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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
【番外編】5月5日 in ニューヨーク
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「――――それ(・・)、使ってくれてるんだね」


食事も終え、シャワーも済ませ、大和君を寝かしつけてから二人でキッチンの後片付けをしていたとき、琴子さんがふわりと笑った。

彼女が指差したのは、俺がFANDAKを後にするとき彼女から贈られたペアの箸だ。

当然、ここニューヨークにも持ってきていて毎日使っている。


「そんなの当り前ですよ」

「私も使ってるよ?大和も。お揃いっていいよね」


夜も進んで、ほんのりと琴子さんの口調にも甘さが乗っている。

大和君が一緒にいるときと、俺と二人きりのとき、明らかに態度や雰囲気に違いが出てくるのが素直に嬉しい。

その小さな感動が伝わればいいなと、俺は琴子さんの頬に軽く口付けをした。

唇を避けたのは、そのまま激しくなるのが目に見えていたからだ。

琴子さんがニューヨークで過ごす最後の夜、大和君も眠ってしまった………

俺と琴子さんが服を脱いで気持を混ぜ合うのに何ら問題はないようにも思えたが、俺はまだその前にしておきたいことがあったのだ。



「………じゃあ、もう一つ、”お揃い” を増やしませんか?」

「え?」

「来てください」


そっと彼女の腕を引き、リビングのソファに誘う。

なんだろう?

そんな眼差しで俺を見つめてくる琴子さんに、やっぱり我慢できず、一度……二度、三度だけ、唇に重ねるだけのキスをしてしまった俺は、四度目の直前でぎりぎり理性をかき集め、彼女の体を離した。


それから、暖炉の上に隠しておいたものを取りに行き、トン、とテーブルの上に置いた。




「………これ、今日連れていってもらったお店の、だよね?」


ボックスで一目瞭然だが、琴子さんはまだピンときていないらしい。

俺はサプライズの成功に、内心でよし!と声を上げていた。



「そうですよ?俺がお世話になってる人(・・・・・・・・・)への贈り物として、今日買ってきたものです。どうぞ、開けてみてください」

「――っ!」


琴子さんもやっと自分のことだと気付いたのだろう、目がぐっと大きく開かれた。


「あれって、私のことだったの?」

「そうですよ。だっていつもお世話になってますから。間違いじゃないですよね?ほら、早く開けてください」

「え、ちょ、待って……でも……」

「いいからいいから。俺もちょうど欲しいなと思ってたものなんです。どうせなら、琴子さんと ”お揃い” の方がいいですし。ほら、開けてくださいよ」

「嬉しいけど、でもこんな高価なもの……」

「確かにバッグは高額ですけど、これはバッグじゃありませんし、そこまで高くもないんですよ?だから開けてみてください」


そこまで言うと、琴子さんも恐る恐るといった手つきでリボンを解いていった。

そして


「これ…………ボールペン?」


ボックスの蓋を外すと、意外そうに訊いたのだった。


「そうです。琴子さんと大和君と ”お揃い” のお箸も毎日使わせてもらってますけど、仕事場にいるときは使えませんからね。何か仕事中でも身につけていられるようなものもあればいいなと思ったんです。琴子さんのお仕事でも邪魔にならないような何かと考えて、ボールペンなら大丈夫だろうと」


琴子さんは俺の説明を俺とボールペンの両方をきょろきょろしながら聞いていた。


「――――迷惑、でしたか?」


なかなかボックスからペンを取り出そうとしない琴子さんに、そっと声を落として問いかけた。

すると


「まさか!全然、そんなの全然!ただ、ここのブランドで文房具なんて売ってるんだ……って、ちょっとびっくりしちゃったから」


即否定してもらえて、安心したのも束の間、俺は妙なところで引っ掛かりを覚えてしまった。


「本当に知らなかったんですか?他でも、わりとペンの類いを作ってるところは多いんですけど……」


琴子さんだって、高級メゾンのバッグをいくつか持っているはずだ。

それに琴子さんが以前付き合っていたのは、こういったラグジュアリーな小物を日常使いしているクラスの人なのに。

けれど琴子さんは俺が言外に含ませたその人(・・・)の存在には触れずに、でもはぐらかすとかそんな温度ではなく、ただただ感心したような口ぶりで答えた。



「そうなの?全然知らなかった。たまにテレビとかで見ることもあったけど、ああいうのは一部の人が特別にオーダーしてるのかと思ってたから」

「でも、笹森さんなら何か持ってたんじゃないですか?」


どうにも堪えきれず、俺は出さなくてもいい名前を持ち出してしまった。

だが琴子さんはいたって通常運転で。


「ああそうね、笹森さんならひょっとしたら持っていたかもしれないわね」

「……見たことはないんですか?」

「腕時計や、ブランド名がはっきりわかるネクタイやバッグなら何となくはわかるけど、さすがにボールペンみたいな小物だと、よくよく注意して見ないと気付かないかも………。でもだめよね、そんなんじゃ。だって蓮君のお仕事はそういうブランドと同じなんだものね。これからはわからないとか知らないなんて言わずに、勉強していかなくちゃ。ね?」


最後ににこっと俺だけに笑いかけてくれた恋人を、俺は思わず抱き締めていた。


「蓮君?どうしたの?」

「琴子さんが可愛すぎるんです」

「か…っ、冗談言わないで。いつも言ってるけど私、蓮君より年上だし、可愛いなんて言われる年齢でもな……」

「これもいつも言ってますけど、年齢なんて関係ないですよ。琴子さんは可愛いです。めちゃくちゃ可愛い……」


耳元で交わる甘い会話に、このまま酔ってしまいたくなったけれど、俺は今日感じた琴子さんの些細な異変がどうしても気になってしまった。

彼女のすべてを知りたいと欲張るのは悪い癖だとわかってはいるけれど、せっかく今こうして俺の腕の中にいるのだから、この機会を見過ごすのはもったいない。

今なら、琴子さんの舌も滑ってくれるかもしれないし。



「蓮君、ちょっと、もう、それ以上は………」


俺の ”可愛い” から逃れようと身をよじる琴子さんに、俺は甘さだけでなく艶を纏わせた囁きを耳たぶに押し当てた。


「どうしてですか?本当に可愛いのに」

「――っ!だから、もう、恥ずかしいから……」

「じゃあ、やめてもいいですけど、その代わり教えてください」

「え……?何を?」


琴子さんからふっと力が抜け、上目遣いが俺を射抜いてくる。

―――やばい。

俺はすぐにでも押し倒してしまいたい欲望に必死に蓋をして、どうにか少し濃厚めなキスひとつだけで我慢した。



「今日……自然史博物館のクジラのところで、琴子さん、少しだけ変に見えたんです。大和君と話してるときです。俺の勘違いかもしれませんが、たぶん、勘違いじゃないと思います。何か、気になることがあったんですか?」











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