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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
【番外編】ホリデイ in ニューヨーク
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「………待って、蓮君。つまり、蓮君の中では、今、これが、プロポーズ…………と、いうことに、なるの?」



本当のところは、テーブルに並んだ冊子を見た瞬間から、その予感が確信に変わっていったけれど。

でも、確かな言葉を聞きたいのだ。

蓮君から、直接。



「そうだよ。お互いに結婚の意志は確認済みだけど、けじめっていうか、ちゃんと、伝えたいと思ったから。だから聞いてほしい。…………秋山 琴子さん、どうか俺と…」

「でも明莉さんのブーケトスには参加してほしくなかったんでしょう?!」



まさに今、”確かな言葉” を告げようとしてくれていた蓮君を、私は大声で拒んでしまった。

もちろん、ずっと一緒にいたいと思っている彼からのプロポーズ、信じられないくらい嬉しいに決まってる。

なのに、どうしてもそれ(・・)が心に痕を刻んでいたのだ。



蓮君は私の手を握る力を、少し弱めた。

不安になった私がその表情を見ると、今の今までとは一変していて、なんだか拗ねているように感じた。

不貞腐れている、とも言えるかもしれない。

彼は本当は言いたくなさそうな感じで、「だって…」と渋々答えをくれた。



「だって、万が一にも琴子さんが明莉のブーケをキャッチしたりしたら、そのあと俺がプロポーズしたとしても、なんだか明莉のブーケがきっかけみたいに印象に残りそうだったし………」


そんなの不本意だとばかりに、ムッとする蓮君。


「え………それだけ?」

「そうだけど」

「………それが理由で、わざわざ明莉さんに頼んだの?」

「そうだよ」

「ということは、明莉さんも、蓮君が私にプロポーズすることは知っていたの?」

「まあ、どうしてもと理由を訊かれて、仕方なく……」

「だから………」


そだから明莉さんは、あんな風に含んだ言い方をしていたのだろうか。

ところが蓮君からは意外な詳細が打ち明けられたのだ。



「実は……本当は、明莉はブーケトスをしないで直接琴子さんに渡すつもりだったらしいんだ」

「直接、ブーケを私に?」

「そう。明莉は、俺と琴子さんには、絶対に幸せになってもらいたいんだって言ってた。先週だったかな、俺達がそう遠くない未来に結婚するのは決まってるんだから、ブーケを琴子さんに渡してもいいわよね?って、急に言われたんだ」

「明莉さんがそんな風に思ってくれてたなんて……」

「でも、俺がそれはやめてくれと言ったものだから、明莉にしてみれば自分の気持ちを俺に阻害されたと受け取ったんだろうな。それであいつ、琴子さんには秘密にしておくはずが、見事に裏切ったわけだ」

