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「彼は臨機応変にパレードからも降りて、騒ぎが大きくなるのを止めましたからね」
「それを伺って安心いたしました。あの、また素敵な騎士様を、拝見しに来ますね」
思ったことをそのまま告げると、彼は印象的な目を見開いて、けれどすぐに細めた。
「ありがとうございます。またお会いできる日を、心よりお待ちしております」
まるでダンスの振りのように私に恭しく礼をした彼は、大和の前には膝をついて、そっと両手を握りながら伝えた。
「大和君も、今日はお誕生日おめでとう。せっかくのお誕生日なのに、泣かせちゃってごめんね。でもこの後は、大好きなファンディーと楽しんでね」
「ありがとう、お兄ちゃん。でもぼく、ファンディーも大好きだけど、お兄ちゃんのことも大大大好きになったよ!だから今日は、とってもいい誕生日なんだ!」
大和は自分よりもずっと大きな手をぎゅっと握り返し、ぶんぶん振りながら、お得意の無邪気攻撃を放つ。
親バカと言われようと、この大和の無邪気いっぱいな天真爛漫はとても愛らしいのだ。それを見せられた者までもが純粋な気分になってしまうのだから。
もちろんそれは、ダンサーの彼や女性スタッフも例外ではなかった。
「あら可愛い。大和君はこのお兄ちゃんのファンになったのね?ああ、もしよかったら、一緒に写真撮る?」
「え、いいの?」
「もちろん。秋山さんのスマホでお撮りになりますか?よろしかったら、私がお撮りしますので、秋山さんもご一緒にいかがですか?」
「いえ、私は……。あの、では大和だけでもお願いできますか?これで撮らせてください」
慌ててスマートフォンを取り出した。
大和は琴ちゃんも一緒に撮ろうよと誘ってくるが、どうにも気恥ずかしいのだ。
するとそれを察してくれたのか、ダンサーの彼が大和を抱いて立ち上がり、
「大和君は、僕と二人じゃ嫌なのかい?」
いたずらっぽく問いかける。
大和は慌てて「そんなことないよ!」と答えた。
「だったら、僕と一緒に写真を撮ってくれるかな?」
「うん!」
そう頷いた大和は、今日一番の笑顔で写真におさまったのだった。
◇
その後は、少し遅れてしまったけれど無事にファンディーとも会えて、一緒に写真を撮ってもらえた大和はご機嫌だった。
夕食も予定通り、予約してあったレストランで大和の好物のハンバーグと共にお祝いした。
本日の主役の上機嫌はどんどん高まっていって、私はホッとしていた。
そしてさらに、食事が終わった後にケーキを頼んでおいたのだが、なんとそれを運んできてくれたのはフラッフィーだったのだ。
これは予定外のことで、私もすっかり驚いてしまった。
フラッフィーは大和にプレゼントも用意してくれていて、それはファンディーのぬいぐるみと、ファンディーからのメッセージカードだった。
これが施設側からの配慮だということは明らかだったけど、大和にはそんなことどうでもいいのだ。
大喜びでぬいぐるみを抱きしめながら、フラッフィーに何度もお礼を口にしていた大和。
興奮しっぱなしで、レストランを出てからも、ずっと笑顔のままだった。
けれど私は、大和が喜びのあまりに漏らしたひと言に、ぎくりとしてしまった。
「あ――、すっごく楽しかった!すっごくすっごく楽しかったよ、琴ちゃん!ぼく、今までのお誕生日で今日が一番うれしいよ!!」
ひゅっと、冷たい空気が喉を通り過ぎた気がした。
大和の今までの誕生日には、必ず母親が一緒だった。なのに……
わかってる。大和に他意はない。
素直に今日の感想を聞かせてくれたに過ぎないのだ。
ただただ今日が楽しすぎただけで、でも楽しいといってもそれは次々にイレギュラーな出来事が起こったせいでもあって、決して私の手柄ではない。
むしろ親友が生きていたら、今日のハプニングももっと面白おかしくバージョンアップさせて、大和だってもっともっと楽しんでいたに違いない。
彼女はそういう人だったから……
ふわりと、彼女の不在が私を包んでいく気配がした。
同時に、寂しさとか不安とか、自信のなさが押し寄せてきそうになったが、
「ねえねえ琴ちゃん、スマホの写真見せて?」
小さなおねだりに、救われた。
「今日の写真を見たいの?」
「うん、そうだよ」
「いいわよ。でも周りの人に迷惑にならないように、静かにね?」
「わかった!」
帰りの電車の中、運よく二人並んで座れたので、大和のリクエストも受け入れてやれる。
画像フォルダから今日のページを適当に開いて見せると、大和は隣から小さな指で画面に触れてきた。
「ファンディー、可愛かったなあ……」
「そうだね。いっぱい会えてよかったね」
「うん!琴ちゃん、ありがとう」
「大和がいつもいい子にしてるからだよ」
「じゃあ、ぼく、あしたからもっといい子になるよ。そうしたら、また、あのお兄ちゃんにも、会えるよね……?」
「お兄ちゃん?」
「ほら、この、お兄ちゃん……」
大和はあの騎士のダンサーとバックヤードで撮った写真に指を止めた。
ファンディーよりも会いたいだなんて、相当このダンサーのファンになったようだ。
アクシデントがきっかけだったけれど、大和にとっては結果的にいい出会いになったようで、もしかしたらこの出会いは、大和の母親が天国から届けてくれた誕生日プレゼントなのかもしれないなと思った。
「……ねえ大和。もしかしたらこのお兄ちゃんと会えたのは、大和のお母さんが……」
けれどその先は、言葉が続かなかった。
隣からは、スゥスゥ…と可愛らしい寝息が鳴りはじめていたからだ。
無理もない。
これだけ大はしゃぎしたら、あっという間に充電切れだろう。
私はスマートフォンの画面から大和の指をそっと離し、肩を抱き寄せて私にもたれさせた。
その重みはほとんど感じないくらいに軽いのに、信じられないほどに愛おしい。
実の母親でない私でさえそう感じるのだから、間違いなく、亡くなった親友の息子への愛情は、今のこの愛しさとは比べようもないはずだ。
そもそも、比べることなどできるはずもないのだ。
大和にとっての母親は彼女ただ一人。
私は母親にはなれない。
だけど明日からも、大和と日々を重ねていくのは、私なのだ。
「……ん…」
大和が身じろぎして、私の膝に頭を乗せる。
反射的に私はスマホを持ち上げて。
「……王子様みたい……ふふ……」
小さな寝言は、おそらくすっかり虜になったあの騎士のダンサーのことだろう。
早速夢で再会を果たせたようで何よりだ。
私は大和の髪を撫でながら、持ち上げたスマホの画面に映し出されている騎士と大和の写真を眺めた。
やはり、その姿は王子様のようだ。
凛々しく優しく、そしてかっこいい。
彼はまさにおとぎ話の登場人物だ。
「おとぎ話か……」
もし、もしもこの世界がおとぎ話の中だったとしたら、魔法とかも普通にあるのかな。
そうしたら、私の親友も、生き返らせたり、できるのかな……
そんな魔法が、あったら、いいのに……おとぎ話みたい、に………
大和につられるようにして、いつの間にか私もささやかな眠りに落ちてしまう。
けれど頭のどこかでは、そんな夢物語を考えてどうするのと、冷めた私自身もいるのだ。
どうせ私達は、おとぎ話の住人にはなれないのだからと………




