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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
隠しきれなかった隠し事
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ちらちらとこちらを見てくる人がいるな……

最初はそんな雰囲気で、だから私は、ワゴンの列を間違えてしまったのかと何度も確認した。

ところが並んでいた列に問題はなく、私や大和におかしなところも見当たらず。

なぜだろうかと戸惑いながらもパンプキンパイを購入し、パレードの観賞エリアへ歩き出したとき、思わぬ形でそれらの視線の手がかりを得たのである。



「琴ちゃん、ぱんぷきんぱい、今たべないの?」


何気なく訊いてきた大和のセリフに、複数の人が反応を示したのだ。

ハッとしてこちらを見た女の子もいたし、顔は向けずとも、俄かに体を弾ませた女性もいた。

いったい何が彼女達の興味を誘ったのだろう?

そう考えて、ふと、視線の主が全員女性だということに気が付いた。

ということは、もしかして―――――


「琴ちゃん?」

「……え?ああ、ごめんごめん。うん、そうだよ。パレードのところに行ってから座って食べようね」

「うん、わかった」


聞き分けの良い大和は大きく頭を上下させたが、その背後からも私達に飛ばされる眼差しを、私は敏感に察知してしまった。

ここFANDAK(ファンダック)に来場している女性達が私に対して注目する理由なんて、一つしか思い浮かばなかったからだ。


おそろく彼女達は、大和が発した ”琴ちゃん” という呼びかけにデリケートなリアクションを見せたのだろう。

あの日、蓮君と一緒にここを訪れたときも、大和は私を何度もそう呼んでいたから。


ファンダックの来園者はほとんどがリピーターと聞くから、彼女達があの日もここにいたとしても何らおかしなことはない。

蓮君は目立っていたし、時生君や明莉さんと合流してからはちょっとした騒ぎにもなっていた。

それを目撃していた人達が、”琴ちゃん” という呼び名を覚えていたのかもしれないし、もっと言うなら、私や大和の顔がインプットされている可能性だってあるだろう。

そこまで考えて、少し怖くなった。

彼女達は、私や大和を蓮君とどういう関係だと思っているのだろうか?

幸か不幸か、小さな子供を連れているという点で、恋人だとは認識されてなさそうだ。

親戚、もしくは友人関係と推察した人が大半ではないだろうか。

だがそれは事実ではない。

私は蓮君の恋人で……

とたんに、蓮君と一緒に映画に行った帰り、見ず知らずの女性からスマホで写真を撮られそうになったことが頭をかすめた。



―――怖い。



得も言われぬ恐怖感が迫ってくるようで、私はいつの間にか早歩きになっていた。

手を繋いでいる大和もつられて速度をあげたが、小さな歩幅では忙しなくもなっただろう。

けれど、パレードへの高鳴りゆえか、それとも私の異変に何かを感じ取ったからなのか、大和は文句ひとつ言わずむしろ喜々として、私に手を引かれていた。


楽し気な足取りの大和とは対照的に、私は移動中も周りの視線が気になって気になって仕方ない。

視線だけならまだしも、以前のように、スマホを掲げられたりしたら………いや、そんなことはない。あのときは蓮君が一緒だったから、彼女達の目的はあくまでも蓮君だったはず。だから一般人の私や大和を写真におさめたいと思う人なんているわけはなくて……


