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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
おとぎ話の住人にはなれない
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誕生日のステッカーを胸に掲げた大和は、最初こそ戸惑っていたものの、次から次へと贈られる「ハッピーバースデー!」の声に、どんどん笑顔の花が大きくなっていった。

そのうちスタッフやキャラクターではなく、一般の入園客にまで「お誕生日おめでとう!」と拍手され、まるでちょっとしたアイドルのようだった。

その都度、笑顔の終わりには照れくさそうな仕草も覗いて、それがまた愛らしい。


完全に親バカ(・・・)ね……

内心で自嘲が浮かんだ時、近くで案内のパンフレットを配布していた男性スタッフの一人が大和に気付き、他のスタッフ同様、満面の笑みで声をかけてくれた。


「ハッピーバースデー!お母さんと一緒に素敵な誕生日を過ごしてね!」


大和はニコッとして「ありがとう!」と返したけれど、その後すぐ


「でも、琴ちゃんはお母さんじゃないよ!」


子供らしい素直さ全開で訂正したのである。

男性スタッフはこういった展開にも慣れているのだろうか、動じる様子はなく、「そうか、それはごめんね、間違えちゃった」とにこやかに対応してくれる。


「ううん、いいよ。琴ちゃんはお母さん代わりなんだ。だからお兄さんが全部間違ってるわけじゃないよ」


安心してね!

これもまた実に子供らしい上から目線で、なぜだか自慢げに説明する大和。

私は男性スタッフについ「すみません…」と苦笑いを浮かべてしまった。

すると彼は1ミリも微笑みを崩さずに「楽しんでくださいね!」と手を振って私達を送り出してくれたのだった。




大和の言うように、私は大和の母親ではない。

だが、ある事情から、現在の大和の保護者は私である。


大和の母親は私の大学時代からの親友だった。未婚で大和を出産し、シングルマザーとして大和を育てていたが、昨年、大和の父親が誰であるかを明かさないままに事故で亡くなってしまったのだ。

彼女は親の顔を知らずに施設で育ち、苦労の末大学に進学した努力家だった。

そしてその生い立ちから、もし自分の身に何かあった場合、我が子には施設に行ってほしくないのだと、何度も口にしていた。

彼女が育った施設の職員や関係者は全員が優しく親切だったそうだが、それでも彼女は、とても寂しい思いをしていたのだという。


『大和にはそんな思いをさせたくないの。だから……』


彼女は、自分にもしものことが起こった場合の息子の養育者に、私を強く強く願っていたのである。

そして大和が生まれた時からずっと成長を見守り、可愛がっていた私も、それを了承した。

その約束は決して口約束のような容易いものではなく、遺言書という形で正式に記され、事故後、児童相談所や彼女の育ての親でもある養護施設の元所長はじめ多くの関係者ともよく話し合った結果、私が大和の後見人、養育者となったのだった。


しかしながら、私が未婚であるなどの事情から、養子縁組については見送られ、大和は私と一緒に暮らしてはいるが、厳密には私の苗字 ”秋山” ではなく、母親の姓 ”工藤” のままである。

だが、幼稚園の手続き上、苗字が異なると面倒なことも出てくるので、園側と相談し、”秋山 大和” として通うことになった。


あきやま やまと。


園用の持ち物に名前を記入していると、”やま” が続いているのが面白かったみたいで、大和は自分の新しい名前をいたくお気に召した模様だった。

そしてそんな大和の笑い声に、親友を失くしたばかりの私も少しずつ立ち直っていったのだった。






「ねえねえ琴ちゃん、あっちに人がいっぱいいるよ?」


混雑を避けて早めに昼食をとっていたテラス席で、先に食べ終わっていた大和が好奇心満載で前方を指差した。

その方向には確かに急に人が集まりだしており、私は食事の手を止めて園内マップを確認した。


「もうすぐパレードがはじまる時間だとは思うけど……ああ、あそこでフロート、パレードの乗り物が停まってショーをしてくれるみたい。だからその場所取りで人が集まってるのね」

「ふうん」


さして興味なさそうに指を戻した大和だったが、私が「あの場所でショーをするのは……フラッフィーね」と追加情報を告げると、一気に態度が変わった。


「えっ?!フラッフィーって、ファンディーのお友達の?」

「そうだよ?大和はフラッフィーも好きだっけ?」

「好きだけど、フラッフィーよりもファンディーの方がもっと好き!ねえねえ、フラッフィーがいるってことは、ファンディーもパレードにくるの?」

「そうだよ」

「どうして?ファンディーはお家にいるんじゃないの?ぼくと約束してるのに」


なるほど、大和の中でファンディーはお家で自分を待っててくれてるのだから、パレードには参加していないはずだという解釈だったのだろう。

それが一転、パレードにも出てくると知らされて、こうしちゃいられないと急いで席を立った。


「ファンディーもずっとお家じゃ退屈しちゃうから、パレードやショーの時はちょっとだけお外に出てくるんじゃないかな?でも、次のパレードのよく見える席を予約してあるから、今からはじまるパレードは見なくても大丈夫だよ?」

「でもファンディーに会えるんでしょ?」

「そうだけど、でもまだ私のご飯は終わってないよ?それに、次のパレードもまったく同じショーなんだよ?」

「おんなじでも、なんかいもファンディーにあいたいよ。ほら琴ちゃん、はやくごはん食べて」

「でももう人がいっぱいだよ?フラッフィーのところであんなに混んでるなら、きっとファンディーのところはもっとたくさんの人がいると思うよ?せっかく急いで行っても、大和には全然見えないんじゃないかな?」


どうにか諦めさせようと説得したが、大和はもうすっかりパレードに心を奪われていて。


「……じゃあ、ファンディーのところは次のパレードにして、今はあそこのフラッフィーのところでパレード見ようよ!」



あれもこれも諦めない、幼児ならではのなかなかな折衷案に、私は仕方なく予定変更を決めたのだった。












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