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大和に悪気がないのはわかっているけど、今の一言を蓮君に紐付けした人もいるだろうな……
私は小さな彼をこれ以上共犯者にするのは諦めて、ただ自分にできることを考えようと思った。
間もなくパレードの先頭が私達の前にやってきた。
ハロウィンを意識した仮面舞踏会をモチーフに、キャラクターやダンサーがそれぞれ趣向の異なる仮面を身につけて踊る様は、華やかで優雅だけどどこかミステリアスでもあって、ハロウィンの雰囲気をとてもよく再現していた。
観客の多くがスマホやカメラでパレードを撮影しはじめて、私もスマホを大和に向けた。
その大和は、蓮君を探すのに忙しそうだ。
蓮君から聞いてた話では、今日の彼のポジションは、ファンディーの乗るフロートとその後ろのフロートの間に並んでいる男女ペアの一組らしい。
ペアを組むのは明莉さんだそうだ。
二人は仮面舞踏会に招かれた貴族という役どころで、目元だけを隠す仮面を着用しているという。
人気者である蓮君のポジションは基本的には非公開、観客の集中を避けるため日によって異なる役を与えられることから、その朝になってみないと自分がどの役を踊るのかも不明らしい。
なので今朝その配役を知らされた蓮君が、こっそり私にメールで教えてくれたのだ。
もちろん蓮君を見つけるのを楽しみにしている大和には内緒にしてある。
ただ答えを教えられている私は、そのポジションが前を通過する際は、全力でそちらを見ないつもりでいた。
周囲に散らばっている、彼の熱心なファンからの興味を逸らすためにだ。
キャラクター達がモンスターに扮したり、ダンサーが仮装してコミカルに踊ったりする中、刻々とファンディーを乗せたフロートが近付いてくる。
私達のいる特別観賞エリアでは皆椅子に着席していたが、歓声の大きさでは隣の一般席にも負けていない。
ただポップス調だった音楽がクラシック調のものに移ると、歓声も色を変えた。
ハロウィンパーティーといった趣から、正統派の舞踏会へと様相も変わっていったのだ。
綺麗なドレスや西洋貴族風の衣装をまとった男女のダンサーが上品なパフォーマンスを次々披露してくれて、まるで本物の仮面舞踏会を見学してるようだ。
そしてその次のフロートが、ファンディーの乗るものだった。
こちらが私達の前で一時停止するプログラムなので、大和は飛び出さんほどの姿勢で大好きなファンディーを待っていた。
「あ!ファンディーだ!琴ちゃん、ファンディーがもうすぐくるよ!」
「そうだね。でも危ないから席を立っちゃだめよ」
「え?このまえみたいに、まえに出ていっしょに踊れないの?」
「そうだと思うよ?パンフレットには、”その場で一緒に踊ってお楽しみください” って書いてあったから」
以前のパレードでは、フロートが一時停止しその場で観客もフロートに近付いて一緒に踊れるシステムだったが、その際のアクシデントでああいうことになったわけで、ファンダック側もその演目を再検討したのだろう。
「なんだ、そっか……でもいいや、ねえ琴ちゃん、スマホでファンディーのどうがとってね!」
「ファンディーだけ?」
「うん。ぼくはとらないでいいからね!」
「そうなの?いいけど…」
言われるまま、スマホの向きを変える。
「おーい、ファンディー!こっちこっち!」
大和はこちらにやってくるファンディーに懸命に手を振っていた。
私もつられて同じ方向にスマホを動かすと、その先、ファンディーが乗るフロートの後ろ側に、ちらっとだけ徒歩のダンサー達が見えて。
蓮君だ……
遠目でも、例え仮面をつけていても、すぐにわかってしまう。
煌びやかな衣装にも引けを取らない長身の姿が目に入ったとたん、観賞エリア内外から彼の名前が叫ばれた。
「レンがいた!」
「レン―――!」
「レン、今日は貴族ポジなんだ?」
「かっこいい、レン!」
「レン、こっち向いて―――っ!」
目の前にファンダックの主人公でもあるファンディーがいるというのに、彼女達はその後ろに一斉に注目したのだ。
そして私は、彼女達とは反対に、絶対にそちらを見るまいと、正面で止まったファンディーを映し出すスマホ画面だけを見つめていた。
手を伸ばせば届きそうなほどの距離でダンスを披露するファンディーに夢中だった大和も、周りから蓮君を呼ぶ声があがるときょろきょろして蓮君を探しはじめ、やはりすぐに見つけてしまった。
「ねえ琴ちゃん、ぼく、レンお兄ちゃん見つけたよ!
