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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
彼には隠しておきたくて
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「じゃあ、帰ろうか」


和倉さんの一声をもとに、私達三人は再びマンションに歩き出す。

大和はさっきの笹森さんがとてもかっこよかったと上機嫌になっていた。

けれど和倉さんは大和に適度な相槌を返しつつも、私に「琴子ちゃん、ごめんね」と複雑な顔を見せた。


「琴子ちゃんと出会ってすぐ、”琴子” っていう名前にあいつを思い出したんだ。それから琴子ちゃんと親しくなって、幼稚園の先生という職業と年齢が、俺がよく笹森から聞いてた人物と一致したものだから、それとなくニューヨークにいる笹森に元婚約者の苗字を訊いてみた。そしたら思った通り ”秋山” だっていうから、それからはほぼ間違いないんだろうなとは思ってた。琴子ちゃんと知り合って三か月くらいの頃だったかな」

「そうですか……」

「でも気付いてたなら、あいつが帰国することをそれとなく知らせておけばよかったよね」

「いえ、知ったところでどうもしませんでしたでしょうし……。こちらこそ、気を遣わせてしまってすみません」


わずかに頭を下げると、大和を挟んだ向こうにいる和倉さんがクスクス笑った。


「…どうかしましたか?」

「ああ、ごめん。いや、あいつがあんなに取り乱すのは久々に見たなと思って。どうもあいつは琴子ちゃんのこととなると性格まで変わってしまうみたいだね」


それはいつもの軽口なのかもしれないが、私にはとてつもない冷やかしに聞こえてしまう。

ただ同時に、私達はとっくに別れてるのにと、夏の夜風が苛立ちを運んできた。


「……何を仰ってるのかわかりません。私達はもう、何の関係もない他人ですから」


本心ではそんな風に思えてないないことくらい、自分でもわかってる。

だけどせめてセリフの上だけでも強固な壁をつくっていないと、感情の波に押されてしまうのではないかと不安だったのだ。


私には、蓮君がいるのに。

蓮君が、好きなのに。


昔に負った深手はまだかさぶたにもなっていなかったのだと、今になって思い知った。



「そうかい?」

「ええ。もう会うこともないでしょうし」

「いやでも、さっきも言ったように、まだお互いに思うことがありそうだったし、一度はきちんと話し合った方がいいんじゃないかな?何だったら俺も立ち会うしさ。」


和倉さんは親切心からそう申し出てくれたのかもしれないが、どこか責任感が織り込まれてるようにも思えた。

私と彼を鉢合わせさせてしまったことへの、そして、私が笹森さんの元婚約者だと気付きながらも黙っていたことへの。


「それに、あいつ一時帰国じゃなくてこのまま日本の本社勤務になるから、もしかしたら琴子ちゃんとまた偶然会うって可能性もゼロじゃないよ?」

「え……そうなんですか?本社に?」

「うん。だから……ああ、大和君のことだったら、一緒に連れていくといいよ。二人が話してる間は俺が相手してるし、何も心配し―――」

「だめです!絶対にだめ!」


和倉さんの提案には、反射的に拒否を叫んでいた。

あまりに大きな声だったせいか、繋いだ指先から大和がビクリと震えるのが伝わってくる。

和倉さんだって、私がそんな激しい否定を見せるとは予測できなかったのだろう、驚くというよりも呆気にとられていた。


「あ……すみません、大声になってしまって……。でも、もし本当に話し合いの場があったとしても、大和は連れて行きません」

「ええっ?ぼくはおるすばんなの?」


途端に不服を訴えてくる大和。

誰と会うのか、どこへ行くのかもわかっていないのだろうけど、この年齢の子供には ”お留守番” は大敵なのだ。


「違うわ、大和。私が用事してる間、秋山のおじいちゃんとおばあちゃんのところに行くだけよ。大和、秋山のおじいちゃんとおばあちゃん大好きでしょ?」

「うん、大好き!そっか、それならいいよ」


いとも簡単に落ちてくれる大和は、単純だけど可愛らしくて、それにとても助かる。

和倉さんは感心の眼差しをよこしながら、「さすが先生」と唇を動かした。

けれど私は、これではまるで笹森さんとの話し合いに応じると言ってるようなものではないかと、大和には悟られぬように焦っていた。

和倉さんはその点については言及しなかったけれど、その代わりに別れ際、さらりと教えてきたのだ。

私の知らない、笹森さんを。



「さっき、あいつがあんなに取り乱すのを見たのは久々だと言ったけど、最後にあいつのそんな姿を見たのはいつだったか、わかるかい?」

「え……?いいえ、想像もつきません」


彼はとても大人で穏やかでいつも落ち着いていて、よく笑う人だったけれど、幼い頃から人の上に立つべき教育を受けていたせいか、慌てふためくようなことはあまりなかった。

素直に首を振る私に、和倉さんは一瞬言い淀んで、だけどやっぱり口を開いた。


「琴子ちゃんから別れを切り出されたときだよ」

「―――っ」

「あいつは、本当にきみのことを好きだった。きっと今でも。二人の間に何があったのか詳しいことまでは聞かされてないけど、笹森は親がどうのと言って、すごく悩んでて、苦しそうにしていた。ニューヨークに行ってからも、ずっと。もちろん今の琴子ちゃんには北浦君がいることはわかってる。だけどあのとき、きちんと決着できなかったあいつの想いを、ちゃんと終わらせてやってくれないかな」


頼むよ……


和倉さんのお願いは懇願にも見えてしまって、それを拒否することは、さすがにできなかった。

そうして、笹森さんのスケジュールが決まり次第、改めて再会をやり直すことになったのだった。









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