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大急ぎで食事を終え、テラス席を後にした私は、絶対に一人で走り出さないことを再度約束させ、大和の手をしっかり握ってパレードの場所取りに参戦した。
レジャーシートでの場所取りを禁止しているエリアだったので、私は大和を前に立たせ、その体を抱き込むように囲って、パレード待ちの最後列に収まった。
すでにパレードはスタートしているらしく、遠くからはうっすらと賑やかな音楽が聞こえていた。
「ぼく、ドキドキしてきちゃった」
私を振り仰いで高揚感たっぷりにはしゃぐ大和は、とても可愛らしかった。
けれど私達の前には子供だけでなく大人もたくさん立ち並んでいて、このままではとても大和がショーを観賞できそうにはない。
「パレードが前を通る時は、抱っこしてあげるからね」
そう言うと、大和は嬉しそうに「やったぁ!」とジャンプした。
するとその姿を見かけた近くの女性達から、笑い声が向けられたのだ。
「かわいい――」
「ちっちゃなジャンプ、めっちゃ可愛い」
学生だろうか、数名の若い女性が大和のことを口々に ”可愛い” とほめてくれたのだ。
私は素直に嬉しいと思ったが、同時に、なんだかこのエリアには女性ばかりが集まっているようにも思えて、辺りを見まわした。
……やはり、気のせいではないようだ。
この位置でショーを行うフラッフィーといううさぎのキャラクターも人気ではあるが、ここまで女性に突出した人気にも思えない。
そんな不思議は解けないまま、やがてパレードの音楽が大きくなってくる。
「大和、抱っこする?」
「うん!」
5歳にしては小柄な体は、抱き上げてもちっとも苦にならない。
けれど、160cm弱の私の身長では、大和の納得いく高さには届かなかった。
「琴ちゃん、見えないよ」
「まだパレードが遠いからじゃない?近くまで来たらきっと見えるよ」
165cmほどあった大和の母親なら、もっと高く抱きかかえられたのだろうけど……
残念ながら魔法にでもかからない限り急に身長を伸ばすことはできず、私は大和に安易な慰めを返すしかなかった。
「そうかなあ?だけどいちばん前の車のてっぺんは見えてきてるよ?」
「え?そうなの?」
「うん。………あ!いちばん前はファンディーだっ!琴ちゃん、ファンディーのお耳が見えるよ!」
言うや否や、大和は私の肩に両手をついて、全体重をかけてきた。
「大和、ちょっ、痛いよ……」
いくら軽くても、急に一点に全体重をかけられてしまえばかなりの負荷がかかるのだ。
しかも大和の親指は私の首にもかかっていて、かろうじて急所は外れているものの、痛いものは痛かった。
けれど大好きなファンディーが目前に迫っているとなれば、大和の意識は私のクレームなど拾いはしない。
「ファンディー!ファンディ―――っ!!」
可愛らしい歓声が頭に勢いよく降ってくる。
パレードの音楽もどんどん大きくなってきて、周りからも大和に負けない声が飛び交っていた。
すると私の目でも先頭のフロートを確認できるようになり、そこには確かにパークの人気者ファンディーの姿があった。
焦げ茶色の体に赤い蝶ネクタイを着けていて、おしゃれ仕様である。
左右両側の観客に手を振って挨拶しながら、時折、音楽に合わせて踊ったりして。
その振りの一つなのだろうか、大きな顔にちょこんとくっついてる耳がふるふる揺れている。
そしてその度に私の周りからは歓声があがるのだ。
もちろん、頭上からもより一層の興奮が落ちてくる。
「琴ちゃん、ファンディーのお耳が動いたよ!」
もっとよく見ようとして、大和はぐっと腕を伸ばして目一杯顎を持ち上げた。
「そうだね、可愛いね……」
ファンディーもファンディーに夢中の大和も可愛いが、私の両肩と首は非常に痛い。
が、大和の楽し気な声のスコールを浴びていると、不思議と痛みが半減してしまう。
そういえば、亡き親友はこの現象を ”子育てイリュージョン” と呼んでいた気がする。
子育てイリュージョン……確かに絶妙に当てはまってるようにも思えるけど、私は、むしろ……
「あ―――、ファンディーがもう行っちゃう……」
興奮しきりだった大和がわかりやすくパワーダウンした。
「ここはファンディーが停まる場所じゃないから、仕方ないよ。でも、もうすぐフラッフィーが見えてくるんじゃないかな?」
事前情報によると、フラッフィーはパレードの中盤辺りだったはずだ。
大和はパレード進行方向を見つめてファンディーを名残惜しそうに見送っていたが、次々とやって来るフロートやパークのキャラクター達にも、それなりの歓声を送っていた。
そしてとうとうフラッフィーが姿を現した。
「あ、フラッフィーだ!」
大和の声が再び弾んだが、その瞬間、周りにいた観客からもひと際の大歓声が爆発したのである。
ところが、彼女達が各々叫ぶ名前は ”フラッフィー” ではなかったのだ。
「レン――――!」
「こっち向いて!トキオ!」
「レン君が手を振ってくれた!」
「アカリちゃーん!今日もかっこ可愛いよ!」
「レン君、王子様みたい!」
方々から放たれる歓声に耳を傾けると、どうやらそれらは、フラッフィーとフロートに同乗しているダンサー達に向けられたもののようだった。
フラッフィーを中央に置き、左右両サイドに二名ずつ、騎士のような衣装をまとったダンサーがスマートに並んでいた。
フラッフィーの衣装がお姫様風なので、おそらくその護衛といったキャスティングだろうか。
騎士の衣装といっても鎧兜などの戦闘用ではなく、よく映画やドラマで見かける西洋の舞踏会シーンに登場するような、貴族的で優美な装いである。
その姿はまるで王子様のようで、女性達の興味をひくのもおおいに納得できた。
そして、私達のいる右側ポジションの長身の男性ダンサーのうち一人が、この中でも最も歓声を集めている ”レン” と呼ばれているダンサーなのだとすぐにわかった。
彼が手を振る度、ダンスの振りで観客を指差す度、絶叫のような声が湧き上がるのだから。
遠目なのではっきりとは見えないけれど、ブラウンの長めの前髪をふわりと立ち上げていて、とても華やかな雰囲気の持ち主である。柔和ではあるがスッと凛々しい姿勢の佇まいは本物のロイヤルにさえ見えてくる。
もう一人のダンサーも背が高くスタイルもいい。こちらは華やかというよりもクールで理知的な印象だ。一つ一つの仕草に無駄がない、そんなダンサーに感じた。
反対側にもやはり背の高い男性ダンサーが確認できるが、もう一名は女性ダンサーのようにも見えた。
他の三名よりもやや小柄な体躯なれど、女騎士としての風格をこれでもかと靡かせていて、私は彼女が ”アカリちゃん” だと思った。
彼女とペアの男性ダンサーは、ちょうどフラッフィーの陰になってしまって背丈以外は詳しく見えない。
だがフロートがぴたりと停車すると、周りの観客達の盛り上がりは最高潮にまで昇りつめたようだった。