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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
隠しきれなかった隠し事
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『ねえねえちょっと聞いてくれる?私さ、妊娠したのよね』

『―――――は?』

『だから、妊娠。赤ちゃんができたの』

『―――――誰が?』

『私だって言ってるじゃない』

『―――――ちょ、ちょっと待って。理恵、付き合ってる人いたの?』

『それは企業秘密です』

『何ふざけたこと言ってるのよ。ちゃんと答えてよ。大切なことなんだよ?』

『違うわよ、琴子。今私にとって一番大切なのは、このお腹の子だけよ』

『理恵、誤魔化さないで。私にも言えない相手なの?』

『そうだと言ったら、琴子はどうするの?この子を産むのを反対する?』

『それは……』

『私はね、この子が私のお腹に来てくれたことは、奇跡だと思ったの』

『奇跡って……』

『綺麗事に聞こえる?そうね、そうかもしれない。子供を産んで育てるのは、綺麗事だけでは済まされないわ。正直に言うと、私だって、一瞬たりとも悩まなかったわけじゃない。心から望んでの妊娠だったわけでもない。思いがけない妊娠には違いないわ。でも……琴子の親友でありながら、お腹に宿った命を自らの選択で諦めることは、どうしてもできなかった』

『理恵……、その気持ちは…何て言ったらいいか、私のことを思ってのことなのかもしれないけど、それで理恵自身の人生を決めないで。もし理恵がお腹の子を諦めたとしても、私は理恵の親友をやめたりなんかしないから。人にはそれぞれに事情があるのはわかってるつもりだよ?』

『うん、琴子ならそう言ってくれるとは思った。でも、私もう決めたんだ。この子を産むって』

『そう……気持ちは固いんだね。………わかった。それで、相手の人は何て?誰なのかは言わなくていいけど、これからどういう風にするつもりなのかは教えてほしい。じゃないと、私もどうやって協力していったらいいかわからないから』

『何も』

『そんなこと言わないで協力させてよ。親友でしょ?』

『そうじゃないわ。琴子の協力はぜひお願いしたいと思ってるから』

『じゃあ、何が……』

『だから、相手の人には何も言ってないの』

『―――――は?』

『相手の人には何も言うつもりないの』

『どうして?父親なんでしょ?』

『生物学的には、そうなるわね』

『そんなおかしな言い方しないで。……その人に言えない理由があるのね?』

『そんなところね。でも相手に迷惑かけるつもりはないの。一生、誰にも、名前を明かすつもりはないから』

『その子自身にも?』

『もちろん。私が一人でお墓まで持っていくつもり』

『そんな……その子にだって自分の父親が誰なのか知る権利があるわ』

『わかってる。でも言えない。その代わり、私が父親の分も二倍愛するつもり』

『でももし理恵に何かあったらどうするのよ。私達の関係だからあえて言うけど、理恵には親も兄妹もいないのよ?なのにその上夫もいないなんて、もし理恵に何かあってもその子には頼る親戚が一人もいないことになるじゃない。仕方ないこととはいえ、それって無責任じゃないの?』

『大丈夫よ、体には自信あるから』

『そんな適当に言わないで。もっとちゃんと考えて』

『ちゃんと考えたわよ?ちゃんと考えて、決めたの。優しくて真面目な琴子のことだから、きっとこんな風に心配させちゃうだろうなとは思ってた。本当言うと、子供のこと、琴子にも言わずにおこうかとも迷った。だってほら、私と琴子、共通の知り合いも多いじゃない?琴子が言いふらすとは思わないけど、万が一ってこともあるからね。もし仕事関係の人に知られたら、ちょっと厄介だし』

『ということは、今の仕事は辞めるの?』

『だって無理でしょ。シングルマザーで海外出張ばかりの仕事は』

『そういうときのために私がいるんじゃない。何のための親友よ?』

『ありがとう。でも、頼りにはしても、最初っから当てにするのはだめよ』

『なんでそこで遠慮するのよ。頼れるものは何でも頼りなさいよ』

『琴子ならそう言ってくれると思った。本当にありがとう』

『部署を変えてもらったら?海外出張のない部署もあるんでしょ?だったら、せめて子供がある程度大きくなるまでとか』

『そんな個人的な我儘を押し通すのは無理よ』

『でも………笹森さん、笹森さんに相談してみたら、』

『だめよ!彼には絶対に頼りたくないの』

『理恵………』

『笹森さんだけじゃないわ。この子のこと、会社の人には知らせずに産んで育てるつもりなの。だから、これからどんどん大きくなるお腹で働き続けるなんて無理でしょ?』

『じゃあ、仕事はどうするの?』

『幸いそこそこの貯えはあるから、とりあえず働きだすのは出産してからになるわね。それまでにできる範囲で職探しもするつもりだけど』

『そう……もうそこまで具体的に決めてるんだ』

『そりゃそうよ。ただの感情論だけでこんな決断するわけないじゃない。ま、結局最終的な決心はただこの子を産みたいっていう感情だったんだけどね』

『理恵……』

『だってこの子は、私にとってただ一人の血の繋がった家族になるのよ。……だから、産ませてほしいの。お願い、琴子』

『……決めるのは、私じゃないでしょう?理恵が本気でそう決めたなら、私がとやかく言えないわ。そりゃ心配だけど、私も、たぶん私の親も、力になれることがあれば協力するし』

『ありがとう!琴子、ありがとう、大好きよ。………ねえ琴子?』

『うん?』

『いつか、もし何かの偶然が訪れて……ううん、そんなことにはならないように細心の注意を払うけど、それでももし、もし本当のことを知ったとしても………私のこと、嫌いにならないでね』

『なるわけないでしょ』

『………ありがとう』

『え?どうしたの?なんで急に泣き出すのよ?あ、もしかしてどこか具合悪い?え、違う?だったら……ほら、妊娠中は精神的にも不安定になったりするから、そんなに思い詰めないで。もしかして私に話して気が抜けたの?しょうがないなあ……』

『………ありがとう、琴子。ありがとう…………………ごめんね』





ごめんね――――――











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