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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
幸せが隠しきれなくて ー 蓮 side ー
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「そうだね……もう、ずっと前のことだけどね」


大和君のピュアに負けたのだろう明莉が、渋々認めた。


「今は?」

「え?」

「今はもう行きたくなくなったの?」


きょとんと明莉を見上げる大和君。

明莉が答えにくそうに見えたのか、琴子さんがそっと大和君の耳元に顔を寄せた。


「大和、そんなにブロードウェイが気に入ったの?」

「うん!」


大和君は琴子さんに頷いてみせると、また明莉に話しかける。


「あのね、知ってる?レンお兄ちゃんも前はブロードウェイに行きたかったんだって。でもね、今はブロードウェイに行くよりもたいせつな夢ができたから、ブロードウェイに行かなくてよくなったんだって。そうやってね、夢って、ころころかわってもいいんだって。レンお兄ちゃんが言ってた」

「蓮…お兄ちゃんが?」

「うん、そうだよ?ぼくもね、ちょっと前までは大きくなったらお花屋さんになりたかったんだけど、今はファンダックではたらく人になりたいんだ」

「そう……」

「だからね、アカリお姉ちゃんが、前にブロードウェイに行きたくて、でも行きたくなくなってもいいし、また行きたいって思ってもいいんだよ?」

「へえ……そうなんだ?」

「うん!」

「そっか、そうなんだね………」


うっすらと唇に笑みを乗せた明莉は、どこかしらさっぱりしたような顔つきにも見えた。

ときどき、大和君は天然のカウンセラーなんじゃないかと勘繰りたくもなるほど、この小さな男の子とのおしゃべりには不思議な(パワー)が潜んでいる。

俺と琴子さんを結び付けてくれたのも大和君の言葉だったし、今日の患者(クライアント)は明莉だ。

そして大和君の処方箋は今回も効果覿面(てきめん)だったらしい。

明莉は心の淀みにするすると清流を通したようだった。



「……じゃあ、私がまたブロードウェイを目指してもいいわけだ?」

「めざし?琴ちゃん、めざしってなに?」

「チャレンジするってことよ」

「そっか。うん。なら、アカリお姉ちゃんはブロードウェイめざし(・・・)てもいいんだよ」


大和君はパッ、パッ、と小さな頭をひねって明莉にニコッと告げたのだった。


「でも、アカリお姉ちゃん、すごいね!」

「え…どうして?」

「だってブロードウェイって、世界じゅうからダンスが上手な人たちがあつまってくるんでしょ?すごいよ!あのね、ぼく、アカリお姉ちゃんのダンスすっごく好きだよ。王子さまもかっこよかった!」

