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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
【番外編】ホリデイ in ニューヨーク
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それは、あまりにもはっきりとした拒否だった。

てっきり、蓮君は驚きながらも受け入れてくれるだろうと思っていた私は、前向きだった感情がガラガラと崩れ落ちていく音を聞いた。


「蓮…君……」


私は蓮君に握られていた手から力が抜けてしまって、ゆるゆると下がっていく。

ぱたん、とラグの上に両腕が落ちると、目頭や目尻が痛くなって、まるで顔中から水分がすべて奪われたようにヒリリとしてきた。

それが顔が強張っているということなのだと、私はすぐには理解できなかった。

それほどに、衝撃が大きかったのだ。


だって今蓮君は何て言った?

私がニューヨークに来るのは、ダメ………?

聞き間違いではなく、本当に、ダメって言ったのよね?

蓮君が、私に、ニューヨークに来ちゃダメだって、引っ越してきちゃいけないって、そう言ったのよね?

どうして?


私は、それがいったい何を意味するのか、頭が追いつかなかった。

だって蓮君はつい今さっき、私と結婚しいたいと言ったのに。

なのに私と大和がニューヨークに来るのは反対だなんて、言ってることが矛盾している。

それとも、結婚の意志はあるけど、私がニューヨークに来るのはまずい事情でもあるの?

それはまさか、明莉さんのブーケトスに私が参加しないように裏工作したのと関係あるの?


どんどん後ろ向きな考えで満たされていく私の心は、どうしようもないほどに冷えていった。

このあと蓮君がどんな言葉を私に投げてくるのか、想像もできない。

けれど、私がニューヨークに引っ越したら都合が悪い理由なんて、確実に、良い話ではなさそうで。

…………どうしよう、怖い。


心が不安を叫びそうになったそのとき――――




「あ―――………っ」



頭上から、蓮君のため息混じりの声が落ちてきたのである。



「………?」


見上げると、唇を噛み、目を閉じて、何か懊悩してる様子の蓮君。

何事かと、次の言葉を待っていると、やがて蓮君は何か意を決したようにフッと小気味好い息を吐いた。

そして、


「――――琴子さん、ちょっと待ってて」



ふわりと優しく微笑んで、体を起こしたのだ。

そして押し倒していた私から体を剥がした。



どこかへ行ってしまう――――



そう感じた私は、ほとんど反射的に離れていく彼のセーターの裾を摘んでいた。

立ち上がりかけていた蓮君の体が、くいっと引っ張られてゆっくり振り返る。

すると蓮君は私の手元を見て、嬉しそうに破顔した。



「琴子さん、そんな心配そうな顔しないで。すぐに戻ってくるから。ね?すぐだから」


ぽんぽん、と柔らかく私の手を叩きながら、諭すように、慰めるように蓮君が言うから、私も体を起こしながら、おずおずと指を離した。

けれどその手を引っ込める間際に、パッと蓮君に捕まれてしまう。


「――――?……っ!」



次に訪れたのは、唇へのキスだった。



「すぐ戻ってくるから」


短いキスのあと、蓮君は同じことを告げて、寝室に入っていった。



残された私の耳にはパチパチと暖炉の炎がマイペースに弾ける音。

別にその音に何かを求めたわけではないけれど、なんとなくそちらを見やると、否応なしに暖炉の隣にある大きなクリスマスツリーが視界に入ってくる。

まだ何も飾られていない、ヌードツリーだ。

明日、大和と一緒にオーナメントを買いに行く予定で、大和も私も日本を出発するときからとても楽しみにしていた。


「明日………」


蓮君がこれから私に何を打ち明けるつもりなのかわからない今は、明日の約束を楽しめるかも怪しくなってきた。

万が一にもキャンセルなんてことになったら、あんなに楽しみにしていた大和には申し訳ないな………

私は無表情のクリスマスツリーを見上げながら、落ち着かない感情に手間取っていた。

すると、



「――――琴子さん」



いつの間に寝室から戻ったのか、背後から蓮君に呼びかけられた。

いったい何を聞くことになるのだろうかと、私は恐る恐る振り返った。


蓮君は目が合うと、なぜだか照れ臭いような、ばつが悪そうな、でも嬉しそうで、なのに目元は真剣そのものという、ちょっと表現の難しい面差しで私の前に正座した。



「琴子さん、これを………」



ぱさりと、冊子のようなものが数冊、ローテーブルの上に並べられる。



「これは………?………っ!」


それらの冊子をよく見た私は、思わず息を呑んでしまった。



「やっぱり、すぐ気付くよね」


苦笑いにも呆れ笑いにも聞こえる蓮君の声が私の鼓膜を揺らすけれど、私はただ、テーブルの上のそれらに釘付けになっていた。

だって、これは………

その一冊にそろそろと手を伸ばしたけれど、


「俺、琴子さんに謝らなくちゃいけないことがあるんだ……」


おもむろに蓮君が話しはじめて、私の手はビクリと急停止した。

おずおずと蓮君に顔を戻すと、彼はじっと私を見つめていた。

その真摯な眼差しに、予感が駆け抜けていく。

私は、カラカラに渇ききった喉も、ドクドクとうるさい心臓も、もうどうでもよかった。



「あ…謝る……?」

「そう。ずっと、琴子さんを騙し続けてたから」

「騙すって、何のこと……?」

「その前に、琴子さんに聞いてほしいことがあるんだ」


蓮君はもともと正座だったけれどさらに居住まいを正した。

不意を突かれた私も、蓮君につられて、わずかばかりに姿勢を整えて。

そして、そのとき(・・・・)が訪れる―――――



「本当は、今夜、俺は琴子さんにプロポーズするつもりだったんだ」



もう照れも困惑も滲んでいない言葉を、私は窒息しそうなほどに息を詰めて受け取った。

蓮君の両手が私の左手をそっと包み込んで、それにハッと呼吸が戻ってくるまで。



「俺達が将来的に結婚するのは、もう約束済みだけど、プロポーズはちゃんとしたかった。プロポーズといったら、男性が跪いてリングケースを開いて差し出す…っていうのが王道だろう?実際FANDAK(ファンダック)でも、王子様がお姫様にそうするシーンを何度も見てきた。だけど………」


ふと、私の薬指を蓮君の指先が触れていく。

そこにあるのは、蓮君が私に贈ってくれた、FANDAKの指輪だ。



「婚約指輪の予約のこの指輪は、俺が勝手に選んだものだったから……。本物の婚約指輪は、琴子さんの好きなものを選んでもらおうと決めてたんだ。それにせっかくニューヨークにいるんだから、ここにある店を一緒に見てまわりたいとも思った。もちろん大和君も一緒に。だったらプロポーズは王道じゃなくてもいいと思ったんだ。指輪の代わりのこの中から琴子さんの好みのブランドを選んでもらうのもいいし、夜通し二人で相談するのも楽しそうだと思わない?」



そう言いながら、蓮君はテーブルの上の冊子に視線を投げた。

それは、私でも知っている世界的に有名な高級ブランドのアクセサリー関連の冊子だった。

しかも、一目でその装丁が高級だとわかるほどに、上質で、上品なものばかりだ。

果たしてこれらの冊子が一般向けにリリースされているのだろうかと、恐縮してしまう私もいたけれど、それよりもなによりも、蓮君は、私に、今夜、プロポーズをするつもりでいた……………その事実を、徐々に、徐々に、私は実感しはじめていた。











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