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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
恋をはじめられない理由
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「じゃあ、”レン君” は?ぼくとおそろい。ね?」

「ああ、それいいね。どうですか?琴子さん(・・・・)


二人の弾んだ表情を曇らせたくない私は、ここで頷くしかなくかった。


「わかりました。……蓮君(・・)


たかが呼び方。たいしたことはない。

プライベートでも職場でも他にも君付けで呼んでる人なんてたくさんいる。

……なのに、相手が北浦さん…蓮君だと、勝手が違ってくるのだ。

私は、そんな自分の心の取り扱いにはじゅうぶん注意を払わなくてはと、今一度気を引き締めた。

けれど私の都合など知るよしもない彼は、大和と手を繋いで歩き出しながら、こっそり耳打ちしてきたのである。


「実は、俺のこと ”蓮君” って呼ぶ人いないんですよ。ほら、なんだか音がレンコン(・・・・)と似てません?だから子供の頃からずっとその呼ばれ方が好きじゃなかったんです。でも――」


すぐそばで聞こえる彼の声はくすぐったくて、びくりとしてしまう。


「――琴子さんだけの呼び方になるなら、ちょっと嬉しいで…」

「あー、琴ちゃんとレンお兄ちゃん、なにナイショ話してるの?」


含みのある耳打ちは大和のおかげで中断となり、そのうえ大和はぐいぐいと繋いだ腕を引っ張って蓮君の意識を完璧に自分に向けさせたのだった。

蓮君は「おっと」とおどた様子でオーバーによろけると、


「お昼ご飯は何がいいかなって話してたんだよ。大和君は何が好きかな?」


慌てるでもなく、きれいに笑ってきれいに誤魔化した。

その自然な態度と説明では、例え6歳児でなくとも、疑う余地もなく、すんなり信じてしまうだろう。

子育てしていると、こんな風に息をするように嘘を吐く必要も出てくるが、蓮君は巧みにフィクションを舌で転がせるのだなと思った。

まあ、彼自身がおとぎ話(フィクション)の世界の住人なのだから、ある意味納得もできるけれど。

いや、それじゃまるで蓮君が大噓吐きみたいに聞こえてしまう。

そうじゃない。そうじゃなくて……

ぴったりな言葉が思いつかなくて悶々としてると、数メートル先から二人が手を振ってきた。


「琴ちゃーん、はやくはやく!」

「琴子さん、行きますよ」


すっかり意気投合した二人は、それこそナイショ話でもするようにクスクスと笑い合っていて、なんだか私は、悶々からモヤッとしてしまう。

これでは、まるでさっき仲間外れにされて拗ねた大和と同じだ。

私は苦笑がこぼれそうになるのを堪えながら、二人のもとに駆け寄ったのだった。





二度目のファンダックは、日曜にもかかわらず、この前大和と二人で来た時よりもずっとスムーズに見て回ることができた。

やはり、いくらガイドブックやネットで下調べしたところで、たった一人の関係者にはかなわないようだ。

といっても、なにも彼が関係者という裏技的なカードを切ってきたわけではない。

ただ、知っていただけだ。時間的なこと、人の流れ的なこと、天候による園内の変化などを。

そのおかげで私と大和は無駄に歩き回ることなく、目的のアトラクションやショップを取りこぼすことなく楽しめていた。


お昼には蓮君が予約してくれたレストランでケーキを食べ、そのあと以前から欲しがっていたのにサイズの問題でお流れになっていたファンディーのぬいぐるみをプレゼントされて、もう大和の今日はクライマックスを迎えていた。

その結果、はしゃぎにはしゃぎまくった6歳児は、昨夜の興奮のせいもあり、午後の早い時間で電池が切れかかっていた。



「大和、眠たいの?」

「……んんん……じょぶ」


ううん、だいじょうぶ。

そう言いたいのだろうけど、言葉になっていない。

瞼も重たくなってきてるようだし、私は「おんぶする?」と訊いた。

年長になってからは延長保育でもお昼寝時間を短くしているので、こんな風に外出先で急な眠気に襲われることも少なくなっていたのだけど、今日はよほどエネルギーを消化したらしい。