大丈夫、大丈夫と自分を励ましつつ、まっすぐに観賞エリアを目指したおかげで、予定よりも早く辿り着いた。

そしてその結果、特別観賞エリアでも最前列に案内された。



「うわあ!すごい、いちばん前だ!」


当然大和は大興奮だ。

柵こそ設置されているが、それ以外は視界を遮るものは存在せず、しかもマップ上は目の前がパレードの一時停止場所だった。


「ここにファンディー来てくれるかなあ?」


高揚感のままに大きく呟いた大和には、近くにいたスタッフが返事をくれた。


「来てくれますよ。ここの前でファンディーの乗ったフロートが停まるから、一緒に踊れるといいですね」

「ほんと?やったー!」


溢れんばかりの笑顔になった大和は、私にくるりと振り向き、


琴ちゃん(・・・・)、聞いた?ファンディー、ここで踊ってくれるんだって!」


喜びを隠しもせず、大声でそう言ったのだ。

そして、私の視界には、大和の声に素早く反射した女性たちの気配をとらえたのだった。



これはもう、私の考えすぎや誤解ではなさそうだ。

こちらに視線を向けた人物が全員とは限らないが、その大半は、私が蓮君と何らかの関係があるという認識のもと、こちらを見てきたに違いない。

そして彼女達は皆、私を鋭く観察してくるようだった。


私は大和に「よかったね」と微笑み返したものの、警戒心が募っていくのを抑えられない。

ただの自意識過剰かもしれない。

私の不安が施した錯覚なのかもしれない。

けれど数多くの視線の矢が私目がけて射られたというのは事実なのだ。



「琴ちゃん、ぱんぷきんぱい、おいしいね!」


無邪気にパイを堪能する大和には申し訳なくも、私はパイの味なんか全然感じなかった。

そのひと口ひと口さえも、誰かから見られているんじゃないかと疑心暗鬼になってしまうのだから。


大和との約束だし、ここまで来た以上、蓮君が出演するパレードは最後まで観賞したいところだけれど、そのあとはなるべく早めに帰宅した方がよさそうに思えた。

夕食もファンダックでという予定だったが、それも変更した方がいいだろう。

どうやら思ってた以上に蓮君ファンの関心を集めてしまってるようだし、私はそれらに対する免疫も心構えも持ち合わせていないのだ。

大和は残念がるかもしれない。

それでも、私の決心は固く結ばれたのだった。



しばらくすると、パレードのスタートを知らせるアナウンスと大音量の音楽が流れはじめた。

大和は今か今かと先頭フロートを待ち構え、特別観賞エリアもちらほらと埋まっていく。

ただそれでも、こちらを掠め見てくる女性は後を絶たない状況だった。

もしかしたら彼女達はパレードの間中、それこそ蓮君が通り過ぎるまで、私の観察を続けるつもりかもしれない。

私は大和にはいつも通りに話しかけつつも、内心では取り乱していた。


蓮君は大和との約束で、パレード中に大和を見つけたら指差してくれると言っていた。

大和はそれをとても楽しみにしているけれど、万が一その蓮君の行為をファンの人に見つけられてしまったら?

彼女達がどう思うのか、どんなリアクションになるのか、まったく見当もつかない。

蓮君の知り合いだと思われて話しかけられたりする程度ならまだましだ。

そうではなくて、もしネガティブな感情を抱かれてしまったら?

私は鳩尾(みぞおち)が絞られるように痛くなった。

けれど大和はそんなこと露知らずで、遠くに見えたパレードの先頭に大興奮で叫んだ。



「あ!琴ちゃん琴ちゃん、いちばんまえのダンサーさんが見えたよ!」


”琴ちゃん” と連呼する大和に汗を握りながら、それとなく周囲を見回す。

やはり数名、私と目が合う寸前で顔を背ける人物がいた。

耳だけを傾けているファンもいるだろうから、きっと数はさらに大きいはずだ。

私はとっさに大和に顔を近寄せていた。



「大和、パレード見る前にもう一度聞いて?今日のお約束、ちゃんと覚えてるわね?守れる?」


今朝よりももっともっと、かなりの勢いで重要度が濃くなっている約束事。

蓮君と仲良しだと周りの人には知られないようにする―――――

それをしっかり再確認させるために大和の両肩を掴んで問う。

すると大和はパレードを気にしながらも、


「うん!わかってるよ!仲良しはないしょ(・・・・・・・・)!」


胸を張ってそう答えたのだった。











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