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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
幸せが隠しきれなくて ー 蓮 side ー
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時生には意図せず琴子さんのことを打ち明ける機会が訪れたものの、明莉の方はそのタイミングを掴みかねていた。

あの夜から仕事以外で会話することも、連絡を取り合うことすらなく、あいつと出会って以来こんなにも話さなかったのははじめてだった。


あいつにきつい言い方をした自覚があった俺は、何度か謝ろうかとも思った。

だがよくよく考えてみると、俺はあいつからちゃんと告白されたわけではないのだ。

だとすると、もしかしたらあいつは今まさに、それについてどうしようかと悩んでる最中かもしれないし、そもそも告白なんてするつもりなかったのかもしれない。

どちらにしろ琴子さんと付き合うことになった俺はあいつの気持ちは受け入れられないわけだが、きちんとした形で白黒決着つけたいのか、それとも流してなかったことにしたいのか、明莉の希望がまったく見えない今は、俺も行動に移せなかった。


向こうから普通に話しかけてくるなり、メッセージを送るなりしてきたら、俺も普通に返せるのに。

だがそうしないということは、明莉の中でこの件はなかったことにするつもりはない、ということだろうか……



「……どうするかな……」


無意識のうちに、ため息混じりのひとり言がこぼれていた。

幸か不幸か、今夏のパレードやショーでは俺と明莉の絡みはなく、仕事に支障はないのだが、こうも不自然に一緒にいないとなるとなんだかおかしな感じだし、周囲だって違和感を持ちはじめるだろう。

