俺にとって、まさしくそんな手強い相手に違いなかった。



「いえ……。ただ、それを伺わない限りは今日の本題に入れないものですから」

「そう。それなら答えよう。北浦君の言った通り、俺は今も琴子を愛してるよ」

「………そうですか」



好きかどうかという質問に、愛してるという回答は予測していなかった。

わかっていたくせに、ある意味それを期待していたくせに、いざ本人からそう告げられるとそれなりのショックがあった。

そのせいで、本来なら俺が会話のイニシアチブを取るべきところを、またしても笹森氏に替わられてしまう。



「それで、それを聞いて、北浦君が今日俺に話したかったことは変更があるのかい?」


どこまでも落ち着いた調子の笹森氏に、俺も気圧されてばかりではいられないと心を整えた。



「そうですね……。ではもう一つ、お訊きしても?」

「なんだい?」

「…………笹森さんは、子供好きでいらっしゃいますか?」



その質問は、ようやく笹森氏の顔つきを崩すことに成功したのだった。











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