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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
夢の足跡、夢の足音
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その後、仕事に戻るという蓮君のお父様、了さんとは別れ、私と蓮君のお母様、そしてレイラさんの三人でFANDAK内を散策した。

お二人ともとても良くしてくださって、今日の記念にと三人でお揃いのグッズを買うことになり、スーベニアショップに立ち寄った。

FANDAKのオリジナルグッズ、キャラクターグッズの洪水のような店内でも、やはりレイラさんはとても目立っていたけれど、本人は特に変装したり構えたりせず、ごく自然にオフを楽しんでいるようだった。


私達はFANDAKのロゴが刺繍されたオリジナルハンドタオルを色違いで購入することになったのだが、結局は、それぞれの家族分を揃えることになった。

私は大和と蓮君、それに私の両親、そして自分用にと5枚。

代金はお母様がまとめて支払ってくださったので、会計が済むまで私はレイラさんと近くのカウンターで待っていた。

そのとき、何とはなしに見やった手近な商品の棚に、アクセサリー類が並んでいたのだ。


FANDAKでは子供用のおもちゃのようなカラフルなアクセサリーから、ハイブランドとコラボしたものまで幅広く取り扱いがあるが、そこにあったのはちょうど真ん中たり、ミドルクラスのものだった。



「キャラクターモチーフのものもあるのね。可愛い」


レイラさんが頬をゆるめた。

そのレイラさんの指には、ノーブルデザインのエンゲージリングが輝いている。


「そうですね。ファンディーの指輪なんて大和が喜びそうですけど……ここにあるのは、ちょっと大人過ぎるデザインですね」


そこにあったのはよくあるキャラクターものではなく、大人が身につけてもおかしくないようなデザインで、よく見たところ、ホワイトゴールドやプラチナ素材のものもあるようだった。


「指輪といえば、蓮さんからはもう渡されてるんですか?」

「え?あ、いえ………まだです。私達は正式な婚約はまだですから」


将来的に結婚も見据えてはいるけれど、蓮君のニューヨーク行きが決まったばかりで、私達の関係については具体的な進展の話はしていなかったのだ。

するとレイラさんは少々語気を荒げて。


まだ(・・)?何してるのかしら、まったく」

「今はそれどころじゃないんだと思います。それに、私達はまだ付き合いはじめてから日が浅いですし…」

「そんなの関係ないわよ。ねえ琴子さん、もしニューヨークに行くまでに指輪の一つも用意しないようだったら、言ってくださいね?お母様と三人で一緒に抗議しましょう?」


冗談めかして言ってくださったレイラさんに、私も同じように冗談風味で「その際はよろしくお願いします」と返し、二人で笑い合う。

そこへ会計を終えたお母様もいらして、私達は短い時間だったけれど、気心知れた関係を築くために有意義な時を過ごしたのだった。








蓮君との待ち合わせは、宿泊ホテルのエントランスラウンジだった。

今日のFANDAKの閉園時間は18時で、それまでにはホテルに向かえると思う、蓮君はそう言っていた。

でも今日は蓮君の最後の日だし、てっきり仲間内で送別会的なものが行われるものだと思っていたけれど、蓮君が言うには、今夜閉園後、3日後からはじまる新しいパレードのリハーサルがあるらしいので、ダンサー仲間はそれどころではないらしい。

そのあたりのことは全くわからないので、蓮君が言うならそうなのだろうと、私は18時の待ち合わせに何ら疑問は持たなかった。


蓮君が予約してくれた部屋はなかなかスペシャルな部屋らしく、せっかくだからと夕食はルームサービスを頼むことに決めていた。

何から何まで蓮君に任せっぱなしで申し訳ないと感じながらも、私は、はじめての宿泊デートに胸が高鳴っていて、しかも今日は蓮君の人生の節目の日となったわけで、私はいろんな意味で今日はお祝いの日だと思っていた。



………理恵、蓮君、私が選んだプレゼントを気に入ってくれると思う?


