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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
恋をはじめてほしい理由
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「……じゃあ、お母さんは天国に行ったの?」

「それもわからないな。だって僕も死んだことはないからね。死んだ人がどこに行くのかなんて、全然わからないよ。天国があるのかどうかも、本当は誰もわからないんだよ?」

「そうなの……?」

「うん。でもね、死んだ後の世界では、平和に過ごしてほしい、楽しく暮らしてほしいな……そう思う人が多いから、きっと、天国って場所があるんだろうね」

「……どういうこと?」


大和は不思議そうに首を傾げた。


「ごめん、ちょっとややこしいい話をしちゃったかな。でもとにかく、もしまた誰かから今みたいなことを言われたら、”死んだこともないのにどうして死んだ後のことがわかるの?” って言い返してやればいいよ。それでも何か嫌なこと言ってくるようなら、その子は嘘つきだよ。だって死んだ後の世界に行ったこともないのに、知ってるように言ってくるんだから。そんな嘘つきの言ってることなんて、無視したらいいんだよ」

「むしって?」

「その子が何を言っても聞こえないふりをすることだよ」

「ぼく、できるかな……」

「もし無理なら、すぐに琴ちゃん(・・・・)のところに行ったらいい。琴ちゃんは絶対に大和君を嫌な人から守ってくれるから」


言われるままに私を振り向いた大和と目が合い、にこりと笑顔を返した。


「そうよ、大和。もし、また誰かに嫌なこと言われたら、すぐに私に教えてね?」

「でも……琴ちゃんは、幼稚園の先生だから、告げ口になっちゃうよ……」


大和がはじめは口を割らなかったのはこのせいかと察した。

幼いながらに、色々と思って、頭を悩ませて、選択していたのだと、思い知らされる。

それはいじらしいけれど、保護者の私がしっかり見ていなければとの思いも増すばかりで。


「大和。私は確かに幼稚園の先生だけど、大和のお母さん代わりでもあるでしょう?幼稚園の先生と大和のお母さん代わり、大きいのは大和のお母さん代わりの方よ」

「ほんと?」

「うん」

「そっかあ……。じゃあ、琴ちゃんにきいてもいい?」

「何?」

「ぼくに嫌なこと言ったお兄ちゃんは、ぼくは、もうお母さんに会えないんだって言ったんだ。ぜったいに、会えない…って。でも、琴ちゃんは、ぼくがいい子、してたら、いつか、会える……って…言って、て……」


感情がまたもや押し寄せてきたのだろう、大和の涙腺が、じわりじわりとゆるんでくる。

私は大和を体ごと反転させ、その両手を握り締めた。


「うん、確かにそう言ったわね」


私だけではなく、大和のまわりにいた大人達は誰もがよく口にしていたセリフだ。

理恵本人の希望で葬儀は密葬だったこともあり、それほど多くの人間が母親について大和と話す機会はなかったものの、私の両親や幼稚園の職員、理恵が18までお世話になっていた施設の関係者、大和に会う人会う人が皆同じことを言っていたらしい。

皆思うことは同じだったのだ。


「でも、死んだあとのこと、知ってる人、いないなら、……ぼく、と、お母さんが、また会える…か、知ってる人、いないんじゃ、ないの?」


グズッと涙の音をさせながら、大和は懸命に考えたのだろう。

幼いからと侮ることはできない。

私は握っていた手をきつくして、二、三度揺らした。


「うん、それはそうかもしれないね。でもね、大和にそう言ったのは、私だけじゃなかったでしょう?園長先生も、秋山のおじいちゃんやおばあちゃんも、幼稚園の先生達も、みんなが言ってたでしょう?」

「うん……」

「もちろんみんなまだ死んでない、生きてる人達ばかりだよ?だからみんなも死んだ後のことなんか知らないはず。じゃあなんでみんなが同じことを大和に言ったのかっていうと、みんなが、大和がいい子にしてたら、いつか大和とお母さんが会えるかもしれない…て思ったからじゃないかな」


私もそう思ったんだよと、大和の双方の瞳をしっかり見つめて伝える。

亡き親友によく似た眼差しが、涙に濡れながらも私をまっすぐに受け入れていた。


「大和とお母さんがいつか会えたらいいなって、大和のお母さんは……理恵は、死んじゃったけど、いつか、またどこかで会えたら……って、きっと、いつか会えるからって………」


