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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
おとぎ話から飛び出てきた人達
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私が最初にもう誰とも恋愛しないと決めたのは、ずいぶん昔のことだ。

学生時代、まだ恋愛の初心者だった頃、年相応の付き合いをしてる彼氏もいた私にふいに訪れた病が、まず一つめのきっかけだった。

その病は私の命までは奪わなかったけれど、私がいつか命を生み出す未来を塗り潰してしまったのだ。


当時の彼氏は優しい人だった。私に寄り添い、慰め、たくさんの時間を費やして励ましてくれた。

けれど同級生だったこともあり、私達は互いにまだ未熟な者同士でもあった。

悪気なくかけられた言葉に私がいちいち敏感になったり、私に気を遣うあまりに彼が我慢をしてしまったり……

最終的には、私の退院後一年と経たずに関係は破綻した。



彼と別れた私は、こんな思いをするならもう恋愛なんかしたくない、そう思った。

…………いや、例え恋愛したとしても、普通に結婚して普通に子供を産んで、普通に歳をとっていく…そんなささやかな未来さえ望めなくなってしまった普通でない(・・・・・)私は、相手を幸せになんてできないのだろう。

そんな風に、自分を追い詰めていたのだ。


だけど、留年し、新しく知り合った友人との出会いが、私の後ろ向きな考え方を一刀両断してくれたのである。

それが、後に大和の母親となる工藤(くどう) 理恵(りえ)だった。

彼女は両親がいないことも、施設育ちだという生い立ちも隠しておらず、私が自分の事情を打ち明けると、『琴子が普通じゃないなら、私だって全然普通じゃないわよ』とあっけらかんと笑った。

当時の私は彼女のその大らかさに、とても救われたのだった。


私達は親友となり、卒業後、私は幼稚園教諭、理恵は商社に就職し、それぞれに忙しい日々を送りながらも、週に何度も会って近況報告をしあっていた。

そして数年が過ぎた頃には、互いの職場の同僚や関係者も交えて食事をするようになり、私達の交友関係は広がっていった。


そんな中で、私は一人の男性と知り合った。


彼は理恵の上司で、私達より5,6歳ほど上だった。

ある日急に理恵が連れて来て、そこからは毎回のように私達の食事に参加していたような気がする。

背が高くスマートで、端正できりっとした顔つきには品があり、同年代の男性には見かけない大人の落ち着きを感じた。

けれどその ”落ち着いてる” と感じた印象は、少しずつ ”色気がある” に変化し、それに沿うように私の気持ちも次第に彼へと傾いていったのだ。

もう恋愛なんてしない、そう決めていたはずなのに、恋に落ちるのはあっという間だった。


ただ、やはり自分の体のことを考えると、おいそれと恋愛関係を築くわけにもかず、かなりの時間を私は ”迷い” に費やすこととなった。

もちろん、その間に彼へ気持ちを打ち明けたりはしていない。完全に私の片想いだった。

職場の人間関係にさざ波を立ててはいけないと、私は理恵にも自分の気持ちは伝えなかった。

ところが、思いもよらず、彼の方から『好きだ』と告げられたのである。



それが、私と笹森(ささもり) (なぎ) さんとの関係のはじまりだった。



私は笹森さんと恋人になる前に、まず、自分の病気のこと、体のことを説明した。

結婚を前提として申し込まれたわけではなかったけど、当時私は20代後半、彼は30代で、そろそろ結婚を意識してもおかしくない年齢だったからだ。

もし、笹森さんが将来的に自身の子供を望むのであれば、私との付き合いは時間の無駄になるだろう。

けれど笹森さんは、子供云々(うんぬん)よりも私の体のことを心配してくれた。

顔面蒼白で心配されて、慌てて今はもうすっかり元気だと答えたのを鮮明に覚えている。

あの時は、彼のその反応がとても嬉しいと思った。

そして子供のことは気にしない。むしろはじめからわかっていたら色々な選択肢に早くから目を向けられるからよかったよと、そこまで言ってくれた。

それを聞いた私は心の底から安堵したし、本当に、本当に嬉しかった。


ホッとして泣き出してしまった私を、笹森さんは優しく抱きしめてくれて、私は、この人となら恋愛ができるかもしれないと期待しながら、ずっとこの関係が続きますようにと祈らずにはいられなかった。



笹森さんと付き合いはじめたと報告すると、理恵は予想以上に驚いていたけど、そのあとは『おめでとう!』と祝福してくれた。

私が理恵の仕事がやりにくくならないかと訊けば、その頃にはもう笹森さんは違う部署になっていたらしく、社内でもほとんど顔を見かけないから平気だと言い、あっけらかんとしたいつもの笑顔で私を安心させてくれた。


そのおかげか、私と笹森さんの付き合いは順調に時を重ねていった。

大きな喧嘩もなく、穏やかに、けれど確実に気持ちを育んで。

やがて、私達は結婚の話をするようになった。


笹森さんは会うたびに『早く結婚したい』と口にしていたが、どうしても私は前向きにはなれなかった。

というのも、付き合ってから知ったのだが、笹森さんは、理恵が勤める商社の次期社長候補だったからだ。

現社長はお父様、会長はお祖父様で、笹森さんはいわゆる御曹司だったのである。

そんな家庭環境で、私のように跡継ぎを望めない結婚相手というのは問題外なのではと、ずっと悩んでいた。

笹森さんは私が気落ちすると必ず『うちには弟もいるから気にすることなんかないよ』と言ってくれたけど、それは笹森さんの本心だとは思うけど、それでも私は、ご両親のことを思うと素直には喜べなかった。


そんな私に、理恵はいつもの調子で呆れ顔を浮かべた。

自分の施設育ちを知って就職内定を取り消す企業もあったのに、笹森さんの父親である現社長は問題なし、そんな家庭の事情で有能な人材を失うなと人事に命じられたそうだから、琴子のことも心配ないわよと、私が知らなかった情報を踏まえて励ましてくれた。

それはとても心強くて、私は間もなく訪れるであろうプロポーズの瞬間を躊躇いでなく待ち遠しく感じはじめていた。


けれどそんな頃に、突然、笹森さんのお母様から連絡があったのだ。










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