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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
夢の足跡、夢の足音 ー 蓮 side ー
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知り合いが見に来ているからといってモチベーションが変わったりするのは、本当はプロとして失格だろう。

だがやはり、恋人や家族がはじめて揃って観客席にいるというのは、意識せずにはいられなかった。

これで最後なのだからと意気込むのと同じだけ、琴子さんや大和君、琴子さんのご両親、俺の家族にもしっかり見てほしい、記憶に残してもらいたいという願いが、俺の仕草や振りの一つ一つをより濃厚にさせていた。



まず目に入ったのは、琴子さん。

そして隣にいる大和君。

二人は本当に心の底から溢れかえったような笑顔で俺に手を振ってくれていた。

パレードには大和君の大好きなファンディーもいるのに、俺だけにまっすぐ歓声を送ってくれる二人に、俺は、これからの人生をかけてこの二人を守っていくんだと、愛おしい気持ちでたまらなくなった。


その二人の横には、琴子さんのご両親がいらっしゃる。

お二人とも俺を見つけると拍手してくださって、その笑顔はあたたかくて、やっぱり琴子さんに似てるように思った。

そう遠くない未来、お二人とも家族になるのだと思うと、俺のダンサー姿をどうか覚えていていただきたいと強く願った。


それから、俺の母に兄、兄の婚約者へと視線を移していく。

父がいないことは事前に確認済みだ。

三人とも意外なほどパレードを楽しんでくれているようで、今日招待して正解だった。

母も兄も、これまでに俺に知らせずFANDAKに来園したことは何度もあった。

「あのショーを見たよ」「かっこよかったな」二人とも事後報告で感想をくれたりしていたが、予めそこ(・・)に家族がいると把握してのパフォーマンスははじめてで、照れ臭さも出てくるのかと思いきや、俺は全力で最後の役を演じていた。



振りのひとつひとつに、一本一本の指先さえにも心を込めて踊る。

難易度の高いステップも観客が好みそうな振り付けもないけれど、今の俺がダンサーとしての集大成だと誇れるように。

優雅に、丁寧に、すべての観客と目が合うように何度も何度も見渡して。


すると、俺は一般観客席と特別エリアの間ほどに、よく知る人物の姿を見つけたのだ。


父さん………


見るからに仕事の合間に抜け出てきた様子の父に、俺は驚くと同時に父らしいなと感じた。

当初から来るつもりだったのかはともかく、父は父の考えの中で俺を気にかけてくれているのだ。

若い頃は見抜けなかったことも、時を重ねた今なら見えてくるようだった。

もちろん父は俺に手を振ったり手拍子打ったりなんてしてはくれないけれど、ただ観てくれるだけで、俺は充分だったのだ。


父さん、ありがとう。


心で伝えた直後、俺の乗ったフロートはまた前進をはじめた。



最後のパレードは、感情と感情がぶつかり合い、熱気と歓喜の中に涙が混ざっていたり、そんな激しい波の間を平和的に進んで、そして幕を閉じたのである。



もう二度と、この光景を見ることはないのだと、惜別の思いを握りしめながら、俺は最後のゲートを通過する手前で観客に向かって、そしてFANDAKに向かって深々と頭を下げた。