1mmたりとも逸らさない、そのつもりで大和に語りかけていた私だったけれど、理恵の面差しを大和に重ねてしまい、胸がいっぱいになってしまった。



「琴ちゃんも、泣いてるの……?」

「……っ、ごめん……」


大和に指摘され、思わず目を離した。

大和の保護者としてしっかりしなきゃと決意したばかりなのに、己の感情が先に出てしまうなんて……

情けなさで唇を噛んでいると、蓮君の大きな手のひらが私の背中にまで伸ばされてくる。


「琴子さんも、大和君と一緒に泣いたらいかがですか?」


優しく言われて、私はすぐに首を横に振った。


「でも……」


蓮君は何か言いかけて、けれどすぐその言葉は大和に行先を変える。


「……大和君、大和君のお母さんと琴ちゃん(・・・・)は、とても仲良しだったんだろう?だから、大和君のお母さんが死んでしまって、琴ちゃんもとても悲しいんだよ。だけど、琴ちゃんは大和君のお母さん代わりだから、自分が悲しんでたら大和君が元気にならないと思ってるんじゃないかな」

「そう、なの……?」


ズズッ、ヒクッと、肩を上下させる大和が、私に心配げに問いかけた。

小さな手を、きゅっと握り返しながら。

それだけで、私をたまらなくさせる。

私はその小さな手を静かに離し、今にも溢れそうになっていた自分の雫を拭った。



「私は……私は、大丈夫よ。だって、大和がいるから」

「ほんと?琴ちゃん、お母さんに会えなく、ても、だいじょうぶ?」

「悲しくて、大丈夫じゃない時もあるよ?だけど、さっき言ったみたいに、いつか、理恵と…大和のお母さんと、また会えるかもしれないって思ってるから。その時までずっと泣いてたりしたら、次に会った時に大和のお母さんに怒られるかもしれないなって……。だから、大丈夫。時々、悲しくて泣いちゃったりするけど、大丈夫だよ」


汗に湿る大和の髪を額からはがしながら言った。

嘘でも強がりでもなく、本心だ。

髪に触れていた指を大和の目尻に持っていくと、指先が湿る感覚があった。

同じ涙なのに、私のよりも大和の方が一滴が小さくも感じてしまう。

それほどに、守ってやらねばならない存在なのだ。


すると大和はズッッ…とひと際大きく鼻をすすっった。



「じゃあぼくも、泣かない。泣かないで、いい子にしてるよ。ほんとにいい子にしてたら、お母さんにまた……また会える?」

「もちろんよ」

「ああ。きっと会えるよ」

「だけど泣きたいのを我慢することないのよ?」

「そうだよ。泣きたかったらいっぱい泣いていいんだからね」


私の返事に蓮君も重ねてくれて。

それがずいぶん頼もしく思えた。

けれど大和の不安はまだ払拭できなかったようで、「でも…」と俯いてしまう。


「でも、お母さんは、いなくなっちゃったんだよね……?」


ぼそぼそと、ため息のように吐き出した大和。

気持の振り子が激しく振れて、一進一退しているのだ。


「大和…」

「死んじゃうって、ことは、いなくなっちゃった…ってこと、なんだよね?どうして、お母さんは死んじゃったの?琴ちゃんや、レンお兄ちゃんも、死んじゃうの?いなく、なっちゃうの……?」


大和はぎゅっと目を瞑って。


「そんなの、いやだよお……っ」


たまらず、私は大和を抱きしめていた。


「大和、大和、私はずっと大和と一緒にいるって言ったでしょ?ここにいるよ。ずっと大和と一緒だよ」

「でも、お母さん、みたいに、琴ちゃん、死んじゃ……ない?」

「大和…」


心臓を鷲掴みにされたような息苦しさに襲われる。

体を離すと、心細さを絵に描いた表情の大和と目が合った。

”私は死んだりしないよ” そのひと言で目の前の大和が安心できるなら、容易いことだ。

けれどそれは、一時的なその場しのぎなのかもしれない。

僅かに逡巡が生まれると、その狭間に、蓮君が自然と入り込んできた。

「大和君?」と、意識を自分に向けさせたのだ。

大和は素直に従い、蓮君にもその不安顔を見せた。









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