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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
幸せが隠しきれなくて ー 蓮 side ー
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その後ろからは琴子さんが「だめよ大和。みなさんのお話を邪魔しちゃだめ」と前屈みになって大和君の腕を引く。

和倉さんも一緒だ。

今日この店に来るとは伝えてなかったが、和倉さんの行きつけでもあるし、きっと三人で食事に来たのだろう。

きっと、ただそれだけだ。

俺は放っておくと燃焼してしまいそうな嫉妬心を騙し騙しで抑えつけた。

琴子さんは大和君の手を握ると、俺達三人に頭を下げた。


「お邪魔してしまってすみません」

「大丈夫ですよ」


氷がとけるような笑みで真っ先に時生が応じる。

こいつの瞬発力には敵わないが、俺もすぐさま椅子ごとを琴子さんに向けた。


「琴子さん、大和君も、こんばんは」

「ひどいなあ北浦君、俺もいるんだけど?」

「和倉さんも、お疲れさまです」

「はいはい、お疲れさま。で?今日はいつもの三人でミーティングでもしてたのかい?」


それなら、俺達は他の席に行くけど?

和倉さんは言外のそんなニュアンスを乗せてきたので、この会の主催ではない俺は返事に迷った。

すると意外なことに代表して答えたのは明莉だった。


「ただ食事してただけですから、和倉さんもご一緒します?……秋山さんも、もしよかったら。もちろん大和君も」

「いいのかい?」

「え?みんなでごはん食べるの?」

「そうよ?大和君、私の横に座らない?」

「うん、いいよ!」


大和君は大喜びで席に着くけど、琴子さんは立ったまま戸惑いを浮かべている。

無理もない、明莉とは何もなかったわけじゃないのだから。


「あの、本当にご一緒してもご迷惑では……」

「大丈夫ですよ、琴子さん。明莉の方が誘ったんですから。琴子さんもどうぞお座りください」


時生のこんな柔らかな微笑み、ショーやパレード以外では見たことない。

俺はこっちにも嫉妬の種をまいてしまいそうだった。

自分がここまで狭量だとは思ってなかったのだが……



「ねえねえ、ブロードウェイにだれか行くの?」


大和君の隣に琴子さん、琴子さんの向かいに和倉さんが腰を下ろすと、大和君が興味津々で尋ねてきた。


「大和君はブロードウェイを知ってるの?」

「うん!幼稚園でブロードウェイごっこしてるんだ」

「ブロードウェイごっこ?」

「大和、そんなことしてるの?」


琴子さんも初耳だったらしく、明莉とほとんど重なるように訊き返した。

明莉が率先して会話をまわしているところを見ると、こいつは俺との話を逸らしたくて琴子さん達を招き入れたのかもしれない。

だがその大和君のおかげでブロードウェイの話題をぶり返すことになってしまうのだから、明莉の目論見は甘かったようだ。


「うん、楽しいよ」

「いったいどうやって遊ぶんだい?」

「僕も興味あるなあ」


時生や和倉さんも関心を示してくる。

そのときスタッフがオーダーを聞きに入ってきたが、大和君は構わずにおしゃべりを続けた。


「えっと、ブロードウェイのダンサーと、おきゃくさんにわかれるんだ。それから、ダンサーの人はじぶんの好きな歌を歌いながらおどって、おきゃくさんによかったかどうかきくの」