「王子様……?」

「大和君は騎士の衣装が王子様にも見えたんだ。ね?」


俺の補足に大和君は「うん!」と全身で肯定する。


「女の私も、王子様に見えたの?」

「んー…、女の人は王子さまになれないの?みんなフラッフィーをまもってる人じゃなかったの?それに、みんな王子さまみたいにかっこよかったよ?」


大和君が言ってるのは、あのパレードのフロート上でのことだろう。

お姫様に扮したフラッフィーを、俺達騎士の衣装を着たダンサーが護衛していた。

すると明莉は、まるで降参するかのようにハッ…と明るい息を吐いた。


「あ……ううん、そうだね、そんなことないね。ダンスでなら、王子様にもなれるんだね……。ね、大和君。私と蓮お兄ちゃんのダンス、どっちが好き?」

「ええー?アカリお姉ちゃんとレンお兄ちゃん?うーん……」


大和君は明莉の少々意地悪な質問に、可愛らしく腕を組む真似をして考え込んだ。

だが数秒後


「どっちも!りょうほう大好きだよ!」


満面を超えるようなぴかぴかの笑顔で答えたのだった。


純度しかないまっすぐな賞賛に、明莉もつられて笑顔になる。

それは、見ているこちらの気分も安らげるような場面(シーン)だった。

俺は時生がセッティングしてくれたこの会で明莉とのことをハッキリさせ、明莉本人にも区切りを引かせるつもりだったが、それを叶えてくれたのは大和君だったわけだ。

この小さなカウンセラーはどこまでも素直で、いつもストレートで、真正面から見つめてくる。

だから受ける俺達大人側にも響くものがあるのだろうけど……

そんな風に大和君が育ってるのは、母親代わりの琴子さんの影響も大きいのだろうな。


ふと琴子さんを見やると、視線が交わった。

何を言うまでもなく、二人で笑い合うと、それだけで幸せを感じた。

すると目ざとい和倉さんが「おや、二人でアイコンタクトかい?」と冷やかしてくる。


「そんなんじゃありませんよ」


琴子さんは即答するけれど、照れてるだけだとわかっててもそれはそれで面白くない。


「いけませんか?一応、恋人同士なんで」


俺はちょっとムキになって、思わずそう言ってしまった。


「あれ、なんだ、そういうことになってたんだ?」


和倉さんは俺ではなく琴子さんに問いかけるから、恥ずかしがりな彼女は顔を赤くさせた。

しまった、こんなかわいい顔、俺以外の誰にも見せたくなかったのに。

俺はささやかに悔やんだけれど、琴子さんが掠めるように明莉に視線を流したのに気が付いた。

琴子さんにしてみれば、何かと俺のことで突っかかってきた明莉にどういう態度をとるべきか迷ったのだろう。

俺だったらそんな相手気にもとめないが、優しい彼女は無視するわけにはいかないらしい。

だが当の明莉は和倉さんに楽し気に同調したのだった。


「そうみたいですよ?本当、いつの間にやらって感じですよね」


無理やりでも、空元気というわけでもなさそうな明莉は、ぐいっとテーブルに身を乗り出してきた。



「ねえ、蓮。蓮が行かないなら、私が蓮の代わりにブロードウェイに立つ夢を叶えてあげてもいいわよ?」


いつもの勝気な明莉が戻ってきた。

俺はこいつのこういう自信たっぷりな物言いは、わりと好きだと思う。

それに、もし本気で海外に出るなら、きっとそういう気質は大きな武器になるだろう。

俺は後押しするつもりで言ってやった。


「ああ、ぜひ頼むよ」


すると大和君が「わあ…」と口を大きく開けて興奮を弾けさせた。


「やっぱりアカリお姉ちゃん、ブロードウェイに行くの?」

「そうね……もし私がブロードウェイに行ったら、大和君も来てくれる?」

「うん!あのね、ブロードウェイがあるニューヨークっていうところは、外国だけど飛行機にのったら寝てるあいだに着いちゃうんだって!だから、日本と遠くないんだよ」


大和君が披露したのは、最近の電話で俺が教えた情報だ。

明莉や時生は「よく知ってるね」と口々に大和君に感心して、大和君はそれを喜んだ。

そうして、一触即発にも近かった飲み会は、和やかな食事会へと姿を変えたのである。





やがて琴子さん達三人は食事を終え、遅い時間になる前に店を出た。

明莉さんと大和君を送りたい気持ちもあったのだが、同じマンションに住む和倉さんがいるし、明莉にももう少し話したいことがあったので、その役目は和倉さんに任せることにした。


「帰ったら電話します」


誰にも聞かれぬようこそっと耳打ちすると、琴子さんはくすぐったそうに肩をよじり、こくんと頷いた。

その際、露になったうなじに色気を感じてしまい、ほのかに欲が熱されてしまう。

こんなとこで何考えてんだと理性を握りしめながらも、もし二人きりだったらその細い首に激しくキスしてたに違いないと、自分の本心に素直にもなりたくなった。

そんなこと、誰にも言うつもりはないけど。



そして琴子さん達が帰り、もとの三人になると、時生が手洗いに立った。

その隙を狙っていたのだろう、今度は明莉が、俺にないしょ話をするように顔を近寄せてきて。


「一つだけ言っといてあげる。身近な人間だからって、気をゆるめちゃだめよ?初恋をこじらせた人間は厄介だから」

「……は?」

「意味がわからないならそれでもいいわ。でも、秋山さんのことで嫌な態度しちゃったから、そのお詫びの忠告」


明莉は体を戻して飲み物に手を付けた。


「お詫びが忠告って、ずいぶんだな」

「わかってるわよ。今度機会があれば秋山さんにもちゃんと謝るわよ」


俺の苦笑いに苦笑いを跳ね返される。

だが琴子さんにはもう明莉の謝罪は必要ないようにも思えた。

さっきの明莉の様子を見て、それでもう水に流してくれた様子だったから。

もちろん、明莉が謝りたいというならそれは止めないけれど。


「……それなら、あとで電話したときに俺が伝えておくけど?」

「まあそれでもいいけど、秋山さん、怒ってたりしない?」

「まさか。あんな優しい人がそんなことで怒るわけないだろ」

「あらまあ、惚気られちゃった」

「悪いか?」

「別に悪くはないけど。でも……蓮が幸せならそれでいいわ」

「なんだよそれ」

「うるさいわね。失恋相手の幸せを願えるほど、私がいい女に成長したってことでしょ?」

「だからお前は失恋したわけじゃないだろ?」

「いいのよそんなことどうでも」

「どうでもって……」


やれやれと頬杖ついた俺に、明莉は悟りきった面差しで告げたのだ。


「本当に、もういいのよ。私の気持ちが恋心だったのか恋になる手前の憧れだったのかは、誰にも正解はわからないんだから。でもそのおかげで、心のもっと底にあった夢を引き上げることができたわ。ありがとう」

「礼なら時生に言ってやれ。今日俺とお前を呼んだのはあいつだからな」

「俺が何だって?」


タイミングよく戻ってきた時生に、明莉は礼を言うどころか、ニヤッとほくそ笑む。


「なんでもないわ。ただ、初恋は実らないって話をしてただけ」


時生は「なんだそれ」と微塵も取り合わなかったが、明莉のこのセリフを俺は

覚えておかなければならなかったのだろう。

だがこの時は、琴子さんという好きで仕方ない人を得られた幸せが大きすぎて、そんなことは記憶の引き出しにしまいこんでしまったのだった。









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