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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
幸せが隠しきれなくて ー 蓮 side ー
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「だから、タイムリミットまでもう時間がない中で彼女なんかに現を抜かしてる場合じゃないのよ」

「………と明莉は言ってるが、お前はどう考えてるんだ?蓮」


時生はややヒステリックに訴えてくる明莉にも温度を変えずに応じた。

俺の答えは当然決まっている。


「明莉の言ってる約束とやらが、ブロードウェイ云々(うんぬん)というやつなら、俺の中ではとっくに解決済みだ」

「……だそうだぞ?」


時生は俺から明莉に顔を回すと、明莉の回答を待たずに意見した。


「それに、その約束に関しては明莉には関係のないことだろ?蓮とご両親との問題だ。さっきお前は場合によっては俺も無関係じゃないと言ったが、それも違うだろ。もしお前が蓮の同僚である俺達にも関係してくるとか思ってるなら、お門違いもいいとこだ。大きな自惚れだよ」

「どうして?仲間の才能を無駄にしても構わないっていうの?せっかくの才能がこのまま埋もれていくのを黙って見過ごせって言うの?そんなの蓮だけの問題じゃないわ!エンタメ界にとっても大きな損失よ!」


明莉はさらにエキサイトしてくる。

だがそれが激しくなればなるほど、俺の気持ちはスッと冴えていく。

それは時生も同じようだった。


「お前な……、買いかぶりにもほどがある」

「蓮の才能は否定しないが、エンタメ界とは、また大きく出たものだな」

「なっ、蓮はともかく、時生までなによ!蓮のダンススキル知っててそんなこと言うわけ?」

「だが本人はもう解決済みだと言ってるんだ。こいつが本気で上を目指すつもりがあるなら、俺だって親友として応援するさ。でも本人がそれを望んでないんだ。外野があれこれ口出す権利なんてないだろう?お前は蓮の家族でも恋人でもない、ただの同僚なんだからな」

「―――っ!」


明莉は目を見開くと、唇を薄く噛んだ。


「………わかってるわよ、そんなことくらい。でも私は、同じダンサーとして、せっかくのキャリアをみすみす棒に振るような真似してほしくないのよ!」

「だからそれを余計なお世話だと言ったんだ」


即座に、そして静謐(せいひつ)に明莉の主張を否定する。

こいつがそう言い出すだろうとわかっていたからだ。

明莉は続けるつもりだった言葉を飲み込むように喉を動かし、跳ね上がっていく一方だった昂ぶりを一時的に収めたようだった。


「蓮はそう言うけど、これはある意味私自身の問題でもあるの。だって蓮は私の憧れの人なんだから。出会った時からずっと、私は……、私は、蓮がブロードウェイに立つことを夢見てたの。だからそれは、もう蓮だけの夢じゃなかったのよ」