あいつがどうしたいのかはわからないままでも、いい加減どうにかしないとな……


時生にでも相談してみようか。

そう思いはじめていたある日、ちょうどその時生から飲みに誘われた。

俺も時生も夜のシフトがない日だったので、俺は一も二もなく頷いた。

行先はいつものダイニングバーに決まり、俺は久々の時生との二人飲みに、ちょっとばかり浮かれていた。

こいつなら、琴子さんのことを存分に惚気られるから。

大和君が夏休みになったら二人でファンダックに俺の出演するパレードを見に来てくれるらしい。

どうせなら時生もシフトに入ってる日の方がいいか、ビールでも飲みながら本人に訊いてやろう。

店の半個室に案内される直前まで、俺はそんな段取りを組み立てる余裕はあったのだ。


ところが、前に琴子さんと大和君が和倉さんと一緒に誕生日パーティーを開いてたその場所には、人待ち顔をした明莉がいたのである。


「明莉……?何でお前がここ……」


ここにいるんだ?と言いかけて、隣の時生を一瞥した。


「……犯人はお前か、時生」

「俺以外ないだろ」


さも当然とばかりに右から左へ流し、時生はさっさと明莉の正面の椅子を引いた。

だが明莉の方は俺と同じく、鉢合わせに困惑してる様子だ。

ということはおそらく、これは時生の計らいなのだろう。

こいつは俺と明莉の不自然さをとっくに察していただろうから。

時生に騙された形なのは癪だが、ここはおとなしく、時生の策に飲み込まれておこうか。

これ幸いとそう思い、俺は時生の隣に腰を下ろしたのだった。



「なんか久しぶりだな」

「そうね……、今期はクルーじゃないしね」

「話の前にとりあえずオーダーだ。明莉もまだだろ?」

「あ、うん……」

「じゃあ話はそれからだ」


どうやら今日は時生が進行役を引き受けてくれるらしい。

俺はどこまでを委ねようか考えつつ、いつものクラフトビールをオーダーした。



「それで、お前達はケンカでもしてるのか?」


オーダーが済むと、間もなく時生が口火を切った。


「ケンカ……ねえ」


言葉を泳がせた俺と、明莉は目を合わせようともしない。


「まあだいたいは想像つくけどな」


時生は呆れ口調で言うと、「明莉。俺には蓮よりもお前の態度の方がおかしく見えるんだが?」冷えた問いかけを放った。


「すぐに元に戻るかと思って放っておけば、一向に変わらないままだ。言っとくけど、お前達の異変は周りもみんな不思議がってるからな。バレてないと思うなよ?」


容赦ない時生の詰問は普段よりも何割り増しか鋭利で、さすがに明莉が気の毒にも思えてしまう。

だが、時生の言うことはどこも正しくて、明莉もそれは自覚してる風だった。


「……悪いとは思ってるわよ」

「だったらこれ以上空気悪くなる前にさっさと仲直りしろ」

「仲直りって……」

「仲直り……」


時生が口にしたやけに可愛らしい言葉に、俺と明莉は揃って反応した。

そして今日はじめて視線が重なると、同時に笑いが漏れだした。


「何がおかしい?」

「いや、お前のクールな表情からそんな可愛い単語が出てくるとはな」


無表情のままムッとする時生に反論すると、明莉も同意とばかりに小さく何度も頷いた。


「なんだ、息が合ってるじゃないか」


時生が俺と明莉を交互に見やり腕を組んで背もたれに体を預けたとき、店員が料理を運んできた。

この店員はファンダックのOBで、俺達とも顔見知りだったので、少しの雑談をしてからさがっていった。

その際、「三人の活躍は聞いてるよ。特にレンはすごい人気だそうじゃないか。頑張れよ」と応援されて、嬉しさの中にも酷くプレッシャーを感じた。

もちろん、先輩には「ありがとうございます」と笑い返したけれど。



「とにかく、何が原因かは訊かないけど、お前達がおかしいと周りも気を遣うんだ。夏はまだペアじゃないからいいけど、今年の秋のテーマを聞いただろ? ”仮面舞踏会” だ。ポジション発表はまだだが、これまで通りならお前達が組む可能性が高い。振付がはじまるまでになんとかしてくれと、他の奴らからクレームが入ったんだよ」


時生は迷惑だと言わんばかりに眉間に皺を走らせると、乾杯もなしにグラスに口を付けた。



「それは悪かったな」


本当にクレームがあったのかはともかく、時生が俺達のためにこの場を設けてくれたのは確かだ。

俺が先に詫びると、明莉もすぐさま「ごめん…」と告げた。


「どうやら迷惑かけたという認識はあるようだな」


時生の呆れ口調はそのままに、やや態度を軟化させた。


「そりゃ、いつもと違うという自覚はあるさ」

「だったら、自分達でなんとかしろ。第三者の介入が必要ならば俺がその役を引き受けるつもりだったが、その様子じゃ、二人で話した方がよさそうだな。俺は他の席を用意してもらうから、終わったら…」

「だめよ、時生もここにいて」


俺と明莉、二人での話し合いを促し席を立とうとした時生を、明莉は強い言葉で止めた。


「明莉?」


その言い方は硬くて、つい今しがた笑みをこぼしたばかりとは思えない。

俺は明莉が切羽詰まってるようにも感じた。

だが時生は俺と違い、情に左右されることなくクールに尋ねた。


「なぜ俺が同席する必要があるんだ?」

「それは……、時生の意見も聞きたいし、場合によっては、時生も無関係な話じゃないからよ」

「俺にも無関係じゃない?どういうことだ?」


一旦は完全に退室する気だっただろう時生も、明莉の思わぬ発言に浮かせていた体を戻した。

明莉は緊張してるのか、飲み物をひと口喉に流し込み、気を取り直すような仕草で胸を上下させた。



「……今私が蓮に対してぎくしゃくしてるのは、この前蓮にハッキリと『お前は妹みたいなものだ』『俺のためにしてるつもりでもそれはよけいなお世話だ』って言われたせいなんだけど……、はじめの方はともかく、あとの方に関しては、ちょっと納得いかなくて……。だから時生にも聞いてほしいの」

「俺にジャッジしろってことか?」

「ジャッジ……そうね、そうかもしれない。でも同じダンサーとして意見を欲しいっていうか……」

「それは構わないが、蓮もそれでいいのか?俺が同席しても」


時生はあくまでも俺と明莉の二人が当事者だというスタンスなのだろうが、俺としてはボールは明莉にあると思っている。

それに、俺の気持ちに関しては時生にすべて打ち明けているので、今更隠したいことなどないのだ。


「もちろんだ」

「わかった。……で?」


俺の了承を聞くや否や、時生は正面の明莉に刺すような眼差しを向ける。

ただ説明を求めただけなのに、こいつは言外に圧をかけるのが天才的なのだ。

それを重々承知してるはずの明莉さえ、わずかにギクリと肩を揺らしていた。



「蓮が………誰と付き合おうと、私にとやかく言う資格がないのはわかってる。これまでだって、蓮に女の人の影があっても私が口出ししたことなんてなかったでしょ?でも、今は……今はだめなのよ」

「なぜだ?」

「時生も知ってるでしょ?蓮とお父さんとの約束」

「ああ、30になるまでに…っていう、あれか?」

「そうよ。蓮はもうすぐ30なの。タイムリミット目前なのよ」

「それがどう関係してるんだ?」


明莉が何を言いだすのか大体の想像はついてたが、時生にとっては寝耳に水だったようだ。









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