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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
恋をはじめてほしい理由
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「大和、もしお母さんが生きてたら、蓮君とは出会ってないかもしれないわ。だって大和のお母さんは運動神経がとってもよかったから、もしパレードで後ろから人に押されたとしても、きっとこけたりしなかったと思うもの。私みたいにね。でもあの時ケガをしなかったら、こうして蓮君とも仲良くなるきっかけはなかったでしょう?」


これは前々から考えていたことだった。

大和と暮らしはじめてから、こんな時理恵だったらどうするだろう?理恵だったらどうだったかな?そんなことが頭を過るのは日常茶飯事だったからだ。

だからあのパレードのあとも、理恵だったらひょいっと大和を抱えてハプニングを回避できていたかもしれないなと、自分の鈍い反射神経をこっそり反省したりしてたのである。


すると、大和もおおいに納得した様子で頷いた。


「そうだね。お母さんがケガしてるの、見たことないもんね」


そうあっさりと納得されるのも微妙に恥ずかしかったりするが、でもあのケガがなければ蓮君とは知り合えていなかったのだ。

ちらりと彼を見やると、目尻と口角で笑みを返されてしまった。


「へえ、大和君のお母さんはそんなに運動ができたのかい?」

「うん。お母さんは走るのもはやかったよ」

「そっか。だったら、もしかしたら、蓮君のお母さんが、僕と大和君と琴ちゃん(・・・・)を会わせてくれたのかもしれないね」

「え……?」


大和は目をまん丸くさせた。


「お母さんが?でも、お母さんは死んじゃったんだよ?」

「そうだね」

「死んじゃったら……人は、いなくなるんじゃないの?いなくなったお母さんが、どうしてぼくと琴ちゃんとレンお兄ちゃんをあわせることができるの?」


さっきまでより、少し早口になっている。

それだけ興味と興奮が湧いてきたのだろう。

私は、蓮君から一度預かったバトンを早々に手放すことにした。



「うん、確かに大和君が言うように、人は死んだら姿は見えなくなるね。大和君のお母さんも、僕達には見えない。死んだあとのことは、死んだ人にしかわからないわけだから、大和君のお母さんが今どこにいるのかは誰にもわからない。でもね―――」


蓮君は言葉を置き、人差し指をとんとんとん、と大和の胸に当てた。


「ここに、お母さんはずっといるよ?それに………ほら、あそこにもいる」


次に蓮君が指で示したのは、テレビボードの上の理恵の写真だった。


「あれは、お母さんの写真だよ?」

「うん、そうだね。大和君のお母さんを知らない人にとったら、ただの写真だ。でも、大和君や琴ちゃんみたいに、お母さんを知ってる人にとったら、あの写真は、大切な大和君のお母さんとの思い出で、その思い出の中に、お母さんはちゃんといる(・・)んだよ」

「見えないのに?」

「うん。見えるだけが、いる(・・)ってことじゃないんだよ?そうだな………例えば、ファンダックだって、夜になったら終わりの時間がくるのは、知ってるかな?」

「うん、しってるよ」

「終わりがくるっていうのは、人間とも同じだよね。ファンダックの場合は、終わりのことを閉園時間って言うんだ。でも、閉園時間になっても、ファンダックはなくなるわけじゃないだろう?ファンダックからお家に帰って、ファンダックやファンディーのことが見えなくなったとしても、ファンダックがなくなったわけじゃない。大和君の思い出の中にもファンダックはずっといる(・・)。それと同じようなことじゃないかな。大和君のお母さんは、命の閉園時間になったけど、決していなくなったわけじゃないんだ」



蓮君は大和にも理解できるよう、易しい例えで説明してくれたのだろうけど、迂闊にも、私がの方がその例えに胸を打たれてしまったのだった。



理恵の人生は閉園時間を迎えてしまったけれど、いなくなったわけじゃない。


頭で反芻した言葉に込み上げてくるものがあった私は、けれどやっぱりなるべくなら、大和の前で涙を見せるのは避けたくて、それをやり過ごすためにふいっと視線を巡らせてみた。