感情任せではなかったものの、明莉の言い分は一方的で、”俺” をまったく無視したものだった。

それはまるで、パレード出演中の俺に歓声をあげるファンのようにも見えた。


思えば、はじめて挨拶したときからずっとそうだった。

明莉は同僚、仲間として、時にはパートナーとして、誰よりも近い場所にいたけれど、俺のダンスに接する態度は、ファンの中の誰よりも熱心だったのだ。

だがそれは素直に嬉しいと思えた。

俺だって時生や明莉のパフォーマンスは好きだし、率直に言ってファンだ。

ただ明莉の場合は、俺のダンスに対してというよりも、俺がニューヨーク帰りだったという点が大きなポイントになってる気もしていた。

もっと言えば、明莉(自分)がずっと憧れていたブロードウェイに近いダンサーとして、俺を見ているように思えてならなかったのだ。


無論、それが悪いわけではない。

だが、その俺がもうブロードウェイは目指さないと言えば、明莉がそれを覆そうと躍起になるのは想像に難くはなかった。

俺は内心でため息つき、「明莉」穏やかに呼んだ。


「……なに?」


負けん気の強い性格が、輪郭を滲ませてあやふやになったりならなかったりしている。

だからきっと、こいつ自身にも何か思い当たるところはあるのだろう。

引導を渡す、と言うのは当てはまらないかもしれないが、明莉が自分で終わりの線を引けないのなら、俺が代わりに書いてやるしかない。



「自分の夢に勝手に俺を重ねるな」

「どうして?だって蓮も私に言ってたじゃない、ゆくゆくはブロードウェイに挑戦するつもりだって」

「それはもう何年も前の話だろ」

「じゃあ蓮はあの人に出会ったから、もうブロードウェイは諦めたって言いたいわけ?」


凪いでいた口調が、次第に波音を立てていく。

だが仲裁役の時生はこの場は見守ることにしたらしく、黙って明莉と俺のやり取りに耳を傾けていた。

俺は明莉の感情に引きずられないように意識して告げた。


「あの人というのが琴子さんを指してるなら、大きな誤解だ」

「どうして?だってこの前まで蓮はブロードウェイとかお父さんとの約束のことを気にしてたじゃない」

「気にはしてたさ。でもそれはお前が思ってるようなものじゃない。俺が琴子さんと出会った時にはもうとっくにブロードウェイに行くつもりはなかったんだからな」

「そんなの私聞いてない!」

「なんで俺がいちいちお前に夢の変更を知らせなくちゃいけないんだ?」

「だって、いつも一緒にいたんだから、もし本当に蓮がブロードウェイから興味がなくなったらすぐ気づきそうなものじゃない。でも私、全然知らなかった」


(かぶり)を振る明莉はどうやっても俺の話を信じたくないようで、俺はこれ以上の議論に決着点があるのかさえ疑わしくなった。

フゥ…と下がり気味の吐息が、今度は唇からもれてしまう。


「お前がどう思っていようと、俺にとっては今話したことが事実だ。俺は琴子さんと出会う前にはもうブロードウェイ行きを望んでなかったし、父親との ”30までにダンスで結果を出す” という約束も、ファンダックでの実績でクリアになってると思ってる。ただ、父親に直接その確認をしたわけじゃなかったから、それが多少気になってただけだ。琴子さんを好きになったのはそんな頃だよ」


あえて『琴子さんを好きになった』という文言を混ぜると、明莉は大きく瞳を揺らした。



「へえ……、あの人のこと好きだって認めるんだ?じゃあやっぱりあの人と付き合ってるわけ?」

「ああ。悪いか?」

「道理で最近浮かれてると思った」

「なんだって?」

「だから、蓮が最近浮かれてパフォーマンスに集中しきれてないのはあの人のせいだったのねって言ってるの!」

「明莉。言い過ぎだ」


声を荒げた明莉を、俺よりも早く時生が制した。

そうでなければ、俺もカッとして感情任せに明莉に反論していたかもしれない。

琴子さんと恋人になってからというもの、自分でも浮かれ気味だという自覚はあったからだ。

だがだからといって仕事を疎かにしてるつもりなど微塵もない。

すぐに訂正を入れようとしたが、明莉は時生に窘められ多少は感情の熱を冷ましたようでも、まだまだ平熱には戻り切れてなさそうだった。

そんな相手を前に何を否定しても正しても、もう無駄骨のような気しかしない。

俺はそう思った反動で、まったくの無意識のうちに大きなため息を吐いていた。

三度目の嘆息は、明莉の耳にもしっかり届いたようだった。



「……そんな呆れたみたいなため息つかなくていいじゃない。もう私と話すのも面倒だって言いたいの?そうやって最近の蓮はなんでもかんでも簡単に諦めるんだ?ブロードウェイだって、本当は挑戦したいのにもう無理だって諦めただけなんじゃないの?そんなの………そんなの、私が憧れた蓮じゃない。私が好きになった蓮じゃない!」


バンッ、とテーブルを叩いた明莉。

だがその大きな音は、俺に冷静を呼び戻してくれた。

ダンサーは自身の体が大切な商売道具だ。頭のてっぺんから手足の指の先まで、全身が。

だから本来ならば、明莉だってその商売道具をこんな風に不必要に傷めることはしないはずだ。

でも今の明莉にはそんな余裕はなさそうで。

この場を設けてくれた時生には申し訳ないが、俺はもう今日はこれ以上の実りは得られないと悟った。

それならばと、最後にするつもりで明莉に言ったのだ。



「―――明莉、お前が俺を好きだっていうその感情は、恋愛とは違う種類のものなんじゃないのか?」

「は?なにを……」

「お前はずっとニューヨークに憧れてたよな。でも自分にはブロードウェイなんて夢のまた夢だとも言っていた。だからお前は、実際にニューヨークにダンス留学の経験があって、向こうのエージェントとも繋がりがある俺に、自分の憧れを重ねて見ていた。そしてそれをいつの間にか恋愛感情だと錯覚していたんだよ」

「そんなことないわ!蓮こそ、私の気持ちを勝手に決めつけないでよ!」

「じゃあ訊くが、俺がファンダックを辞めて、ダンスから完全に身を引いても、まだ俺を追いかけるつもりか?」

「な…」

「おい、蓮?お前何を言い出すんだ?」


時生が明莉の驚きを横取りするように詰問してくる。

明莉は明莉で何を言いだすのかと困惑顔だ。


「答えろよ。俺がダンサーでなくなって、会社員に転職したとしても、変わらずに俺に憧れたりするのか?そんなわけないよな?お前はダンサー北浦 蓮が好きなんだから、ダンスをやめた俺なんかには目もくれないはずだ。お前は俺のためなんかじゃなく、お前自身が叶えられなかったブロードウェイの夢を俺に重ねてるだけなんだよ」

「そ…」


そんなことない

明莉はおそらくそう言い返すつもりだったのだろう。

けれどそれは、可愛らしい侵入者によって阻止されたのだった。



「ブロードウェイ?今、ブロードウェイって言ってたの?」


扉のない出入口からひょこっと顔をのぞかせたのは、幼稚園の制服を着た大和君だった。









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