心の中で親友に問いかける。

手にしているのは、持ち運び用のレザーの二つ折りフォトフレーム。もちろんフレームの中には亡き親友の笑顔だ。

フォトフレームの向こうには、すっかり冷めきってしまったホットココア。

理恵のことだから、”そんなことより早くココア飲んじゃいなさいよ。勿体ない” なんて開口一番に叱りそうだけど。


何も、外出時にいつも理恵の写真を持ち運んでいるわけではない。

ただ、大和の転園初日とか、運動会とか、何かイベントや節目的な日にはバッグにスタンバイしてもらっていた。

それは私にとってはお守りのような存在に近かったかもしれない。

それから、理恵にも一緒に見届けてもらいたい、そんな私の希望がそうさせていたのだろう。

そして今日は、紛れもなくそんな一日だったのだ。



私は冷めきったココアに手を伸ばしかけて、なんだかエントランスの方が賑やかになってきたのを察した。

そちらに視線をやると、若い女性が集まってきていて。


もしかしたら……


ふと予感がかすめたとき、スマホにメッセージが入ってきた。

蓮君からだ。

出待ちのファンがいたので、先にエレベーターホールに向かっててほしい、そう記されていた。


私は大丈夫かと気にはなったものの、言われた通りにすることにした。

フォトフレームをバッグにしまい、スタッフにテーブルでチェックしてもらってから、ラウンジを出て奥の宿泊者専用のエレベーターホールに向かう。

そこは誰でも立ち入ることができるエントランスからは死角になっていて、私達が落ち合っても問題ないと蓮君は判断したのだろう。


それでも多少の不安は拭いきれないまま、私は彼が来るのを待つことにした。



間もなくして、蓮君が両手いっぱいの花束やプレゼントを抱えてやって来ると、ホッとすると同時にびっくりしてしまった。



「琴子さん、お待たせしました」

「蓮君、すごい荷物だけど、大丈夫?ファンの方達は……」


あまりに驚いてしまったせいで、蓮君に ”お疲れさま” と労う言葉さえ飛ばしてしまった。

けれど蓮君は戸惑ったような表情を浮かべながらも、照れ臭そうに言った。


「ですよね。まさかこんなにも待っててくださってるとは思いませんでした」

「その……、前のパレードのときみたいな、積極的なファンの方はいなかっの?」


言葉を選びながらも、実際にトラブルを目の当たりにしている当事者としては、蓮君の安全が一番心配だったのだ。

すると蓮君は「大丈夫ですよ」と即答だった。


「あの事故以来、ファンの間でも自発的にルールを設けたりとか、横のつながりでいろいろまとめてくれたりする方がいらっしゃったようです。たまたまその方が今日が俺の最終日だと知って、パレードに間に合わなかった人が最後に俺に会えるようにと、出待ちをまとめてくれていたようなんです。仕切りの方曰く、今日は最後だからということで特別に許してほしいとのことでした。でも見送りもホテルのロビーまでで、皆さん行儀よくホテルのスタッフの方の指示に従っていましたよ」


それを聞いて、やっと胸のつかえがおりた気がした。


「それはよかった。あ…、荷物、私も運ぶのを手伝いたいところだけど、でもファンの方からいただいたばかりの贈り物を私が触れるのは良くないわよね……?」


蓮君は少し考えてから、「じゃあ、部屋のキーを預かっててもらえますか」と、カードキーを二枚差し出した。


「スタッフの方に俺のファンのことでお手数おかけしてしまいましたから、部屋までの案内は遠慮したんです。でもこんな状態なので、部屋の鍵は開けられそうにありませんから……」


私がカードキーを受け取ると、自由になる指先のみで ”お手上げ” だというジェスチャーをしてみせた蓮君は、なんだかいつもより声のトーンが上がっているように聞こえた。

いわゆる、ちょっとだけ ”ハイ” になってる様子だ。

でもそれは仕方ないだろう。

だって今日は、蓮君の人生の節目の日なのだから。

ひとつの夢を終えて、また新しい夢にスタートを切る日。

興奮するなという方が難しそうだ。


かく言う私だって、はじめての蓮君とのホテル宿泊に、緊張感という類の興奮は高まりっぱなしだった。

そしてそれは、受け取ったカードキーのルームナンバーを見てより一層上昇してしまう。

それは、このホテルの中でも特に人気が高い、FANDAKに面したテラス付きのスイートルームだったのだから。



「蓮君、このお部屋って……」

「キャンセルされた部屋が、たまたまスイートだったんですよ」


戸惑う私をよそに、蓮君は涼しい顔で答えながらエレベーターに私をエスコートする。

扉が閉まってしまえば、私達二人きりの密室の出来上がりだ。

蓮君はフロアボタンを押すと、素早く私のこめかみにキスをした。


「今日は、特別な日ですから」


二人きりなのにわざわざ耳元で囁いた蓮君。


「そうね、蓮君にとって節目となる日だものね」


うっかり体温を上げてしまいそうなのを誤魔化して、平気なふりで返す。

けれど蓮君は、私のそんな努力をさらりとかわすように、さらに艶を増したような声色で付け加えたのだ。


俺達(・・)にとって、特別な夜ですよ。今夜は、思い出に残る夜にしたいんです……」


言葉とともに首筋にかかる息に、ビクリと過剰反応してしまう。

だけど、はじめての夜を大切に思っているのは私だけではないのだと、それだけでたまらなく嬉しくなって。



そうしてあっという間に、特別な夜の舞台となる特別な部屋の扉を、二人で一緒に開いたのである。












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