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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
隠しきれなかった隠し事
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この着信に出るか否か―――

迷ったのは一瞬のようで、とんでもなく長い時間のようでもあった。

笹森さんからの連絡なんて、どうあがいても嫌な予感しか生じてこないのだから。

けれど結果的には、その嫌な予感を確かめたくもあった。

大和との暮らしを守る為にも確かめなくてはと思ったのだ。



「……大和。ちょっと電話でお話するから、待っててくれる?」

「うん、いいよ!」


大和の手を引き、通行の妨げにならない端にまで移動して。

私はその手を離さないまま、嫌な予感に応答した。


「………はい。もしもし。…………はい。…………いえ、今日は振り替え休日で………はい、そうです。…………はい、大丈夫です。………………理恵のことで……そうですか……」


思わず、繋いだ小さな手を、きゅっと握りしめた。


「…………わかりました。今日この後はいかがですか?…………実家にお願いしようかと………そうですね、変わってません。……いえ、それは申し訳ないので………そうですか………それではよろしくお願いいたします。……はい。…はい。………ではまたご連絡いたします。………笹森さんも、お気をつけて」



話を終えて通話を切ると、待ち構えていたように大和がくいっと手を引っ張ってくる。

電話が終わるまで我慢していたのだろう。


「なあに?」


スマホをしまいながら身を屈めた私に、大和はパッと笑う。


「ねえ琴ちゃん、”じっか” って、秋山のおじいちゃんとおばあちゃんのお家のことだよね?今からおじいちゃんとおばあちゃんのお家にいくの?」


私の神妙な通話態度を微塵も気にすることなく、ただ ”実家” というパワーワードのみを拾い上げた大和に、ふわりと癒される思いがした。

本当に、私の父と母が大好きなのだ。

だが、この調子では予定変更に次ぐ予定変更もすんなり受け入れてくれそうなので、胸のつっかえはひとつ外れたと見ていいだろう。


「そうだよ。急にご用ができちゃったの。大和、おじいちゃんとおばあちゃんのお家で晩ご飯食べてくれるかな?」

「わあい!またおじいちゃんとゲームたいけつできる!」


突然の変更を大歓迎の大和に、わずかに複雑になりながらも、私は再度スマホを取り出し、すぐに母の携帯にかけた。

事情を説明すると母の方も大歓迎な返事をしてくれて、大和の今夜のメニューは好物のたまご料理に決定したのだった。



笹森さんは、理恵のことで話があると言っていた。

なるべくなら近日中に二人で会って話したいと。

十中八九、理恵が事故死していた事実を知られてしまったのだろう。

笹森家には優秀な調査員がいるのだろうし。

私だって、その調査対象になった一人なのだから……


一滴ほどの苦味を思い出しながら、私は、大和と実家に向かう足取りの重たさも感じていた。





実家で母に大和を預けると、母はどうせなら泊まっていけばいいと言った。

大和もそうしたいと言うので、私は母に甘えることにして、靴も脱がずに笹森さんとの待ち合わせ場所に急いだ。

笹森さんはもう仕事を終えているそうで、私の実家近くまで車で迎えに来てくれるらしい。

もちろん一度は遠慮したが、時間短縮のためにもそうした方がいいと言われてしまうと、了承するしかなかった。


笹森さんは、理恵のことを、どこまで知ったのだろう?

事故死はともかく、大和が自分の子供であることまで知ってしまったのだろうか?

いや……、もしそうなら、笹森さんのことだからきっと、大和も一緒にと言うはずだ。

そう言わなかったということは、まだそこまでの情報は知られていないと考えていいはずで。


私が今どうこう考えたところで正否などわかりもしないのに、でも頭の中はぐるぐると目まぐるしく落ち着かない。

とにかく私は、大和のことだけは守らなくてはいけないのだ。

例え笹森さんにどんな嘘を吐こうとも。

………そんなこと、果たして私にできるのだろうか?

あの(・・)笹森さん相手に、騙し通すことなんて、可能なのだろうか……?


付き合っていた頃、私の嘘や誤魔化しは、いつも簡単に見抜かれていた。

私が目一杯頑張っても、笹森さんの目はさらりと真実を見つけてしまうのだ。

『俺の前でまで気を張らなくていいよ』

『そんなに頑張りすぎなくていいのに』

『琴子は俺に隠れて無理するからなあ…』

呆れるように窘めるように、だけど包み込むようにそう言っていた彼を、今でも覚えている。

だけど懐かしさは湧き上がってこなかった。

むしろそんな相手にこれから挑まなければならないのだと、鼓舞しつつ駅のロータリーを目指した。

すると、ロータリーの入口あたりで背後からプッ…と控えめなクラクションが聞こえてきた。

その鳴らし方にもしやと思い振り返ると、やはり笹森さんだった。

それは私がよく乗せてもらっていたSUV車で、これには思わず懐かしさを感じてしまった。

私達が別れたのはもう何年も前のことなのに、いまだに当時と同じ車に乗っている笹森さんに、なんだからしさ(・・・)も感じたのだ。



「琴子。ちょうどいいタイミングだったみたいだね」


適当な場所に一時停車した笹森さんが、運転席の窓を開けて笑いかけてくる。

相変わらずスマートな身のこなしで、元婚約者という立場を差し置いても、すべてが洗練されている彼にはどうしても特別感を抱いてしまう。

私は短く息を整えてから、彼に言葉を返した。


「お仕事お疲れさまです、笹森さん」

「琴子もお疲れさま。大和君はもう実家に?」

「はい」

「急だったけど、大丈夫だった?」

「はい」

「じゃあ、乗って」

「…お邪魔します」


運転席から降りてこようとした笹森さんを制し、私は急いで助手席にまわった。

恐る恐るシートに体を滑らせると、またもや懐かしい香りが鼻先をかすめた。

笹森さんが愛用していたフレグランスだ。

彼の車に乗るといつもその香りに包まれていたのを思い出す。

この人は、あの頃とどこも変わっていないのだと改めて認識した瞬間だった。











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