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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
恋をはじめられない理由
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約束の当日、仕事終わりに大和を実家に連れて行き、その足で明莉さんが予約してくれてる店に向かっていると、その明莉さんから電話がかかってきた。

今日は予定通りで大丈夫かという確認の連絡だ。

私は今向かってると答えたけれど、明莉さんの後ろからは微かに蓮君の声が聞こえてきて、ドキリとしてしまう。


《明莉、そろそろ……おっと電話中か、悪い》


私には用いない砕けた口調に、妙に胸が騒がしくなる。

明莉さんは蓮君には電話相手が私であると教えなかったので、もしかしたら今日のことは蓮君にも内緒なのかもしれない。


《それじゃ、よろしくお願いします》


明莉さんは仕事中だったのか、口早に必要事項だけを伝えて電話を切った。

どうせなら、時生君の様子など、詳しい状況を尋ねたかったのだけど、忙しそうな明莉さんを呼び止めることは気が引けた。

まあいい。どちらにしてももうすぐ時生君に直接会うのだから、そこで本人から聞けば間違いないだろう。


そう思い直し、はじめて訪れる店の個室に案内された私は、そこで待っていた人物の顔を見た瞬間、口をぽかんと開いてしまったのだった。



「和倉さん?………どうして?どうして和倉さんがここにいるんですか?」


部屋を間違えて案内されたのかと疑ったけど、その割には和倉さんの方は驚いていない。

むしろ、「ああ、なるほど…」とどこか納得の面持ちだったのだ。


「なるほどって……、私は時生君と会うことになってたんですけど?」

「まあ、とにかく座りなよ。店員さんも困っちゃうから」


私の斜め後ろでは案内してくれたスタッフが立ち往生中だった。


「あ、すみません……」


とりあえずは和倉さんに従うことにする。

私は個室の奥の椅子に浅く腰をかけ、和倉さんに促されるままに飲み物だけをオーダーした。



「さて。それで?琴子ちゃんは、佐藤君とここで会う約束をしてたのかい?」


和倉さんの澄ました態度は、まるですべてを把握してるようにも見えた。


「そうです…」

「それは、佐藤君と直接連絡し合って決めたのかな?」

「いえ……明莉さんに言われて」

「山田さんに?」


”山田さん” が誰を指すのか、咄嗟には気付けなかった。

明莉さんは自分の苗字で呼ばれるのを嫌っている感があったし、私の知る限りの人は全員が彼女を下の名前で呼んでいたからだ。

なんだか妙な感じはしたものの、和倉さんにはどうでもいいことだったらしく、「へえ……」と顎を摘んで思案してるような素振りをした。



「どうやら、俺達は嵌められたみたいだね」


合点がいったと言わんばかりの満足そうな相好の和倉さん。

しかしながら、私にはちっとも話が見えてこないのだ。


「嵌められた……って、明莉さんにですか?」

「それ以外ないだろう?」

「そんな、でもどうして?いくら私のことが気に食わないからって、こんなことする意味が分かりません」


明莉さんが私を警戒視してるのは理解できるが、だからといってこんな手の込んだことを計画するだろうか?

私と和倉さんが個室で食事をとったところで、明莉さんに何のメリットがあるのだろう?

本気で頭を悩ませていると、和倉さんがクスリと息で笑った。


「彼女にしたら、琴子ちゃんが誰か別の男と二人きりで出かけるだけでじゅうぶんだったんじゃないかな。後日それをそっと北浦君に耳打ちしたら、当然北浦君は琴子ちゃんか俺に確かめにくるだろう。琴子ちゃんも俺も嘘吐く必要ないわけだから、正直に認めるよね。大和君抜きで(・・・・・・)二人で会っていたって」

