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自分でも強引だという自覚はあった。
それでも、あのダイニングバーで再会できたのはものすごい偶然だと思って、もうここでこの人との繋がりを持たなかったら絶対に後悔すると焦燥感さえ覚えたんだ。
だから連絡先の交換も、大和君のお誕生日をファンダックで祝うのも、俺なりに必死だった。
そして掴んだ絶好の機会を無駄にはしたくないと、俺は熟知してるファンダック内のあれこれを何度も復習するほど、三人で会うのを楽しみにしていたのだ。
なのに……
……なんでこいつらがここにいるんだ?
目つきが尖ってしまいそうになり、琴子さんの手前、慌てて控えた。
だが俺がそう訝しむのも仕方ない。俺と琴子さん、そして大和君の三人で過ごしていたファンダックにて、時生と明莉が乱入してきたのだから。
明莉は偶然を装ってるが、そんな偶然あるだろうか?
怪しんだ俺は手洗いに立ち、明莉がついてくるのを待ち構えて問いただすと、案の定、偶然なんかではなかった。
「秋山さん本人から聞いたのよ」
しれっと打ち明けた明莉に、俺は愕然とした。
いったいいつの間に二人で連絡を取り合う仲になっていたんだ?と。
だがそれは多少誤解もあって、聞くところによると、琴子さんと明莉のやり取りは一度きりだったらしい。
その一度の電話で俺と琴子さんが一緒にファンダックに行く予定だと知ると、時生に情報と共犯役を求め、二人してその日付を推理したのだという。
そして、推理は見事的中したわけだ。
俺は明莉にそんな隠れてコソコソ調べるような真似するなと説教し、琴子さんと大和君の待つベンチに戻った。
すると、琴子さんが時生に対して俺もあまり見たことがないような笑顔を向けていたのである。
「―――っ!」
俺は酷く動揺した。
だって、時生の方もめったに見せない穏やかな笑い顔だったのだから。
二人はやけに親しげなオーラが出ていて、一緒に戻った明莉も口をぽかんと開いて二人に驚いていた。
「時生君…?急にずいぶん仲良くなったんですね」
無意識に唇から転がり出ていたのは、嫌味ったらしささえ滲むセリフだった。
琴子さんと時生はすぐに事情を説明してくれたけれど、それを聞いたところで、俺の感情が凪ぐことはなかった。
むしろ、琴子さんに怪我をさせてしまったあのパレードが初めての出会いである俺なんかより、時生の方がよっぽどポジティブでストーリー性のある関係に思えてならなかった。
しかも、琴子さんはともかく、時生の方は琴子さんのことをずっと覚えていたのだから。
以前、俺が ”秋山” という名前を口にした際も、時生はかなり食いついてきたほどで。
おそらく、ずっと琴子さんを探していたのではないだろうか。
……面白くない。
俺は沸々と時生へのライバル心が上昇していった。
だけどまだ若干のリードを感じていられたのは、時生は琴子さんの連絡先を知らないということだった。
俺は時生がこれ以上琴子さんと近付かないうちにと、仕事の合間を縫って琴子さんに電話やメールを積み重ね、距離を縮めようと手を打った。
その甲斐あって大和君も俺に会いたいと言ってくれて、琴子さんからも以前のような硬さは抜けていった…ように思う。
この前なんかは、ファンダックのポスターに騎士衣装の俺が写っているのを発見したと喜んでくれていた。
ここ最近、ファンダックでショーに出演することに複雑な心境だった俺なのに、二人の『かっこよかったよ』というたった一言で、あれこれ悶々が一気に消え去るのだから、単純なものだ。
ほんの少し前までは、パレードへの参加も足が重たかったくせに、現在リハ中の来季パレードを、早く二人に見てもらいたくてうずうずしているほどなのだから。
だがスタジオで振り付けリハだったある日、俺は、明莉の様子がおかしいことに気付いたのだった。
そしてそれは時生も同じように感じていたようで、「あいつ、変じゃないか?」低く俺に耳打ちしてきた。
俺と時生、両方がそう感じるのだから、気のせいなどではないだろう。
リハがすべて終了した直後、俺達は明莉を問い詰めた。
