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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
おとぎ話の世界で見つけた人 ー 蓮 side ー
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二人を見送った後は会社から事情を聞かれた。

パレードを途中退場した俺は職場放棄をしたと見做されても仕方ないが、会社側としてもあの場合はそれが最善だったのだろうという判断らしく、俺にはお咎めなしだった。

だが、このようなことが起こってしまった以上、当面は俺のパレード出演は見送りとなってしまった。

顔が露にならないポジションで参加してはどうかという案も出されたが、熱心なファンは俺の腕の動かし方一つで見抜いてしまうかもしれないからと、あえなく却下となった。

今回の件は俺も被害者の枠に入るので、さすがに気の毒だと同情を言葉にする役員もいたが、俺自身としては、どこか胸を撫で下ろしている部分もあったかもしれない。

熱狂的なファンが付くことは演者としては本望ではあるものの、彼女達の度を越しそうなギリギリ感には不安もあったからだ。

結局会社側としての最終決定は、今夜のパレードからしばらくは規模を縮小し、同じようなことが起こらないか検証のうえ、問題なければ通常再開、俺の出演は一旦白紙にし、時機を見てサプライズ的な参加を検討ということだった。



「すまないね、北浦君。だが、もしパレードへの出演が取り消しになった際は、代替えで然るべき演目を用意するつもりでいる。きみはファンダックになくてはならないダンサーなんだからね」

「ありがとうございます。しっかりトレーニングしておきます。では失礼いたします」


そう頭を下げながら大会議室を退出すると、廊下の曲がり角では壁に背を預けて人待ち顔の時生の姿があった。

もう騎士の衣装からは着替えている。


「なんだ、もしかして俺を心配してわざわざ待っててくれたのか?」


からかう態度で声をかけると、「まあな」と短い返事だけが跳ね返ってきた。

こいつはこの後シフトには入ってなかったはずだから、もう残ってなくてもいいはずなのに。

だがもし自分が逆の立場になったら俺も時生と同じことをするはずだなと思い、親友の存在に心強さを覚えた。


「それで?」

「ああ、一応はお咎めなしだ」

「そうか…」


時生はただでさえクールな顔をさらに硬くさせていたが、俺にペナルティがないことを知ると、氷がじわじわと解けるように頬に温度が差してきた。


「だがパレードは今夜から縮小で、俺の出演は当面見送りになった」

「まあ、今のお前の人気を考えたらやむを得ないだろうな。本来ならもっと早くに会社が手を打つべき案件だった気もするが」


冷静に考えを巡らせながらチクリと針を刺してくるのは、ある意味外見のクールさ通りである。

時生は頭の回転も速いし一言一言が際立つオーラみたいなものもあるので、親友であると同時に敵に回したくない相手でもあった。


「それで、怪我をされた女性はどうだったんだ?」

「秋山さんなら軽傷だったから医務室で手当てを受けて帰られたよ。会社側は念の為に病院に搬送するつもりだったらしいけど、本人がそれを…」

「秋山さん?」

「ああ、怪我をされた女性の名前だよ」

「それはわかってる。彼女、秋山さんというのか?」


珍しく前のめりになって問いかけてくる親友は、俺の知る限り、今までで一番感情が顔に乗っかっていた。



「ああ、そうだけど……」

「下の名前は?」

「秋山 琴子さん、だけど……知り合いだったか?」


あまりにも食いついてくる時生にそう訊くと、ハッと我に返り、顔を背けられた。

まるで俺から逃げるようなその仕草は、妙に気になってしまう。


「時生?」


呼びかけると、ばつが悪そうに俺を見てきて。


「いや、まあ……秋山という名前の人を知ってたんだが、よくよく考えてみれば、下の名前までははっきり覚えてなかったな…と思って」

「なんだよそれ」


らしからぬ時生の返答に、思わず笑い声があがってしまった。


「仕方ないだろ。もう10年以上も昔のことなんだから」

「10年以上?でも珍しいよな、お前が女の人に関心を示すなんて」


結構長い付き合いになるが、こいつから女性の話題はあまり聞いたことがない。

女性ファンは大勢いても、プライベートで女性と一緒のところは見た覚えがないほどだ。

何気ない会話の端々から察するに、それなりに経験はあるようだし、微かに彼女めいた気配を感じることもあったので、おそらく己の恋愛事を他人に喋るのを嫌うタイプなのだろうと思っていた。

そういうところもクールだと評される所以なのだろう。

だが今は、そんなクールな時生の片鱗はどこにもなかったのである。



「…世話になった人だからな」


どこか懐かしむように言葉を選んだ時生。


「世話になったって、学校の先輩か何かか?」

「いや……。ただ、その人がいなければ、今の俺はいなかった。ダンサーの佐藤 時生が存在してるのは、彼女のおかげなんだ」

「へえ……。で、その人が秋山って名前なんだ?」


何気ない風を装っていたが、俺はなぜか脈がどんどん速くなっていくのを感じていた。


「ああ、そうだ。ところであの人、息子さんも一緒だったよな?息子さんも怪我はなかったのか?」


時生が訊いたのは大和君のことで、彼が秋山さんの子供だと思い込んでいるのは明らかで。

けれど俺は、なぜだかその間違いを訂正する気が湧いてこなかった。

むしろこのまま勘違いしておいてくれないかと、自分でも理解が追い付かない ”警戒” みたいな感情が先走っていったのだ。


「ああ……あの男の子(・・・・・)は無事だったよ」

「そうか、よかったな」

「でもさ、その恩人の名前をはっきり覚えていないんじゃ、確かめようもないんじゃないか?」

「まあな。それに、ちゃんと話したのも数回だけだし、顔もはっきり覚えてないしな」


時生の言い方には諦め色が濃厚になっていて、それは俺の脈拍を少しずつゆるめてくれた。


「なんだよ、手がかりほとんどなしじゃないか」

「でも子供の頃の思い出なんてそんなものだろ?」

「それもそうか」

「それより、早く衣装着替えた方がいいんじゃないか?」

「そうだな。もう今日は終わりだから、シャワーしてスタジオに寄ってくよ」

「頑張るな。最終オーディションが近いんだっけ?」

「よく知ってるな」

「明莉が騒いでたからな」


自分のことのように自慢してたぞ。

時生がため息混じりに教えてくれる。


「明莉か……」

「脈がないなら、はっきり言ってやるのも優しさだぞ?」

「わかってるよ」


俺も時生に負けじと息を吐きながらもその裏では、話題が秋山さんから逸れたことに人心地ついていたのだった。










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