「あ……」


カチャリと、鍵穴に何かがはまった気がした。

だけど、そうか…と納得しながらも、鍵のまわった扉を押し開くだけの想いは、持ち合わせていなかった。


「その様子じゃ、北浦君とは、大和君抜きで二人で会ったことはないんだ?」

「はい、まだ……」


まだ、そこまでの間柄ではなかったから。


「ふうん。まだ(・・)、ねえ……」



意味を持たせた言い方をされて、「……なんですか?」と軽く睨んでみたけど、ちょうど飲み物が運ばれてきたので一時中断となる。


「ま、せっかく来たんだから、美味しいご飯を食べようよ。ここは魚が美味しんだよ。ですよね?」


柔和な微笑みでスタッフに声をかけると、その若い女性スタッフは顔を赤くさせていた。

蓮君や時生君といった、いわゆる ”見られる” 側の人と接していると感覚が麻痺してしまうけれど、きっと和倉さんも彼らと同じサイドにいる人だと思う。

持って生まれた容姿だけじゃなく、身に纏っている風格も、社会的ポストも、一般人の私から見たら眩いばかりだ。

もっとも、このスタッフの女性が和倉さんの職業を知ってるわけではないのだけど。

それでも、溢れんばかりの只者じゃない空気感は誰でも察するだろう。


紅潮したままのスタッフが部屋を出ていくと、和倉さんは暢気な調子で口を開いた。



「それで実際のところは、どうなんだい?北浦君といい感じ?」


気取らない感じだけど、軽んじられてる感じではなくて。

だからそれが、ただの好奇心から出た質問でないことはわかるのだ。

だけど、どう?と訊かれても、具体的に答えられるようなエピソードもないのが正直なところである。


「別に……何もありませんけど」

「でも会ったりはしてるんだろう?この前北浦君と会った時、嬉しそうに報告してくれたよ?まあ、俺への牽制だったのかもしれないけど」

「牽制って……。でも本当に、ただ食事したりメールしたりだけですから」

「じゃあ、俺に何か相談したいこととかはないんだね?」

「相談、ですか?そうですね……」


ぱっと思いつくことはなかったけど、和倉さんには同じマンションの住人になって以来、時々相談を聞いてもらったことがあるののだ。

主に法律関係で。



「ないのならいいんだ。山田さんから『秋山さんが悩んでるみたいだけど、私からは何もできないので、和倉さん、何とかしてあげてください』と言われたものだからね」

「明莉さん、和倉さんにはそんな風に言ってたんですね」

「琴子ちゃんは何て言われてここに来たんだい?」

「私は、時生君が何か様子がおかしいから、話を聞いてみてほしいって……」

「ああ、佐藤君って、琴子ちゃんの教え子だった子のお兄さんだったんだってね。偶然ってすごいよね」

「そうですね」

「でも北浦君の方はそれでエンジンかかっちゃったかな?」

「どういう意味ですか?」


間髪入れずに問うと、和倉さんからは生温かい眼差しが返ってくる。

本気でわからないの?という無言のプレッシャーを感じて、つい目を逸らしてしまった。

ややあって、正面からはフゥ…と短いため息が聞こえた。


「いい子だと思うよ?北浦君」

「そうですね…」

「年下だけど、そこまで離れてるわけじゃないし、ダンサーっていう不安定な職業だけど彼くらいになると食べていくのに問題ないだろうし。それに、性格はめちゃくちゃいいよ。俺が太鼓判押す。大和君のことだって可愛がってるみたいだし……いったい何がネックになってるんだい?」


さらさらと流れる水のように蓮君の長所を述べていく和倉さん。

だが、それらはすべて、私もすでに知り得ているのだ。

おそらく、彼の良いところをここ最近一番見せてもらってるのは、私なのだろうから。自惚れでもなんでもなく。

だからこそ、明莉さんは今日こんな手の込んだサプライズを計画したに違いない。


和倉さんは俯いた私を観察するように視線だけ残して、片手でグラスを持ち上げた。

そしてゴクッとひと口だけ喉を潤してから言ったのだ。



「もしかして、他に好きな人がいるのかい?」










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