5
そのあとアイスを堪能し、大和リクエストのプリントシールの撮影も叶え、夕食は私の部屋でとることになった。
ここでも大和の熱心な要望を通し、ピザのデリバリーを注文した。
そしてピザの次は「レンお兄ちゃんとお風呂にはいりたい!」と蓮君に甘え、蓮君も快く応じてくれた。
何から何まで希望が実現した大和は、夢見心地のまま8時過ぎにはベッドの住人となった。
「……大和君、よく眠ってますね」
「そうね。今日は一日中大はしゃぎだったから、体力的にも電池切れなのだと思うわ」
リビングで大人時間がはじまると、ノンアルコールビールで乾杯した。
蓮君は今日は運転手もしてくれていたのだ。
「ごめんね、お風呂まで甘えちゃって」
いくら子供の扱いが上手い蓮君でも、入浴となるとまた別ではないだろうか。
大和の相手も大変だったろうけど、当然ながら着替えなんて準備してなかった蓮君は、入浴後も今日一日着ていた服に袖を通すしかなかったのだから。
だけど蓮君からは私が予想していたのとは違う返事があった。
「そうですね……、さすがに、キスもまだできてない彼女の部屋で服を脱ぐのは、ちょっとドキドキしてしまいましたね」
「え?……あ……そ、そうよね………ごめんなさい」
照れ臭そうに笑う蓮君に、私は一気に赤面してしまう。
言われてみればその通りだ。
私達は恋人になってからも会うのは常に大和も含めた三人だった。
ドライブ中に大和が眠ってしまったりして、図らずも蓮君と二人きりの時間を過ごすことはあったものの、大和の健やかな寝息が流れる中では関係を深めるような真似できるはずもなかった。
それゆえ、一番はじめのあのキス未遂が、現段階では最も接近した瞬間だったのだ。
それなのに、いきなり私の部屋で服を脱ぐように頼むなんて……
いや、何も色っぽいことが理由ではなくてただの入浴なんだから。しかも大和の付き添いの。
それをそういう方面に考えてしまうのも余計に恥ずかしい気もするけれど……
頬の熱さと心臓の早鐘がごちゃ混ぜになっていく最中、ふいに肩に蓮君の手が乗せられて、ビクリと過剰反応してしまった。
「謝らないでください、琴子さん」
言いながら蓮君はソファの上、すっと体を滑らせて私達二人の間の距離をなくしてしまう。
早鐘が乱打されるように激しく、強く、揺れまわっていく。
「でも私、ちょっとデリカシーに欠けてたかもしれ…」
「そんなことないですよ」
私のセリフを奪ってまで、蓮君は体を寄せてきて。
あの時以来の至近距離で、視線が絡まる。
さすがにこの体勢では私もこのあとの展開が読めないはずもなくて。
いつ目を閉じたらいいのか、甘やかな逡巡に目がくらみそうになったけれど、それはすぐに杞憂だと悟った。
蓮君の唇が、私の耳たぶに触れるか触れないかの近さで問いかけてきたのだ。
「キスして、いいですか?……キスしたいです。キス………させて?」
だから私は返事の代わりに、黙って目を閉じたのだった。
そして私達は、はじめてのキスを迎えた。
もちろんキス自体がはじめての経験なわけもなかったが、蓮君とのそれは、ほどよい緊張感と得も言われぬ期待感に包まれて、とても気持ちがよかった。
はじめてのキスは、すぐに唇が離れてしまう。
けれど私が目を開くより先に、軽く、触れるだけの短いものが一度、二度、それから三度と続いて。
終わりかと思えば、角度を変えて、また一度、二度……
数えられたのはどこまでだった。
決して深くはならない口づけに、私はあっという間に酔わされてしまったのだ。
蓮君は私の肩を抱いてる手を邪に動かしたりもせず、礼儀正しいファーストキスがしばらく続いた。
やがて
「………すみません」
重ねられたときと同じだけ静かに唇を外した蓮君が、ぽそりと囁いた。
私の目と合わせたり、伏せがちになったり、定まらない視線は彼の方にも戸惑いがあることを教えてくる。
「ううん………」
なぜ蓮君が謝ったのか真意は掴めない。
けれど、キスしたかったのはあなただけじゃないからと伝えたくなった。
「私も………その、嬉しかったから……」
「本当?いきなりだったけど……大丈夫でしたか?」
嫌じゃなかったですか?
不安げに確認してくる蓮君が、なんだか可愛らしく感じた。
年下なのにいつもそう見えないほど頼りがいがあって、性格的にも落ち着いてる彼の、あまり外では見せていない一面だ。
恋人にしか与えられない特権を堪能した私は、微笑みながら首を振る。
「嫌だったら、目を閉じたりなんかしないわ」
「ああ、それもそうですね……」
むしろ、あんな軽いもので終わっていいのだろうかと、逆にこちらが不安になったりもしたが、それは私の胸の内にとどめておこう。
だって寝室のベッドには、大和もいるのだから。
私の返事に気を良くしたのか、蓮君の表情は次第に晴れていく。
真横で見ていると、その顔は本当に整っていて、かっこいい。
思わず見惚れる私を、蓮君はすぐさま頬を撫でて捉えてきた。
「もう一度、いいですか?」
息が乱れてるわけでもないのに、どこか上気した吐息で問われてしまえば、拒否することなどできない。
だけど大人同士の恋愛で、相手にリードされてばかりなのもどうなのだろう。
そんな疑問が駆け抜けた直後、私は蓮君の顔の輪郭を指でなぞり、目を伏せがちに、私からのキスで応じた。
その刹那、蓮君は瞬間的にヒクリと震え驚いた反応をしたけれど、すぐに温もりのある口づけを返してくれる。
だから私は、頭も心も蓮君でいっぱいになってしまって。
ああ、蓮君が好きだな………
心の底からそう感じた。
そう強く思えたから、蓮君が帰ったあと、和倉さんからかかってきた電話にも臆することなく挑めたし、そこでもたらされた笹森さんと会う約束も、まっすぐな気持ちで了承できたのだった。