すべての方に届くように、大きな動作で。

今までありがとうございました。

声には出さずに、ただただ感謝の気持ちが伝わるように。


そしてゆっくり、ゆっくりと頭を戻すと、俺の鼓膜が受け止めきれないほどの大歓声とエールが目の前に広がっていた。


ああ、これは無理だ………


俺は完全に白旗状態で、目の縁からはみ出てくる涙にお手上げだと認めるしかなかった。

滲んだ視界では、大歓声が遠ざかっていき、いつもと同じように、ゲートが閉じられようとしていた。

俺の乗るフロートはそのまま奥の停留場所まで移動するため、突き当りを曲がるところだ。

この角を曲がってしまえば、もうFANDAKの景色も観客の姿も目の届かないものになってしまう。


俺は最後の最後に目に焼き付けようと、後方を振り返って。



「本当に本当に本当に、ありがとうございました―――――っ!!」



声の限りに叫んだ。

フロートの上で個人的な発言はご法度だとは承知しているけれど、どうしても言葉にしたかった。

もうゲートは遠くになっていて、俺の声がゲートの向こうの観客に届くかどうかもわからないのに、どうしても声に出して言いたかったのだ。



やがて、フロートはいつものように曲がり、俺達ダンサーを降車場所にまで運んでくれた。

一番上にいた俺が降りるのは当然最後だった。

このフロートを降りた瞬間に、俺のダンサー人生が終わる。

安全装置を外し、ゆっくり、噛み締めるように、一歩一歩踏み心地を味わうように降りていく。

そうして最後の一歩で完全にフロートから降りたとき、周りから盛大な拍手が鳴ったのだ。


「お疲れ、蓮!」

「蓮さん、お疲れさまです!」

「お世話になりました!」

「今までありがとうございました!」

「最後までかっこよかったです、蓮さん!」

「お疲れさん」

「お疲れさまでした―――っ!」


先に戻っていたパフォーマーだけでなく、後続のフロートから降りたダンサーも急いで駆け付けてくれて、パレードに同行していた警備担当や同行してないスタッフも含めて、かなりの人数が俺を出迎えてくれたのである。


口々に労いの言葉を告げてくれる仲間達が、とっくに緩んでいた涙腺をさらに開いてしまう。


「ありがとう。ありがとうございます………」


俺はさっきフロートの上で観客にお辞儀したのと同じ角度で、FANDAKの仲間達に頭を下げた。

その拍子に鼻につんと刺激が通り、咄嗟に手の甲でその刺激を宥めながら頭を上げた。

そのとき、


「最後の挨拶はミーティングルームで時間取ってあるから」


ディレクターがしょうがないなと微笑みながら、拍手の大合唱を収めた。

それはまるで指揮者のようだなと、俺はその手にタクトが見えた気がした。







「――――以上でミーティングを終了します。それじゃあ北浦 蓮からひと言」


ミーティングの進行役に促されて、前に出る。

振り向くと、パレードに出演していたパフォーマー全員と関係者が俺に注目していて。

俺の涙の栓は一旦は閉じられたものの、いつ全開になってもおかしくはない状態だった。

毎日のように顔を合わせていたダンサー仲間もいれば、顔見知りだが親しく話す機会のなかったスタッフもいるけれど、全員が、俺の最後の挨拶を待ってくれているのだ。

俺はこの挨拶で何を話そうかと、ここ最近はそれをよく考えていた。

急に辞めることになり、迷惑をかけた関係者もいることだろう。

そのことへの謝罪や、今日までの感謝の気持ちを伝えるのは大前提として、他にも、去っていく俺が、残る彼らに伝えたいことは何だろうか………

だが考えても考えてもまとめ上げることは難しくて。

そのまま今日を迎えた俺は、おかしなシナリオを書くくらいなら、今日最後にみんなの前に立った時に頭に浮かんだことを話した方がいいと結論付けた。




「みなさん、今日も安全に終えられて、お疲れさまでした。今日はドレスリハーサルもあって忙しいところ、このように時間を取っていただき、ありがとうございます。みなさんもご存じの通り、俺は本日をもってこの ”Fairy tale AND Adventure Kingdom” 、FANDAKを、ひいてはダンサーを引退します。急なことですので、いろいろと変更になってご迷惑をおかけした方も多いと思います。まずはその方々にお詫びさせてください。申し訳ありませんでした。そして、これはここにいるみなさんに言わせてください。今日まで、本当にお世話になりました。ありがとうございました」


深く体を折って、感謝を全身で伝える。

それは、どんな振付よりもまっすぐ相手に届くと信じて。



優に数秒をかけて頭を起こした俺は、仲間達一人、また一人に視線を送りながら語りかけた。











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