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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
彼には隠しておきたくて
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翌週、和倉さんに指定された日、仕事終わりに大和を実家に預けに行った。

笹森さんとの面会がどれほど時間を要するのか見当もつかなかったので、ちょうど金曜日ということもあり、大和は今夜は実家に泊まることになった。

夏休み期間中も平日は預かり保育があるのだが、基本的に土曜、日曜は休みなのだ。

父も母も昔から大和のことを可愛がっていたし、大和もおじいちゃん、おばあちゃんと呼べるのが私の両親しかいなかったので、二人にはとても懐いていた。

今日のことだって、依頼の電話を入れた際、申し訳なさを前面に出した私に母は『むしろ大和君をもっと連れて来てほしいものだわ』と、逆の意味でクレームを訴えたほどだ。


その母は私達の到着を今か今かと玄関先で待ち構えてくれていた。


「あ、秋山のおばあちゃんだ!」


母の姿を見つけるなり、大和が駆け出そうとする。


「だめよ大和。勝手に走り出しちゃいけません」


さっきまで園にいたので、つい仕事口調が飛び出してしまう。

大和は素直に「はーい」と聞き入れながらも、早足になっていた。



「いらっしゃい、大和君。琴子もお仕事お疲れさま」

「ありがとう。ごめんね、今日はよろしくお願いします」

「ごめんねなんて、いいのよ。お父さんも私も楽しみでしょうがなかったんだから。お父さんなんてきっと定時あがりで一目散で帰ってくるわね。ね、大和君、今日は一緒に寝ましょうね?」

「うん!ぼくもすっごく楽しみにしてたよ!」

「まあそうなの?嬉しいわ」


母は大和にとびきりの笑顔を見せてから、私には「もうすぐに出るの?」と、いつもの調子に戻して訊いてきた。


「そうね……まだ急がないけど」

「じゃあお茶でも飲んで行きなさいよ。暑かったでしょう?」


確かに、夏もそろそろ店じまいしはじめてもいい頃合いだけど、昼間の気温は容赦ない。

私は叶うなら和倉さんや笹森さんと会う前にシャワーでも浴びたいほどには汗を感じていたのだ。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな。15分くらいしたら出るわ」

「はいはい。じゃあ大和君とリビングで待ってて。冷たいお茶を持って行ってあげるから」

「お願いします」

「おばあちゃん、ありがとう」


大和の言葉にまた笑いかけて、母は小走りで廊下の奥に進んでいった。

私と大和は言われた通りエアコンの効いたリビングで母を待つことにした。

実家のリビングは、知らない間に大和の物が増えてる気がする。

テレビゲームなんか両親が話題にしてた記憶もないのに、今や最新の機種が複数並んでるのだから。

これらは大和がねだったものではなく、ここに来た時に大和が退屈しないようにと、まだ理恵が生存してる頃からの両親の配慮でもあった。

特に専業主婦の母は時間の都合がつきやすいので、入手困難なものもいつの間にやら手に入れていて、理恵もよく驚いていたな……


懐かしさに浸っていると、母が三人分の冷えた麦茶を運んできてくれた。


「それで、今日はお友達と会うの?」


何とはなしに尋ねてくる母。

他意などないのだろうけど、私は妙にギクリとしてしまった。


「うん、そうなの。ほら、同じマンションでよくしてくださってる和倉さんいるでしょ?そのお知り合いが、偶然私とも知り合いだったのよ。それで、三人で食事でもって……」


嘘は言ってない。

母も疑うような素振りはない。

ただ、大和だけは大いに引っかかったようだった。


「え?わくらさんとご飯たべるの?じゃあ、レンお兄ちゃんもいっしょなの?」


麦茶のグラスをカチャンッとテーブルに置き、物言いたげな目を向けてきたのである。


大和の中では和倉さんと蓮君がしっかり紐付けされているのだ。

つまり、私が大和に内緒で蓮君とご飯を食べに行くのではと、そんなのずるい!と言いたのだろう。


「違うのよ、大和。今日は蓮君はいないわ」

「そうなの?ほんとに?」

「うん、本当」

「そっか、じゃあいいや」


大和は愚図ることなく納得してくれて、また麦茶をごくり。

だが今度は、私の母が疑問を持ったようだ。


「レンお兄ちゃんって、誰なの?」


訝しむのも無理はない。何しろ母にしてみればはじめて耳にする名前なのだから。

すると大和がよくぞ訊いてくれましたと胸を張った。


「レンお兄ちゃんはね、ファンダックのダンスのお仕事してる人なんだ!琴ちゃんととっても仲良しなの。ぼくも仲良しなんだよ?でも、琴ちゃんとレンお兄ちゃんはけっこんするかもしれないから、ぼくもうれしいんだ」


自慢げに母に報告をあげる大和に、私は冷や汗が止まらなかった。

結婚の話は、付き合いはじめたあの夜しかしていない。

大和は寝ぼけて交わした会話をぼんやりと覚えていたのだろう。

結果的にあの時の大和の一言が私の背中を押してくれたわけだが、今ここでそれを持ち出されては、母になんと言い訳したらいいものか……

案の定、母は「……結婚?大和君、今結婚って言ったの?」と目をまん丸くさせた。


「えっと、お母さん、その話はまた今度ゆっくりするから。今は何も訊かないで。大和にもね」


ちらりと壁の時計を見上げると、そろそろ出なくてはいけない。

母はちょっとくらいいいじゃないと不満げだったけど、私を引き止めたりはしなかった。



「でも……正直ホッとしたわ」


玄関先でぽつりと母が呟いた。


「何が?」

「あなたのことよ。お父さんとも心配してたの。大和君ともずっと一緒に家族になってくれる人がいたらいいのにって」

「お母さん、それは……」

「だってどんなに頑張っても親は先に死んでしまうのよ?私達が先に逝って、大和君も大きくなって自立したあと、あなた一人きりになっちゃうじゃない。お父さんも私もそれが心配だったのよ」

「そんなの…」


平気なのに。

そう返すつもりが、ほんの少し躊躇してしまったせいで、母には違った風に取られてしまう。


「ああ、いいのよ。あなたが今それを話すタイミングじゃないと思うなら、何も言わなくていいわ。でも、あなたにそういう人がいるんだと知れてよかったわ。大和君もずいぶん懐いてるみたいだし。まあ、ダンサーさんなら仕事の浮き沈みは心配だけど、大和君の感じだと、いい人そうだしね。ほら、笹森さんだったかしら?いくらお金持ちでもあんな人と結婚しなくてよかったじゃない」


通り過ぎる風のようにさらりと笹森さんとの過去を放られて、私は戸惑う隙もなかった。


結婚寸前までいってた笹森さんとは母も何度も会っており、好印象を高めるだけ高めたあとでの婚約解消には、怒り以外の感情を持っていなかったのだ。

もちろん私から切り出した別れだというのは説明したのだが、笹森さんのお義母さまから言われたことも教えてしまったので、私がどんなに笹森さんを庇っても無駄だった。


私は母にも父にもずいぶん心配させているのだなと改めて実感した。

だからこそ、まさか、今日これからその笹森さんと会うのだとは、とても言えなかった。









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