「………なんだか、明莉さんらしい」


二人のやり取りが目に浮かんでくるようだった。

そして蓮君は、さらに協力者の存在を明かした。


「でも実は、協力してくれたのは明莉だけじゃないんだ」

「………もしかして、大和も?」


今日の大和を見ていたら、何かあるのは丸わかりだったから。


「やっぱりバレてたか」

「内容までは見抜けなかったけど、蓮君と大和が二人でなにか企んでるかも……とは思ってた。でもまさかそれが、」

「プロポーズだとは思わなかった?」


一応はサプライズが成功したからか、蓮君は満足そうに、私の頬にキスしてきた。

私は肌に触れた蓮君の髪がくすぐったくて、肩を揺らしながら「当り前じゃない。そんな匂わせもなかったんだから」と反論した。


「ごめん。驚かせたね」


言いながら、今度は額にキス。


「じゃあ……もしかして今大和を預かってくれてる時生君も共犯?」

「正解」


最後に、唇に。

唇へのキスは、少し長めに。


そして本気のキスになってしまう前に、蓮君が名残惜しそうに唇を離した。



「琴子さん、ちゃんと言わせてほしい」


改めて仕切り直そうとする蓮君が、私の薬指の指輪に口付けた。

たった今唇にキスを受けていたくせに、それが指先に移っただけで、ドキリとする。

だけど………



「秋山 琴子さん、愛してます。俺と…」

「待って!」



二度目のプロポーズ制止は、蓮君が瞬きすら忘れるほど、驚かせてしまったようだった。

けれど蓮君はすぐに私の話を聞く姿勢を見せてくれた。

彼のそんなところも、とても好きだと思う。

私は誠実で優しい恋人に、最後の質問をした。



「………私は、ニューヨークに来ちゃダメなの?」




蓮君の顔が、みるみる変わっていった。

そしていかにもプロポーズ直前といった甘やかな空気感を取っ払うように、私の両手をグッと力強く引いた。かと思えば、


「琴子さんごめん、あれはそういうつもりじゃなかったんだ」


謝罪一色で私を抱きしめてきたのである。

私は蓮君のぬくもりに包まれながらも、混乱に襲われた。



「……どういうこと?私と大和は、ニューヨークに来てもいいの?」

「そんなのいいに決まってる。でも、それは来年の春までの話だ」


蓮君の返事に、私は思わずグッと蓮君の体を押し返した。



「…………どういう意味?」


ちゃんと蓮君の目を見て、確かめたかった。

すると蓮君は抱きしめていた私をゆっくりと離し、けれどもう一度両手を握りしめてきた。

その顔は、穏やかに嬉しそうだった。


「蓮君……?」

「琴子さん、ごめん。さっきも言ったけど、俺はずっと、琴子さんに黙ってたことがあるんだ」

「それはもう聞いたわ。明莉さんのブーケトスのことでしょう?」

「そうじゃない。そうじゃないんだよ、琴子さん。俺がずっと琴子さんを騙していた……いや、ずっと琴子さんに黙っていたのは……」



蓮君の告白を耳で追いながらも、私は胸騒ぎを鎮めきれなかった。

ドッドッと早鐘を打ち鳴らし、恋人の打ち明け話の到着地がまったく見えない不安に震えるしかなかった。

やがて蓮君はささやかに漂っていた躊躇いを振り払うように、まっすぐな眼差しで秘密の暴露をしてくれたのだった。



「来年の春、俺は、日本に戻ることになったんだ。ニューヨーク勤務は今年度で終わり。だから……次の大和君の誕生日と、俺達のはじめて会った記念日の5月5日は、日本で一緒にお祝いしよう。三人で」




「え………?」



あまりに予想外で、すぐには理解できなかった私に、蓮君はもう一度告げる。

握った手を大きく振りながら。



「だから、俺、日本に帰るんだよ。来年の春からは、琴子さんと大和君と、三人一緒に暮らせるんだ。毎日一緒だよ。これからは、すぐそばにいられるんだ!」



三人一緒に………?

毎日一緒に………?

すぐ、そばに――――



「――――っ!」



時間差でようやく蓮君の言葉が頭の中に入ってきた私は、一拍の休符ののち、心の底に抑え込んでいた感情の蓋が一気に弾け飛んでしまったのだった。



「蓮君が、日本に?三人で一緒に、暮らせるの?もう遠距離じゃなくなるの?」

「そうだよ、琴子さん。これからはずっと一緒だ」

「嘘、だって、そんな……蓮君、まだニューヨークで仕事が続きそうだって」

「うん、言ったね。ごめん、琴子さんを驚かせようと思って、内緒にしてたんだ」

「そんな、信じられない……どうしよう、どうしよう…すっごく嬉しいけど、それ、本当なんだよね?またサプライズじゃないんだよね?」

「本当にごめん。俺が変にサプライズとか計画したから、ややこしくなったんだよね。ごめん、琴子さん。でもこれは本当。俺が日本に戻るのも、俺がプロポーズをするつもりだったのも、全部本当だよ。日本に戻ることが決まって真っ先に考えたのが、琴子さんへのプロポーズをどうするかだったんだから」



ちょっと早口な蓮君に、途方もないほどの愛情を感じた。

彼がそれだけ日本に戻るのを楽しみにしてくれてたのだと、どうしようもなく嬉しくなる。

それはもちろん私だって同じだ。

積み重なっていった寂しさがもう限界に達しそうで、蓮君がニューヨークから離れられないなら、大和と一緒にニューヨークに移ることも考えはじめていたほどに。

だって、もう離れていたくなかったから。

すぐに結婚とか、家族になりたいとか、そんな贅沢なことは願わない。

でもせめて、会いたいと思ったときに ”会いたい” と口に出して言えるような場所にいたかったのだ。

今の私達では、”会いたい” と言い合うことさえ寂しさを運んでくるようで………



「……………かった」

「え?」

「………ずっと、寂しかった。ずっと、ずっと…………辛かった」



両目からとめどなく涙が溢れ続けて。

その涙に押し出されるようにしてこぼれた言葉は、私がはじめて吐露した、本当の感情だった。












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