大和は目をこすり、それから両腕を上にあげた。


「しょうがないわね」


私は大和の前にしゃがんで背中に乗せようとしたが、サッと目の前にファンダックの大きな土産袋が差し出されてしまう。


「琴子さんは、これをお願いします」

「え、でも」

「大和君、おんぶは僕でもいいかな?」

「ん……」


もう半分寝ている大和は、言われるままに蓮君に腕を伸ばす。


「そんな、そこまでしていただくのは…」

「いいからいいから」


有無を言わせず私からおんぶ役を奪った蓮君は、なぜだかとても嬉しそうだ。

そしてひょいっと軽く大和を背中に乗せて立ち上がった。


「すみません…」

「いえいえ。俺がしたくてしてるんですから。でも、これからどうしましょうか?」

「あの、さすがにずっとそうしていただくのも申し訳ないので、どこかベンチで休んでもいいですか?もうすぐ大和の見たがってたショーがあるので、その時間まで……だいたい20分くらいですよね?」

「そうですね。じゃあ、結構穴場なとこがあるから、案内します」


蓮君は背中の大和の体勢を気にかけつつ、丁寧なおんぶで先導してくれた。

すると1、2分ほど歩いたところ、確かにメインの通りからは人目につきにくい場所にいくつかのベンチが並んでいた。


そのひとつに、大和を膝枕する形で私が中央に座り、私の隣に蓮君が土産袋を抱えて腰をおろした。



「大和君、よく寝てますね」

「北浦さん…蓮君に会えるのをずっと楽しみにしてたみたいで、昨夜もなかなか寝てくれなかったんです」

「それは嬉しいですけど、ちょっと興奮させ過ぎちゃいましたかね」

「仕方ありません。それほど楽しんでるということですから」


蓮君が私越しに大和を見つめる目はとても優しい。

私はその眼差しを大和に結ぶように、膝の上に流れる柔らかな髪をそっと撫でた。

癖のない絹髪がサラサラと、手のひらに心地よい。

日ごと陽射しが強くなりつつある季節の中、小さな額は若干汗ばんでいるけれど、それさえも爽やかに感じてしまうのは、健やかな証だと思いたい。



「大和君、可愛くていい子ですね」


ふわりと、蓮君に微笑まれた。

それが何気ない場つなぎの会話だとしても、自分より大和を褒められた方が嬉しい私にとっては、簡単に上機嫌にさせる言葉である。


ありがとうございます。

大和に関しては ”謙遜” という単語は存在せず、私は素直に誉め言葉を受け取ろうとしたのだけど、そのお礼のセリフは、どこからともなく飛んできた底抜けに明るい声に阻止されてしまったのだった。



「あれー?蓮?……と、大和君と秋山さん?偶然ですねぇ。あ!蓮にファンダックを案内してもらうって言ってたの、今日だったんですね」



いかにも驚いたという調子でこちらに手を振ってきたのは、明莉さんだった。

そのすぐ後ろには佐藤さんもいる。

満面の笑みの明莉さんに比べて、佐藤さんは表情が読めなかった。

ただ、決してにこやかではなく、不機嫌なのか、怒っているのか、それとも困惑してるのか、唇はきゅっと閉じられていた。


「明莉?お前、なんでここに…。今日オフだったか?」

「パレードの変更があったからシフトも大幅に変わったのよ。で、ちょうど時生とオフが重なったから、二人で変更後のパレードを見学に来たわけ。蓮もオフだって聞いてたから誘おうかと思ったんだけど、時生から『あいつは約束があるみたいだ』って言われて、それで二人で来たのよ」


明莉さんの淀みない説明に蓮君もすぐ納得した様子で、「そうか」と頷いた。

けれどすぐに


「あ、大和君今寝たとこだから、静かにな」


と、人差し指を立てて唇に当てた。

しーっ、と口にはしなかったけれど、その音ははっきりと目に見えるようで、そこからは彼の優しさしか感じられなかった。


正直に、本当に正直に言うと、以前にも何の気紛れか私なんかに興味を抱いた男の人が、大和をだし(・・)にして距離を縮めようとしたことがあったので、蓮君にもその傾向がないだろうかと、ほんの少しばかりは警戒もしていたのだ。

