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――――ドンッ!!
お腹に響くような大きな音が鳴るのと、窓の向こうで花火が開くのは、ほとんど同時だったように感じた。
時計は8時半を示している。
花火があがったのは間違いなくFANDAK側で、けれどもうとっくに閉園時間を過ぎているはずで、私は向かいに座っている蓮君に目を向けた。
すると蓮君は窓の方を眺めながら、
「花火は聞いてなかったな…」
と呟いたのだ。
何か知ってる風の蓮君だったが、私が詳細を問う間もなく、さっと立ち上がってしまう。
「行きましょう、琴子さん」
「え?行くって、どこへ……ちょ、蓮君?」
私の返事も待たずに蓮君は私の腕を引っ張り上げて、「こっちです」と笑顔でテラスに続くガラス扉を開いた。
「え?テラスに何の…」
「もうすぐはじまるはずですから」
何がはじまるの?という疑問は、そのとき突然流れはじめた音楽によって解消されたのだった。
蓮君は私と手を繋ぎ、テラスの前面手すりにまで連れていく。
「今夜はドレスリハーサルなので、一足先に新作のナイトパレードが見られますよ」
「ドレスリハーサル?」
「本番と同じ衣装を着用して、よほどのことがない限り途中でストップをかけないリハーサルのことです」
「舞台でいうゲネプロみたいなこと?」
「そんな感じです。クリスマスシーズンは夜のパレードは休演になるんですが、明々後日から久しぶりに再開になるので、楽しみにしてくださってるお客様も多いんですよ」
今日でFANDAKを卒業した蓮君だけど、卒業したてほやほやでは、やはりコメントはまだまだFANDAK側の人だ。
だけどもしかしたらこの先もずっと、FANDAKに関してはずっとホーム感覚なのかもしれない。
そしてそれが今後の蓮君の人生を励ましてくれるといいなと、私は微笑ましい気持ちを覚えた。
そうしている間にもパレードの音楽は流れていて、私達のいるテラスからでも、遠くにパレードの先頭と思しき光が見えてきた。
テラスからはFANDAKのメイン広場がよく見えて、低層階なので園内の全景が見渡せるとまではいかないが、その分、パレードが真下を通るときはよく見えるだろう。
徐々にボリュームを増してくる音楽に乗って、私の鼓動も大きくなってくる。
けれど高揚しているのはパレードには慣れているはずの蓮君も同じで、私の手を握る力も強まってる気がした。
「こうして、琴子さんと二人でFANDAKのパレードを見るのは、はじめてですよね」
繋いだ手をゆっくり揺らしたかと思えば、それをくいっと持ち上げて、蓮君は私の手の甲に唇を当てた。
「そして、俺達の出会いをつくってくれたのも、FANDAKのパレードですよね……」
蓮君の唇のあたたかさにドキリとして。
でも、すぐにフワリと心があたたかくなって。
「そうだね。もしパレードがなかったら、出会えてなかったのかも……」
もし蓮君がパレードに出演してなければ、もし私と大和がパレードを観賞してなければ、もし大和がパレードを見たいと言い出さなければ、それから、もしあんなトラブルが起こらなければ………
いくつもの偶然と選択が重なって私達が出会えたのだと思うと、FANDAKのパレードが特別なものになってくる。
やわらかい感慨に包まれていると、パレードの光がすぐそこにまで迫っていた。
夜のパレードを見るのがはじめての私は、どんどん近付いてくるパレードの光達がまるで流れ星のようにも見えて、高鳴る気持ちのままに繋いだ手をクイクイッと引っ張ってしまう。
「蓮君、お昼のパレードとは全然違うのね」
「琴子さん、ひょっとしてはじめてですか?」
「そうなの。テレビとかで見たことは何度もあるんだけど、実際に生で見るのはこれがはじめてなの。だからこんなにも眩しいくらいに明るいなんて、ちょっとびっくり。フロートに乗ってないダンサーさんは、衣装に電飾がついてるのね。その分重たくはないの?」
純粋な疑問に、蓮君はクスッと笑う。
「琴子さんがそんなにはしゃいでるの、珍しいですよね。可愛い」
言うや否や、蓮君はまたもや私の手にキスをした。
今度は指先に。
「…だって、はじめて見るんだもの。しょうがないでしょう?それほどキラキラして綺麗で、素敵ってことじゃない」
「ちょっとムキになる琴子さんも、可愛いです」
「そ…そんなことより、夜のパレードはお昼みたいに一時停止はするの?」
私は蓮君に反論するのは諦め、話を逸らすことにした。
「昼間ほど長くはないですし、暗くて危険なのでお客様の参加は受け付けていませんが、短い曲をパフォーマー達がその場で踊るようにはなってるはずです。少なくとも俺がダンスリハに参加してるときは、1分ほどは停まっての振付になってましたよ」
「ああそうか……蓮君もこのパレードに出演予定だったのよね」
ふと、寂しさのような感情が駆け抜けていく。
だけど当の蓮君はさらりと微笑んで返事した。
「そうなんです。ちょうど今日のドレスリハで時生の踊ってるパートです」
「時生くんも出てるのね?」
「ええ。今日は琴子さんに見てもらえるって、張り切ってましたよ」
「じゃあやっぱり、蓮君は今夜この部屋からパレードのリハーサルが見られること、前以て知っていたのね?」
「まあ、関係者ですから。あ、もう元関係者、ですけど。それより、ほら、先頭のフロートのファンディーがこっちに手を振ってますよ。見えますか?」
誘導されるまま目を向けると、まだ少し距離はあるけれど、ライトアップされたフロートの高い場所で音楽に合わせてリズミカルに体を揺らすファンディーが、こちらに両手を振ってくれている。
着ている衣装はよく見かけるデザインなのに、特殊な素材を使用しているのだろう、ピカピカと照明が反射してとても眩しい。
FANDAKの人気者は、まさに太陽のような明るさで私達に挨拶してくれていたのだ。
「可愛い……。大和にも見せてあげられたらよかったのに……」
思わず無意識のうちに声が漏れてしまうと、蓮君は光の速さで同意をくれた。
「俺もちょっと過ったんですけどね。でも、今夜は……」
存分に含ませた蓮君に、私も体が温かくなるのを感じながら頷いた。
「わかってる。私も気持ちは同じだから」
「でも、いつか三人で見に来ましょう。今度は大和君も一緒に。だから今夜は、魔法にでもかけられたつもりで、二人きりで夢のような時間を楽しみませんか?二人きりの時間を、俺にいただけませんか?」
蓮君は芝居がかったセリフとともに、私の手の甲に口付けた。
それはおとぎ話の中で王子様がする仕草にも思えて、私はさらにさらに頬が熱くなるのを感じながらも、
「喜んで」
恭しく、その口付けを受け取った。
すると蓮君は嬉しそうに目を細めて。
うっかりまた熱を帯びかける頬に、真冬の冷えた風が心地よくて、私は少しだけ体をずらして風を追った。
眼下で進行中のパレードを違う角度から眺めることになったそのとき、私はあることに気付いたのだった。




