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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
おとぎ話の住人にはなれない
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停車したフロート上では、ダンサーたちが何かの装置を触っていて、その間にもBGMがアップテンポな曲にがらりと変わる。

同時に、私達の周りにいた女の子達がいっせいにフロートに近寄っていったのだ。

その傍らではカメラやスマートフォンで撮影している女性も多い。

確かパレードの途中で観客も参加できるプログラムがあったはずだから、それが今から行われるのだろう。

となると当然


「ねえねえ琴ちゃん、みんな前に行ってるよ?ぼくも行きたいよ」


大和がそう言い出すわけで。

けれどもうほとんどアイドルのライブ状態で、女の子達が目当てのダンサー付近を陣取り、互いを牽制しあっているような感じなのだ。

そんな中に大和を連れて混ざるのは危険な予感がした。

見ると、フロートの近くには大和と同じ年頃の子供もいないわけではなかったが、大人の女性達に囲まれて、少々戸惑っている様子がうかがえる。


「琴ちゃん、おろして。ぼくも前に行きたい!」


返事に迷ってると、大和は私の肩をトントン叩いて訴えてきた。

突いたり叩いたり、大和の感情と手先は常にリンクしていて。

そういう無邪気なオーバーアクションも可愛いところなのだけど。


「じゃあ、絶対に私の手を離さないって約束できる?」

「うん!」

「本当ね?だったらいいけど……」


渋々ながらゆっくりおろすと、大和はちっちゃな手を私の指先に絡ませてきた。


「ほら早く行こうよ、琴ちゃん」

「はいはい。危ないから走らないでね」


私がそう注意した時だった。


ドンッ!

という大きな音がスピーカーから鳴ったと思えば、それを合図に、フロートからはシャボン玉が四方に舞い上がったのだ。

観客からは割れんばかりの大歓声に次ぐ大歓声。


「琴ちゃん、なにか降ってきたよ?あ!シャボン玉だ!」


大和もテンションが上がりまくっていて、私の手を繋いだままぴょんぴょん飛び跳ねる。

すると、そんなうさぎのような動きはフラッフィーに似ていたからか、フロートの上からフラッフィーが大和を指差して手を振ってくれたのだ。


「琴ちゃん!フラッフィーがぼくに手を振ってくれたよ!」

「うん、見てたよ。よかったね」

「ファンディーもいいけど、フラッフィーもかわいいね」


ファンディーが一番なのは変わりないようだが、突如第二位に急浮上したフラッフィー。

大和は周りの大人達にも負けないくらいに背伸びしてジャンプして、懸命にフラッフィーに手を振り返していた。

ダンサーたちはシャボン玉を降らせる装置をくるくる回し、方々に放出させている。

それをリクエストする観客の声もどんどん高まっていって。


「レン!こっちに投げて!」

「トキオ!トキオ!」

「レン君、私にちょうだい!」

「アカリちゃーん!」


まさにヒートアップとはこのことで、彼女たちの一部は、自分の目当てのダンサー以外は目に入っていないようだ。

その盲目過ぎる熱狂に、私は危機感を覚えた。


「大和、危ないからちょっと後ろにさがろうか」


大勢の歓声にかき消されないように、屈んで大和の耳元近くで話しかけた時、フロートの上のダンサーが手を止めてこちらを見ているのが視界の端に映っていた。

何事だろう?

不思議に思った直後、どよめきと共に、私達の背後から人が押し寄せてきたのだった。



それは一瞬の出来事で、私は頭で考えるよりも本能的に反応していた。

咄嗟に大和に覆い被さったのだ。

守りたい一心で。


冷静な判断ができていたなら、もしかしたら大和を引きずってでもその場から逃げていたかもしれない。

けれど私は大和さえ無事ならそれでいい、その思いが真っ先にあったのだ。


「痛っ!」

「ちょっと押さないで!」

「危ないっ!」


色んな悲鳴がけたたましく私に襲いかかってきた。

途中からは首の後ろやこめかみに衝撃があって、だけど私はその痛みが大和には向かわないようにと、抱きしめる腕に力をこめた。

地面に擦りつけている両膝はジンジンと熱くなっている。

耳元では金属同士がぶつかるような音がした。

おそらく後ろから圧し掛かった人のバッグの金具だろう。

そう思った後には、頬を線で過るような痛みを覚えた。

やがてじんわりと熱を帯びていくそれは、出血の感覚だ。


………いったい、どれくらいこうしていればいいのだろう?

ただじっと大和を抱え込んでその場に丸くなっていた私は、背中に感じる重みに恐怖心と不快感しかなかった。

けれど次第にその重みは軽減していく。

ああ、助かった……そう感じた瞬間、


「大丈夫ですか?!」

「お怪我はありませんか?」

「すぐに車椅子の手配を!」


そんな質問攻めを浴びたかと思えば、物凄い力強さで私の腕が引き上げられた。

途端に視界は開け、一番最初に目に入ったのは、不安そうに私を見上げる大和だった。


「琴ちゃん……」

「大和、大和大丈夫?どこか痛いところはある?」


私は抱えられた腕を振り払い大和を抱きしめようとするも、


「――っ!」


膝の痛みが想像していた以上に大きく、そのまま姿勢を崩してしまった。


「大丈夫ですか?」


即座に腕を抱え直される。

大和にしか目が行ってなかったけど、私を支えてくれているのはパレードの案内をしていた女性スタッフだった。

周りを見回すと、押し合いになって揉みくちゃになった観客が大勢いたようだ。

けれど私のように屈んでいたところに背後から圧しかかられた者はいないようにも見えた。


「……私は大丈夫です。ちょっと膝を打っちゃっただけで……」

「ですが頬にも傷が。今車椅子が来ますから、すぐに医務室にご案内いたします」

「いえ、本当に平気です。あまり大げさにすると、この子がびっくりしてしまいますから…」


すると、私とスタッフの話を聞いていた大和がとうとう泣き出してしまった。


「琴ちゃん、けがしちゃったの?いたいの?あるけないの?」

「大丈夫だよ、大和。ちょっと休憩したらすぐにまた歩けるから。ね?だから心配しなくていいよ?」


慌てず焦らず、いつもの調子で笑いかけたつもりだけど、母親業の経験不足は否めない。

声が上擦ってしまい、それが大和にも伝わったのだろう、さらに大粒の涙があふれてくる。


「大和、大丈夫だよ?びっくりしちゃったんだね?心配してくれてありがとうね」


スタッフに支えられながら、右手で大和の頭を撫でてやる。

それでも大和は泣き止まず、周りからはかなりの注目を浴びていた。

それでも、大和も含めて、私以外には怪我人はいないようなのがせめてもの救いだった。

あんな人込みでしゃがんでいた私もいけなかった。

反省を胸に、大和の頭を撫でていた手を目元に移動させ親指で涙を拭うと、ちょうど車椅子が運ばれてきた。

大げさなのは遠慮したかったけれど、一旦静かなところで大和を落ち着かせてやりたい。

私はスタッフの配慮に甘えさせてもらうことにした。


「こちらへどうぞお座りください。大和君、でいいのかしら?大和君も一緒に行こうね。あ、今日お誕生日なんだね?」


女性スタッフがにこやかに話しかけてくれたのに、大和はまったく泣き止まない。

けれどその大和が、次に呼びかけられた声にはピタリと涙を引っ込めたのだ。



「きみは大和君というのかい?」



それは、さっきまでフラッフィーと共にフロートの上でたくさんの歓声を受けていた騎士の一人だった。











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