だが、今日の彼の態度や表情からは、ひとかけらほどもそんな色はなくて。

今の人差し指の先までも、蓮君は大和を大切に思ってくれているのだと伝わってきた。


ただ、私はそれが殊の外嬉しかったのだが、そこに真逆の感情を持つ人もいたようで。



「やだ、蓮ってばすっかりパパの代役気取りじゃない。でも気を付けた方がいいわよ?そんなに子供好きだってバレたら、自分の弟や妹をだし(・・)に近寄ってくるファンが出てくるかもしれないから」



表面上は棘もなく、内容も攻撃的ではない。

むしろ女性ファンに大人気の同僚を気遣うものだった。

けれど私には、まるで私こそが大和をだし(・・)に蓮君に近付いたかのような、それを暗に指摘されたような気分になってしまったのだった。



私の気にしすぎなのかもしれない。

でも、やっぱり明莉さんが蓮君のことを好きだったとしたら……?

もしそうだとしたら、彼女が私に対して負の感情を持つのは自然のことだし、それは私にだって経験のある感情で、理解もできる。

なのに、なぜだか、胸の深いところに、ズキリと沈む痛みがあったのだ。

ショック?傷付いた?不快感?

原因も正体も不明の痛みは一過性のものではなさそうで、そのまま私の内側にしくしくと留まっていく。

けれど、そんな心の内をまき散らせるほどの親しい人物はここにはいない。

私はただ愛想をこしらえて、蓮君が明莉さんに何と対応するのかを見守るだけだった。



「でも子供は可愛いし、何も悪くないわけだし。そうなったらそうなったでまた考えるよ」


蓮君は私みたいに深読みせず、明莉さんに気構えずに返事をして、そしてそのあと佐藤さんがフッと息を吐いた。

やれやれ、といった声が聞こえてきそうだ。


私は、なんだか自分だけが明莉さんの一言に過剰反応してしまったようで、こっそりと恥ずかしくなった。



「それより琴子さん、俺ちょっとトイレ行ってきていいですか?大和君、このままで大丈夫ですか?」

「え?あ、もちろんです。どうぞ行ってきてください。ここで待ってますから」


一瞬、ここで明莉さんや佐藤さんと一緒に待つことに尻込みしたくもなったが、ほんの数分のことだと自分を窘めた。

ところが、明莉さんも「じゃあ私もトイレ行ってこようっと」と、ベンチから立ち上がった蓮君の隣に並んだのだ。

蓮君はまるでそうなることがわかっていたかのように動じずに明莉さんを一瞥する。


「じゃ、時生、琴子さんと待っててくれるか?」

「ああ」

「じゃあ琴子さん、すぐに戻ってきますので」

「急がなくて大丈夫ですよ。行ってらっしゃい」


お手洗いに向かう人に ”行ってらっしゃい” なんて、おかしな感じだけど、それ以外に適当な言葉があっただろうか?


佐藤さんと残された私は、この微妙な距離を保ったまま沈黙が降りかかるることを予測した。

けれどそれに反し、意外にも佐藤さんはすすっとベンチに近寄ってきて、私と大和の正面に立った。

やはり背が高いんだな。

率直な感想が浮かぶのと、言葉数の少ない印象の彼が口を開くのは、ほとんど同じタイミングだった。



「騒がしくして、すみません」

「いえ、大丈夫ですよ」

「どうも、蓮のこととなると直情的になるところがあるので……ご迷惑をおかけしてませんか?」


誰が、と言わずとも、佐藤さんの気がかりの犯人は彼女しかいない。

私は「それも、大丈夫ですよ」と、大和の髪を撫でながら先ほどの愛想を繰り返した。

すると佐藤さんは大和に視線を移して言った。


「……やはり子供の相手は慣れてらっしゃるのですね」


蓮君よりも低い、お腹に響く美声だった。


「………え?」


今度は何を指して ”やはり” なのかが掴めず、戸惑いの目で彼を見上げた。


「お仕事は、ずっと変わっておられないのですか?」

「仕事、ですか……?」


ぽんぽん飛んでいく佐藤さんの質問に、無意識に首を傾げる私がいた。

すると


「あいつには、まだ話してないようですね。幼稚園で働いてらっしゃることを」


まだ蓮君にも話していない私の仕事について、佐藤さんは、とうの昔から知っていたかのように告げたのである。










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