「へえ、得点をつけたり勝負するわけじゃないんだ?」

「うん、そうだよ?ダンスで勝ったり負けたりすることがあるの?」


面白そうに話を聞いてた明莉が、大和君の純真無垢な切り返しに言葉を詰まらせた。

するとすかさず琴子さんが子供用のメニューを大和君の前に広げた。


「ほら大和、先にご飯決めちゃおう。何にする?飲み物はオレンジジュースでいい?」

「えっと、今日はね、フルーツのがいいな」

「スムージー?じゃあご飯は―――」



二人はどう見ても親子にしか思えないやり取りで今夜のメニューを決めていく。

微笑ましい光景は、俺だけでなく時生や和倉さんも和ませていくようだ。

ただ、明莉は違った。

大和君がブロードウェイごっこの説明を中断したことでホッとしただろうと思いきや、大和君を眺めるその横顔は、微妙に固まっていたのだ。



「…じゃあ、ハンバーグお子様セットをお願いします。ドリンクはフルーツスムージーで」


琴子さんがスタッフにメニューを渡すと、大和君がくるりと明莉に方向転換した。


「ねえねえアカリお姉ちゃん」

「なあに?」


無邪気全開で話しかける大和君を、ここにいる誰もが見つめていた。


「さっきもきいたけど、ダンスの勝つのと負けるのは、どうやって決まるの?」


その質問にはこれっぽっちも他意はないのだろう。

当たり前だ、彼はまだ6歳の子供なんだから。

だからこれはただただ純粋な疑問で、本当に知りたいと思ったから尋ねたにすぎないのだ。

明莉もそれはわかってるはずだ。

だから、ごく一般的なルールを答えればいいのだ。

ダンスにも勝敗を決めるダンスバトルというものがあって、審査員や観客によってその勝ち負けの判定が下されるのだと。

だが明莉は、不思議がる大和君に、もっと別のものを感じていたのだろう。

それは、大和君が続けざまに呟いた言葉がすべて物語っていた。


「レンお兄ちゃんやアカリお姉ちゃんみたいにダンスがじょうずな人がいたり、じょうずじゃない人がいるのはわかるけど、勝つとか負けるって、なんか変なの」


素直に唇を尖らせる大和君を、琴子さんが慌てて窘めた。


「大和、変とか言っちゃいけないわ。大和はダンスのお仕事をしてるわけじゃないでしょう?大和が知らないことでも、ダンスのお仕事をしてる人にとったら普通のことだってあるかもしれない。そうでしょ?」

「うーん、そっか……」


完璧に納得したわけではなさそうだが、なんとなくは理解できた様子で、大和君は琴子さんから明莉に顔を戻した。


「アカリお姉ちゃん、変って言って、ごめんなさい」

「え……、あ、別にいいのよ。大和君が謝ることないんだから」


明莉は見るからに動揺していた。


「だけど ”ブロードウェイごっこ” だなんて、面白いこと考えるんだなあ」

「子供は新しい遊びを開発する天才ですからね」

「でもブロードウェイなんて、大和君はどこで知ったんですか?」

「この前テレビでブロードウェイミュージカルの日本上演を特集してたのよ。それで、『ブロードウェイってなに?』って訊かれて教えたの。蓮君のこともあって、すごく興味を持ってたみたいだから、それで幼稚園のお友達とそんな遊びを思いついたのかもしれないわ」

「なるほど」

「じゃあ大和君、今度は ”弁護士ごっこ” を作ってくれないかな?」

「べんごし?」

「和倉さんのお仕事のことよ」

「うん、いいよ!でも今はブロードウェイごっこがいいから、そのあとでいい?」

「おっと、ブロードウェイに負けたか」


和倉さんの一声に笑いが起こる。

だが大和君からは不服が返ってきた。


「ちがうよ、勝ったとか負けたとかじゃないよ」

「あー……、そっか、そうだね。僕の言い方が間違ってたね」


ごめんね、と和倉さんが大和君の頭をぽんぽんと叩くと、大和君は思い出したようにパッと顔を上げた。

そして


「ねえねえ、さっきもブロードウェイの話してたでしょ?」


誰に対してでもなくそう言ったので、目が合った俺が返事した。


「ええと、うん、してたかな」

「レンお兄ちゃん、ブロードウェイ行くの?」

「俺は行かないよ」

「そうだよね。このまえ言ってたもんね。じゃあ、だれか行くの?」

「誰かが行くって話してたわけじゃないんだ。ただ……」


俺はちらりと明莉を掠め見た。


「……明莉お姉ちゃんが、前に行きたいって言ってたねって話してたんだよ」

「え、そうなの?アカリお姉ちゃん、ブロードウェイに行きたかったの?」


目をまん丸くさせた大和君を、明莉は複雑そうな眼差しで受け止めていた。










誤字報告いただきましたので、すぐに訂正いたしました。

いつもありがとうございます。

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