すると明莉は意外にもすぐにその理由を答えたのだ。
「ああ、別に大したことじゃないんだけどね。実は、私の知り合いが偶然秋山さんとも知り合いで、今いい感じなんだって。で、今日は大和君をどこかに預けて二人っきりでデートするって言ってたから、今頃もしかしたらホテルに行ってたりするのかなって」
「っ!」
カァッと頭に血がのぼった。
明莉は俺と琴子さんが親しいと知っているくせに、なぜわざわざ俺にそんな話を聞かせるんだ?そう苛立つ俺だったけど、時生は逆で、冷静に怒りを高めていた。
「お前の知り合いって誰だ?」
「え?それは……まあいいじゃない」
「知ってることをすべて吐け」
「なによ、なんで時生までムキになるのよ!」
「いいから吐け!」
「なんで時生にそんな怖い顔されなきゃいけないのよ!」
どちらも引かない時生と明莉に、俺は感情の沸騰を宥めつつ、割って入った。
「――明莉」
「なによ……」
「教えてくれないか。琴子さんは、今どこにいるんだ?」
怒鳴るでもなく、淡々とした俺の問いかけは、明莉の中に残っていた良心を手繰り寄せてくれたようで、ややあってから、明莉は、琴子さんが男と食事をしているはずの店を教えてくれたのだった。
俺と時生は大急ぎでそこに駆け付けた。
その店を出た後では行方を追うのも困難だ。
琴子さんに電話を入れることも過ったが、もし電話に出てもらえなかったら?
人と会ってるのだから、きっと琴子さんはマナー設定してるだろう。だとしたら、その時間も惜しい。
とにかく店に行って、琴子さんをその男から離さないと。
琴子さんと接していて恋愛事の気配は一切感じなかったし、十中八九明莉が盛って話したのだろうけど、今、琴子さんが大和君をどこかに預けて男と二人で会ってるというのは事実だと思う。
だったら……
想像もしたくない展開を頭から払拭させるためにも、俺は足を速めるしかなかった。
自分には、琴子さんのデートを邪魔する権利などないという事実には目を瞑りながら。
結果的に、琴子さんが会っていたのは俺もよく知る和倉さんで、大和君をご実家に預けて二人で会ってたのは間違いないが、そうなるように仕組んだのは明莉だったことが判明した。
それを知った俺は胸を撫で下ろしたけど、いつも大人の余裕を纏っている和倉さんが静かに怒っていたのはちょっと驚いた。
もしかして和倉さんも琴子さんを…?と疑ってみたものの、琴子さんを送る役を俺に譲ってくれたので、その線は薄そうだと密かに安堵した。
大和君を迎えに行って、駅から琴子さんのマンションに歩きながら、琴子さんが大和君や大和君のお母さんのことを話してくれた。
俺の背中で眠る大和君の規則正しい息が俺の首筋をくすぐってくる。
それはあたたかくて、琴子さんはこのあたたかさを守るために、きっと色々なことを抱えて頑張っているんだろうなと感じた。
本人は大したことない風に言うけれど、俺は、そんなところも含めて琴子さんを好きだという想いが抑えきれなくなっていた。
琴子さんのマンションが見えてきて、立ち止まる。
俺は背負っていた大和君をそっと琴子さんの背中に返した。
そのとき、彼女の細い体躯に手の甲が触れて、ギクリとしてしまう。
薄いブラウス一枚隔てた琴子さんの肩は、思ってた以上に熱かった。
気温のせいかもしれない。
大和君の体温が移ったのかもしれない。
だけど俺は、指先が吸い上げたその熱さに、心が火照ってしまいそうだった。
日頃ダンサーという職業柄女性と接触することなんか数えきれないほどにあるのに、こんなにも煽られるなんて。
ドクドクと、血管がやかましく震えだす。
最近ではオーディションの時でさえこんなになることはなかったのに。
「それじゃ、おやすみなさい」と告げて俺から離れようとする琴子さんを呼び止める。
なあに?といった感じに自然に振り返った琴子さん。
目と目が合ったそのとたん、俺は、ああやっぱり好きだな……そう思っていた。
「琴子さん、俺は、あなたが好きです―――――」
考えてみれば、誰かに好きだと告白したのは、これが生まれてはじめてのことだった。
誤字報告いただきありがとうございました。
すべての箇所を訂正させていただきました。




