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《……琴子さんが、俺を救ってくれたからですよ》
スマホ越しなのにその返事は、どうしてだか蓮君がすぐ目の前にいて、いつもみたいに優しく穏やかに笑いかけてくれてるような錯覚を与えてきた。
蓮君の気持ちには応えられないと告げた私を、彼はなかなか受け入れてはくれなかった。
それどころか次々に繰り出される言葉には押されっぱなしで、私はついに自身の体のことも持ち出したほどだ。
だけど、それだって彼を納得させるだけの理由にはならなかった。
蓮君にやや強引な面があることも知ってはいた。それでもここまでとは思ってもいなかった。
あくまでも告白してくれたのは蓮君で、私は告白された側。だから主たる軸は私が握っているのだと勝手に思い込んでいたのだ。
なのに私の主張は見事に弾かれて跳ね返されて。
どこまでも私を諦めようとはしない蓮君に、ついには私の心にも迷いが生じてきて……
とどめは、蓮君の鋭い指摘だった。
――――琴子さん、そろそろ気付いてください。さっきから琴子さんは、俺と結婚する未来のことばかり話してるんですよ?――――
そんなつもりはなかった。
けれど心の奥底では、蓮君に傾いてる気持ちを自分で窘めるために自分自身で言い訳を重ねていたのかもしれない。
それを当の蓮君に指摘されたりしたものだから、とたんに反論武装が解かれてしまった。
見抜かれていた恥ずかしさと、どんなにネガティブな言葉を紡いでもこの人の前には無効化されていくのだろうか…という諦観を抱えながら。
―――琴子さん。本当は直接会って顔を見て伝えたいところですけど……
―――あなたが好きです――――
二度目の告白の言葉が鼓膜に届いた時、私の中では確かに何かが響き渡った。
蓮君と出会ってからずっと抑えていた感情がじわじわと滲み出てくるように、擦れ擦れのところで保っていた理性がもう限界だと訴えてくるように、私の ”想い” が行先を求めてしまったのだ。
「どうして、そこまで………想ってくれるの?」
喉から絞り出した声は、ひどく掠れていた。
電話の向こうの蓮君に届いたのかさえも不確かなほどだ。
けれどその心配は杞憂だったようで、蓮君はわずかな間ののち、穏やかに答えてくれたのである。
私が、蓮君を救ったからだと。
「私が……?どういうこと?」
口を突いて出たのは、今の今まで恋愛事で張り詰めた押し問答をしていたとは思えないほど、間の抜けた声音だった。
けれどそれも仕方ないと思う。だって出会ってから今まで、蓮君に助けてもらったことは何度もあったけど、その逆はまったく覚えがないのだから。
蓮君は私の妙に気の抜けた問いかけを笑うでもなく、静穏の夜の中、彼の抱えていたものをそっと教えてくれたのである。
《俺は幸せなことに、何年もの間ダンサーとしてファンダックで働かせてもらってます。ファンの方にもたくさん応援していただいて、そのおかげで会社とも正規雇用契約を結ばせてもらってます。これは毎年契約更新の必要がある演者が多い中では、恵まれてる方だと思います。自分で言うのもおこがましいですが、それなりに……人気もあると、自負してます》
謙虚な性格の蓮君は控えめな言い方をしたけど、あの日のパレードの光景を見た限りでは、ちっとも ”それなりに” なんかではないと思う。
あの熱狂ぶりは相当なもので、フロートには他にも時生君や明莉さんといったダンサーも同乗していたものの、私の感覚では、歓声をあげていた観客の半分以上は蓮君の名前を叫んでいた気がする。
あの日だけじゃなく、後日大和と三人でファンダックを訪れた際も、やはりちらちらとすれ違いざまに注目を浴びることもあったし、時生君や明莉さんが合流した時もかなりの人が集まってしまった。
それに聞くところによると、私が怪我をしてしまったせいで、あの日から蓮君はパレードへの参加を見送っているらしい。
つまりそれほどに、彼の人気は凄まじいということだ。
それは疑う余地はなく、大袈裟な話でもなく。
「すごく人気があると思う」
私の訂正に、蓮君は《……ありがとうございます》と短く返した。
ふわりと微笑んだ気配もした。
《……でもその人気を単純に喜んでいられたのは途中までで、どんどん人気が大きくなってくると自分でも想像できなかったほどファンが増えていって、そのファンの人達の熱があまりにも激しくなっていって、琴子さんに怪我をさせてしまった時みたいに、周りにも迷惑がかかったり悪い影響が出てくるようになったんです。いくら俺達の仕事が人気商売だからといっても、通常運営や日常生活がままならないとなると考えもので、会社側も俺も頭を悩ませるようになっていきました。そうこうしてるうちに、ネットやファンレター、ファンメールの内容が、俺のダンスや演者としてのパフォーマンスへの反応ではなくて、外見を褒めるものばかりのような気がしてきたんです。かっこいいとか、イケメンとか、他には…付き合いたい、彼女いるのかな、この前どこどこで見かけた、そんなプライベートなことまで取り上げられるようになっていったんです》
「それは……まるで芸能人みたいね」
あのパレードの観客を思い返すと、単なる芸能人ではなく、スターと言った方が正しいかもしれない。
たくさんの女性を虜にし、その姿を画像におさめたいと思わせる、飛び抜けた魅力の持ち主。
だけどそのせいで苦労もあったようで、私の相槌は感嘆と同情が混ざったものになっていた。
《そうですね……。確かにダンサーは芸能人とも言えますから。俺も時々テレビに出させてもらってましたし、今もCMに出演しています。だからある程度は受け入れなきゃいけないと思ってました。でも俺の外見やプライベートなことばかりが話題になってるような気がして……実際はそんなこともないんですけど、ちゃんとダンスを評価してくれるファンもいるのはわかってたんですけど……結構気持ち的に落ち気味だったりして、自分の人気は顔のおかげなんだと悩むようになっていたんです。悩みだしたら、ファンやお客様の前でパフォーマンスする時でさえも、以前のようにダンスを楽しめなくなっていきました。あの日、琴子さんとはじめて会ったパレードでも、観客に笑顔で手を振りながらも内心では全然楽しめてなくて、気が滅入っていたほどなんです……》
蓮君の吐露はまるで懺悔にも聞こえてきて、私の胸をぎゅっと締めてくるようだった。
誤字報告いただきありがとうございました。