そして大和がファンディーのぬいぐるみを玄関に置き去りにしてきたことを気付くと、静かに立ち上がった。


「そっかあ、お母さんは目にみえないけど、いなくなったんじゃないんだ………琴ちゃん、どこいくの?」

「大和が忘れてきたファンディーのお迎えよ」

「あ、ぼくおいてきちゃった…」


手のひらを口に当てる仕草も可愛らしい。

私はフフッと笑ってしまった。


「私が連れて来てあげる」

「ありがとう、琴ちゃん」



扉を開けば数歩で玄関だ。

そこでくたっと寝そべっているファンディーを抱き上げ、リビングに戻った。


大和は蓮君とにこやかに話していて、その頬には涙の跡さえ見当たらない。

結果的に今日ここに蓮君を呼んだのは、私ではなく大和だったのだろう。

そしてその大本である蓮君との出会いは、ひょっとしたら本当に、彼の言った通り、理恵のおかげなのかもしれない。

蓮君と知り会ってからの大和はとても楽しそうだし、今日だって蓮君が来てくれなかったら大和は今もまだ泣き叫んでいたかもしれないだろう。


私ひとりじゃ心細いからと、理恵が大和のために蓮君と出会わせてくれたのかな……

そんな想像は自分の力不足が前提のようで心苦しいけれど、園の職員がよく仕事と実際の子育ては全然違うと言っていたのを思い出した。

子供を産んだ経験がない私にとっては、わかるようなわからないような感覚で聞いていた半分愚痴のようなおしゃべりが、今はなんだか身近に感じられて嬉しかった。


大和はファンディーを片腕で抱え、もう片方の腕ではしっかと蓮君の手を握り締めている。

そして「ねえねえレンお兄ちゃん」と、握った腕を揺さぶった。


「なんだい?」

「あえなくなってもいなくなるわけじゃないなら、レンお兄ちゃんも、ブロードウェイに行っちゃってあえなくなっても、いなくなるわけじゃないの?」

「え?ブロードウェイって……」


蓮君は訝しむように眉を動かしてから、「…琴子さん?」とこちらを窺ってくる。


「……この前、テレビでブロードウェイミュージカルの特集をやってて、大和から色々訊かれたのよ。その時に、レンお兄ちゃんはニューヨークに住んでたこともあるし、ダンスも上手だから、いつかブロードウェイに行くかもしれないねと話してたの。たぶん、大和はそのことを…」

「レンお兄ちゃん、いつブロードウェイに行っちゃうの?ぼく、レンお兄ちゃんとあえなくなるのは、かなしいや……」

「でも大和、レンお兄ちゃんはお母さんと違って生きてるから、どんなに離れていたって会おうと思えば会えるのよ?」

「ブロードウェイに行っちゃっても?」

「もちろん。ニューヨークは遠いところだけど、飛行機を使えば、」

「ちょっと待って!ちょっと待ってください!」


急に声を張り上げた蓮君が、私と大和両方をきょろきょろと見まわした。



「俺、ブロードウェイになんて行きませんよ?前にもそう言いましたよね?」

「え、レンお兄ちゃん、それほんと?」

「本当だよ。そりゃ、勉強のために旅行で行ったりはするかもしれないけど、そんなのすぐ帰ってくるよ。大和君のところに」

「ほんとにほんと?あえなくならない?」

「もちろん。あ、だったら、大和君も一緒にブロードウェイ行くかい?僕はよく知ってる街だから、案内してあげるよ」

「うん!行く!行きたい!琴ちゃんもいっしょだよね?」

「もちろんだよ」

「いつ行くの?」

「そうだなあ、今年の夏休みはもうシフト組んだから……冬休みはどうかな?クリスマスかお正月は?」

「わあい!ブロードウェイもクリスマスとお正月、ある?」

「もちろん。特にクリスマスのニューヨークは楽しいから、一緒に行こう!」

「うん!行く!」

「ちょ、ちょっと待って!」



とどまることのない会話に、今度は私が慌ててストップかける番だった。












誤字報告いただきありがとうございました。

訂正いたしました。

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