得意気に報告をくれたが、それは、ファンの女性達がコソコソと私達の噂を繰り広げるきっかけにもなってしまったようだった。
「レンお兄ちゃん……?」
「やっぱりレンの………」
「前にもファンダックに………」
「……レンと…………じゃない?」
「だったら………レン………」
それらの内容まではいちいち拾えないけれど、好意的な感触は影すらもなかった。
私は焦る思いで大和にスマホをかざし、彼女達の好奇心に気付いてないフリで、されど私は皆さんの噂話とは無関係ですよとアピールした。
「ほら大和、大好きなファンディーがこっち見てるよ?手を振らなくていいの?」
「え?あ、ほんとだ!おーい、ファンディー!」
素直な大和は乗ってくれたが、周囲からの視線が手を抜く気配はなかった。
そうこうしてる間にもフロートはまた動き出してしまう。
つまり、パレードの順序が進んでいって、今まではフロートの陰に隠れていたダンサー達が特別観賞エリアの前に差し掛かったのだ。
すると蓮君を待ちかねていたファンの女性達から大きなどよめきがあがり、大和も負けじと叫んだ。
「レンお兄ちゃ―――んっ!」
「レン!レン!」
「こっち向いて、レン―――!」
「やばい、レン、今日もめちゃくちゃかっこいい!」
もちろん歓声は蓮君にだけではない。
蓮君とペアを組んでいる明莉さんにも、二人の後ろにいる時生君にもファンからの熱い声が飛び交っている。
それでも私の耳に突き抜けて入ってくるのは、蓮君へのものだった。
そしてそれらは、まさしく今蓮君がこの前を通過中だということを実況してくれていた。
「琴ちゃん、レンお兄ちゃんだよ!レンお兄ちゃんすっごくかっこいい!おーい、レンお兄ちゃ――ん!あ、今見た?レンお兄ちゃんがぼくをゆびさしてくれたよ!」
すごいすごい!
特上の機嫌で椅子から立ち上がった大和。
「だめよ大和。椅子から立っちゃだめ」
「あ、そっか。ごめんなさい」
興奮しながらでもおとなしく言うことを聞く大和を、私はスマホで撮影し続けていた。
おそらく今正面を向けば、蓮君のパフォーマンスを堪能できるのだろう。
ずっとそうしてみたかったはずなのに、私はどうしても前を見ることができなかった。
意図的にスマホを隣の大和に向けていた私に、さすがに大和も違和感があったようで、ふと蓮君への応援が止まる。
「ねえ琴ちゃん、どうしたの?」
「うん?どうもしないよ?大和を撮ってるの」
「でも、もうレンお兄ちゃんいっちゃうよ?」
「大和が私の分も見てくれてるでしょ?」
「琴ちゃんは見なくていいの?」
「うん、いいのいいの」
明るく答えてはみても、一度も蓮君を見なかったことに罪悪感がチクリと胸を刺してくる。
きっと彼は大和以上に私の行為を不審がっていることだろう。
私に自分の仕事振りを見せたいと言っていた蓮君の顔が、浮かんでは歪んでいく。
蓮君、ごめんね。あとで事情は説明するから……
届くはずない言い訳を唱え、遠ざかっていく彼の後ろ姿だけはこっそりと見送った。
やがてパレードが終わると、私は大和を急かしてすぐさま特別観賞エリアから立ち去った。
周囲にいた蓮君のファンがどんな態度をしていたのかは、なるべく視界に入れないように努めながら。
そのおかげか私達のことをあれこれ囁く声も聞かれず、とにかく私は大和を連れてこのおとぎ話の国から現実生活に戻るのに必死だった。
「ねえ琴ちゃん、もう帰るの?」
びっくり顔をした大和をそれらしい理由で説き伏せて、帰路を急ぐ。
晩ご飯は大和の好きなピザのデリバリーにしようかと言えば、機嫌を崩さずに済んで安堵した。
けれど、ファンダックから駅に向かっている途中に鳴り出したスマホが、急速に私の心の平安を掻き乱したのである。
着信を知らせるスマホの画面には、つい最近登録し直したばかりの番号と、”笹森 和” の文字が浮かんでいた。




