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「琴ちゃ―――ん!」
晴れた休日、私は久しぶりのデートに出かけていた。
デートの相手は5歳の男の子。みなと幼稚園あおぞら組の年長さんだ。
今日は彼の6歳の誕生日で、以前からのリクエストに聞いていた隣町にあるテーマパークにはじめて二人で訪れたのだ。
本日の主役は前日の夕方から既に興奮気味で、早く寝なさいという私のお小言も完全に右から左状態だった。
”朝から晩までずっとパークで遊ぶこと” が彼の夢だったらしく、それを叶えるために私達は朝早くからゲートに並び、開園と同時におとぎの国に飛び込んだわけである。
「大和、走っちゃだめよ。急がなくても大丈夫だから」
「だけど琴ちゃん、もういっぱい人が来てるよ!ぼく、ぜったいにファンディーと写真とりたいんだ!」
目をキラキラと輝かせて、まるで宝石を身に宿しているかのような眩いばかりの表情を見せてはしゃぐ小さなデート相手に、私は心からの愛おしさがあふれてくる。
けれど休日で開園直後でも混雑がはじまっているパーク内を小さな体で駆けていくのは危険だ。
私は彼の手をきゅっと握り、通行の妨げにならない端に連れて行くと、しゃがんで目線の高さを等しくさせて、こっそりと打ち明けた。
「実はね、大和がそう言うだろうなあと思って、今日のお昼、ファンディーと会う約束をしてきたんだ」
一瞬きょとんとした大和だったが、私の言ってる意味が理解できると、みるみると顔いっぱいの笑顔になる。
「それ本当っ?!琴ちゃん、それ本当なの?ぼく、ファンディーと会えるの?お話できるの?写真も一緒にとれるの?」
「うんそうだよ?会えるし、お話もちょっとだけならできると思うし、写真だって一緒に撮れるよ。だから、今急いでファンディーに会いに行かなくてもいいんだよ」
「やった――っ!ぼく、ファンディーに会えるんだ!」
両腕を思いきり突き上げて万歳のポーズをとる大和に、私はもう一度コソッと耳打ちする。
「でもね、人気者のファンディーと約束ができる人は少ないの。だから、大和が約束してるってばれたら、みんな羨ましがっちゃうでしょう?中には、約束したかったのにできなかった子もいるかもしれない。だから、今みたいに、ファンディーと約束してることを大きな声で言わない方がいいと私は思うの。大和はどう思う?」
すると大和は上げていた腕を下ろし、うーん…と小さな頭を傾げて一生懸命考えている。
そして
「……ぼくも、琴ちゃんと同じこと思うよ。だってもしぼくがファンディーと約束できなかったのに、他の子が約束できてて、それを自慢っぽくしゃべってたら、ちょっと嫌な気になっちゃうもん」
しっかりと胸を張って自分の意見を口にした。
5歳児…いや6歳児でも、こうして頭で考えて理路整然と意見を述べられる子供は少数派だろう。
最近の幼児はお受験などの影響もあって二極化してはいるが、特にそうしたトレーニングを受けているわけでもない大和がここまでしっかりしているのは持って生まれたものかもしれない。
私は「じゃ、もう走ったりしないよね?」と小さなデート相手に手を差し出した。
1秒とかからずに「うん!」と可愛らしい高い声が返ってきて、私の手のひらにはちょこんと丸い手が重ねられて。
そのぬくもりに幸せを感じ、ついぎゅっと握ってしまいそうになるけれど、強く接すれば壊れてしまいそうで、それは頼りない私達の関係のようにも似ていて、私は、脆く弱いその小さな手を、そっと握り返して立ち上がってのだった。
私達が訪れたのは、”フェアリーテイル アンド アドベンチャー キングダム”。
おとぎ話や童話、冒険を題材にしたテーマパークで、その英語表記が ”Fairy tale AND Adventure Kingdom” なので、その頭文字から ”FANDAK と呼ばれたりもしていた。
そしてパークのメインマスコットキャラクターが、先ほどから私達が話題にしている ”ファンディー” である。熊の男の子で、焦げ茶色の愛らしいキャラクターは、初めて見た時はトイプードルだと勘違いしてしまったほどであった。
彼の人気は凄まじく、全国にファンが大勢いるという。
特に子供たちからの人気は絶大で、大型連休中の今日も、おそらく日本中からファンディー君に会いにパークを訪れている家族連れで混雑していた。
その混雑も見越して、かつ朝から晩までという大和のリクエストに応じるべく、私は前以て入念に今日一日のスケジュールを組み立てていた。
まず、案内所で誕生日用のステッカーを申し込み、大和の胸につける。
そうすることで、マスコットキャラクターやスタッフから声をかけてもらえるらしい。
大和はそのことを知らないから、みんなが自分の誕生日を祝ってくれることにさぞかし驚いて、大喜びするだろう。
ファンディーは人気過ぎてパーク内を歩くことは少ないと聞くが、彼以外のキャラクターは常時どこかに出没するらしいので、ただ歩いているだけでもきっと楽しいに違いない。
パークにはアトラクションも多いものの、大和の背丈や年齢でも楽しめるのは、子供向けのエリアにある限られたもののみで、だからこそ、大好きなファンディーと会える予約チケットや、ショーやパレードといった観る楽しみには予算を設けなかった。
大和の6歳の誕生日が、楽しい思い出になりますように……
そう願いながら、私は案内所に向かったのだった。