1
夏至を迎えたばかりだというのに、クリスマス前のお話です。
季節感まったく無視の更新になってしまいましたが、どうぞ少しの間お付き合いくださいませ。
「うわああっ!琴ちゃん、きれい!」
控室の扉を開くなり、大和が歓声にも似た叫びを上げた。
お世辞だとはわかっていても、やっぱり褒められるのは嬉しくて、私は照れ臭くなりながらも素直に笑顔で振り向いた。
「ありがとう、大和。大和もかっこいいよ」
「本当?僕、ネクタイ似合ってる?」
「うん、とっても」
「やったあ!蝶ネクタイにするかまよったんだけど、ネクタイにして大正解だったね」
「蝶ネクタイも素敵だったとは思うわよ?」
「でも、なんか子供っぽい感じがしたんだ。だからネクタイにしたんだよ」
はにかみながら教えてくれる大和は、とても可愛らしい。
だけど本人はもう ”可愛らしい” より ”かっこいい” と言ってもらいたいお年頃に差し掛かってきたようなので、褒め言葉も選ばなければならない。
親代わりとしてはその成長ぶりが嬉しくもあり、寂しくもあるところだったけれど。
「そうなんだ。かっこいいよ、本当に。でも上着なしで寒くないの?」
「大丈夫だよ。上着はあとで着るんだ。ネクタイしてるのを琴ちゃんに見せたかったから」
上着でネクタイがかくれちゃうでしょ?
そう言った大和は、やっぱりまだまだ可愛らしさが溢れていた。
「ありがとう。大和のかっこいいネクタイ姿を見られて、私は幸せだよ」
ちょっとオーバーに喜んで大和をハグすると、腕の中で大和がクスクス笑い出した。
「どうしたの?」
「だってね、今琴ちゃんが言ったこと、さっきレンお兄ちゃんも言ってのと同じだったから」
「本当に?それはすごいね」
「ね?二人はとっても仲良しなんだね。そういえば、レンお兄ちゃんもすっごくかっこよかったよ。今日は特別な日だから気合入ってるって言ってた」
「え?蓮君がそんなこと言ってたの?結婚式だから?」
私はそっと大和を離した。
大和はふふふっと含み笑いで私を見上げてくる。
………これは、何か企んでる顔だな。
親としての直感がそう察していた。
いや、親代わりだからというよりも、さすがに何度も何度も蓮君と共謀してサプライズをされていれば、この含み笑顔も見抜けてしまうだろう。
でもここは、一応何も気付かないふりをしておく。
それが親としての嗜みだし、内心では、大和がいったいどんなサプライズに参加しているのかが楽しみだったりもするのだ。
おそらくは、蓮君が首謀なのだろうけど。
だけどちょっとだけ、ヒント的なものを聞き出せないかと私が口を開こうとしたとき、大和の視線がパッと窓に移った。
天井近くまである格子窓の向こうで、ちらちらと見えてきた白い――――
「雪だ!」
とたんに大和は窓際に駆け寄った。
「すごい!ニューヨークの雪も日本と同じだ…」
大和はそんな当たり前のことを、とてつもない発見のように呟いた。
だけど、純粋に感激する大和に感化されたのか、私まで、これがニューヨークの雪なんだ……と、しみじみと見入ってしまった。
今年のニューヨークは12月でも比較的暖かい日が続いていて、あまり雪も降っていないらしい。
もっとも、最近は温暖化の影響か、初雪の観測が1月以降になることもあるらしいけれど。
それでもクリスマスを目前に控えた今日、結婚という人生の節目を迎える記念すべき日に、ひらりふわりと舞い落ちてくる雪は、空からの贈り物のようにも思えたのだった。
しばらく大和と二人で雪を眺めていると、扉をノックする音があった。
「―――はい、どうぞ」
先ほどの大和とは違い、私の返事を待ってから扉を開いたのは、ネイビーのタキシードをこれでもかとスタイルよく着こなした蓮君だった。
「うわあっ!レンお兄ちゃん、蝶ネクタイかっこいい!さっきは蝶ネクタイしてなかったのに、どうして?かっこいい!」
真っ先に大和が駆け寄って褒め称えた。
「ありがとう、大和君。蝶ネクタイはあんまり慣れてないから、ぎりぎりまで着けなかったんだよ」
「そうなんだ……。でも、レンお兄ちゃんが蝶ネクタイなら、僕も蝶ネクタイにしたらよかった」
そうしたらお揃いだったのにね。
しょんぼりそんなことを言われたら、蓮君は目尻をぎゅっと下げっぱなしだ。
そんな二人に和ませてもらっていたけど、私はふと気になった。
「でも、ドレスコードはブラックタイじゃなかった気がするんだけど…」
大和の後ろから蓮君に尋ねると、蓮君はちょっとした苦笑いを浮かべて。
「それが、実はちょっとしたサプライズがあって……。まあ、俺と時生と明莉が揃ったら自然とそうなるか、って感じもするけど」
「どういうこと?」
「レンお兄ちゃんと、時生君と、明莉ちゃん………あっ、もしかして!」
私よりも先に大和の方が何かに勘付いたらしい。
こういうところも、親代わりとして成長を目の当たりにできて嬉しいけれど……以下同文である。
「何か思いついたかい?」
「三人が一緒っていうことは、ファンダックだ!ねえ、もしかしてファンダックのときのダンスを踊るの?」
目をきらきらさせて、大和は飛び跳ねんばかりのテンションで蓮君に正解を求めたのだった。




