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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
おとぎ話の住人にはなれない
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フロートから降りて私達のところに駆け寄ってきた彼に、周囲からはざわめきと悲鳴があがっている。

けれど、さっきまでのように我先にと彼に接近を試みる観客はいなかった。

きっと、私が車椅子に乗せられていて、大和が大泣きしているせいだろう。

さすがにそんな状況でファン心理を優先させるほど自分勝手な人物はいなかったようだ。

そのことには少しホッとした。


「大和君?大和君のお母さんは怪我をしてしまったようだ。だからすぐにお医者さんに診てもらわないといけない。その為に、大和君に手伝ってもらいたいことがあるんだけど、いいかな?」


騎士のダンサーは片膝をつき、大和と同じ目線になってゆっくりと話しかけた。

大和はいきなり目の前に現れた騎士にびっくりして表情が石のように固まっていた。

そのせいか、いつもなら即訂正する ”お母さん” という言葉にも反応を示さず、でも彼の話はしっかりと聞いていて、「おてつだい?」と尋ね返した。


「そうだよ?大和君が優しいから、お母さんを心配して泣いてしまったのはよくわかるよ?でも大和君が泣いていると、お母さんがお医者さんに診てもらうのが遅くなってしまうんだ。だから、僕や係のお姉さんもお手伝いするから、大和君も泣くのはちょっと休憩して、一緒にお母さんを医務室に連れていくのを手伝ってくれるかい?」


優しく優しく、諭すように語りかけられて、大和はすぐに理解したようだった。


「うん、わかったよ!ぼく、もう泣かない!」

「そうか、偉いぞ」


そう言って騎士は大和の頭を撫でてほめてくれた。

大和はとても嬉しそうに、そして誇らしげに笑顔を咲かせて


「琴ちゃん、はやくお医者さんのところに行こうね!」


はりきって告げたのだ。

その変わり身の早さは微笑ましいばかりだが、騎士の子供に対する態度や言葉選びがあまりにも完璧過ぎて、私はちょっとばかり情けなさも漂ってきた。

いや、お母さん業はまだまだ修行中なのだから仕方ない。

他人の子供だからこそ上手く接することができる場合もあるのだから。

自分で自分を励まして、大和には笑いかけた。



「うん、そうしようね。…それじゃすみません、よろしくお願いいたします」


私の背後で車椅子のハンドルを握っている女性スタッフに頭を下げると、「かしこまりました。もしお痛みに変化がありましたらすぐにお知らせください」と丁寧に返される。

周りにいた他のスタッフも怪我人がいないかを念入りに見てまわっているようだ。

フロートは停止しているもののパレードの音楽は流れ続けていて、観客に不安感を与えないようにという配慮がうかがえる。

大勢の人が将棋倒しに巻き込まれたとか、重傷者が多数出ているとか、そんな大事でもないのだから、この対応はまったくの正解に思えた。


そしておそらく、さっき観客が押し寄せた一番の原因でもあるこのダンサーは、ここで私達と共に退場となるのだろう。

状況を鑑みればそれもやむを得ないのかもしれないが、幾ばくかの申し訳なさを感じつつ彼に目をやった時、彼は大和を両腕で抱き上げたのだ。

同時に、周囲からは歓声があがった。

大和はびっくりしたようだったが、それもすぐに大興奮に変わる。

騎士はそんな大和の背中をしっかりと支えながら、観客に向かって頭だけで一礼した。



「皆様、私はここで失礼させていただきますが、引き続き、このフェアリーテイル アンド アドベンチャー キングダムで、安全に(・・・)お楽しみくださいませ」



遠くまで響き渡るような、例えるなら舞台俳優のような、お腹にくる(・・)いい声だった。

恥ずかしながら、私はダンサーというのはダンスさえ上手かったらそれでいいのかと思っていたけれど、この彼は、ダンサーであり、役者であり、スタッフでもあったのだ。

その証拠に、彼は一切ダンスの振りをしていないにもかかわらず、観客からは再び声があがり、大きな拍手に包まれたのである。


その拍手は彼へ送られたものだとしても、その真ん中にいることが私は恥ずかしくてたまらなかった。

ところが大和は堂々と、むしろ大喜びで拍手のシャワーを受け入れていたのだ。

瞳をキラキラと輝かせて、頬っぺたを赤くさせて、小さな手で騎士の肩に付いてる装飾をきゅっと握りしめながら。









「誠に申し訳ございませんでした」


医務室に辿り着くよりも先に、従業員専用のバックヤードに通された私は、施設の上層部であろうと思しき方々から深く頭を下げられていた。


「頬とお膝に怪我をされたということですが、他にお痛みはございませんでしょうか?」


そのうちの一人の女性スタッフが代表して私の具合を確認してくる。

スーツをきっちりと身に纏った、私の母親世代に見える女性だ。

園内で怪我人が出た以上、施設運営側が責を負うのは当然かもしれないが、今回の件は彼らだけの落ち度でもないように思う。

私は膝を打ったり頬を切ったりはしたけど、こんなの日常生活でもしょっちゅうお目にかかる負傷なのだ。


「いえ、大丈夫です。あの、本当にお気遣いなく……。この子が泣き出したもので、落ち着かせるためにとりあえずあの場から移動したかっただけですから。本来なら医務室にうかがうまでもないと思いますので…」


恐縮しきりに答えた私に、


「それはだめですよ!」


すぐ後ろ側から男の人の声が飛んできた。

顔だけを向かせると、大和を抱っこしたままの騎士衣装のダンサーが、真剣な眼差しで訴えていたのである。

さっき観客に挨拶した時の声とは全然違っていて、柔らかな声だった。


「僕、フロートの上から見てたんです。息子さんを守ろうとして屈んだ

時に、色んな人のバッグや土産袋に頭をぶつけられてましたよね?ちゃんとドクターに診てもらった方がいいですよ」


何気によく見られていことに驚くやら恥ずかしいやらで、私は彼のまっすぐな視線を避けるように目を伏せてしまう。


「でも本当に、もう大丈夫そうなんですけど……」

「いえ、そう仰らずに、せめて医務室で医師の診察だけでも受けていただけませんか?」


そう言ったのはスーツ姿の男性スタッフだ。

するとダンサーの男性が、抱いている大和にも尋ねた。


「大和君も、お母さんがお医者さんに診てもらった方が安心だよね?」


この短い間にすっかり騎士のダンサーに心酔しきっている大和は、彼の腕の中で大きく頷く。


「うん!あ、でも……」

「でも?何だい?」

「あのね、琴ちゃんはぼくのお母さんじゃないよ?」


ようやく平常を取り戻した大和が、いつも通りの律儀な訂正を伝える。

いつも通り、どこか得意気でもある。


「え、そうなのかい?」

「うん。でも、お母さん代わりだから、お兄さんが全部間違ってるわけじゃないよ」


上からの言い草も、いつも通りである。

私の膝の痛みもずいぶん治まってきていたし、大和の涙もすっかり乾いていたけれど、この場所はスタッフが忙しなく行き来するメイン通路らしく、ここで医務室に行く行かないの押し問答をするのも迷惑なだけにも思えて、仕方なく私は車椅子のままで従業員専用エリアの奥に進んでいったのだった。












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