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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
夢の足跡、夢の足音
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熱狂が爆発したようなひとときが過ぎると、辺りには喪失感や物悲しさが残り香となって弥漫(びまん)していた。


けれど、時は間違いなく前に進んでいて、感情の決着をつけられていない観客も、ずっとそこに留まることはできないのだ。

もちろん、私だって。



「じゃあ、大和君は明日の夕方まで預かってるから」


パレード終了後、蓮君のご家族と挨拶を終えた両親が大和と手を繋ぎながら言った。

FANDAKの閉園時間にはまだ余裕があるが、今夜は実家近くにある大和お気に入りのレストランで何でも好きなものを食べていい、という約束をしているらしく、帰宅客で込み合う前にFANDAKを出るつもりなのだ。

もうすっかり孫を溺愛する祖父母という絵柄である。

大和の方も秋山のおじいちゃん、おばあちゃんにしっかり甘えていて、おかげで私は今日の蓮君との約束に後ろめたさなどは持たずにすんでいた。


「よろしくお願いします。大和、おじいちゃんとおばあちゃんの言うこと聞くんだよ?明日の晩ご飯は蓮君と三人で食べようね」

「やった!琴ちゃんはきょうはレンお兄ちゃんとデートなんだよね?」

「デ……、蓮君と晩ご飯を食べるだけだよ?」


蓮君のご家族がすぐそばにいる手前、”デート” という単語は直接的過ぎて少々避けたくなってしまう。

これはもういい年した大人のくせにとか、そういう問題ではないのだ。

けれど純粋無垢な大和にはそんな私の心の機微など取るに足らないのだろう、私の訂正は綺麗に無視だった。


「じゃあ、デートがおわったらおやすみの電話してね!」

「………わかった。約束ね」


無意味な訂正は諦めて、私は大和の頭をぽんぽん叩いた。

大和は満足そうに、その場にいる大人達全員に目一杯の愛想を振り撒きながら、両親に手を引かれてスタンド席を降りていったのだった。



「大和君、本当に可愛らしいわね。うちの息子達の子供時代とは大違いよ」


小さな背中を見送りながら、冗談めかして蓮君のお母様が仰った。


「可愛げのない子供で悪かったね」


了さんが苦笑で反論する。


「あらお母様、了さんは今でも意外と可愛らしいところもありますよ?」

「まあ、そうなの?例えばどんなところが?」

「そうですねえ、この前なんか、アイスコーヒーなのにふぅふぅ息をかけて冷まそうとしてましたよ?」

「うるさいな。猫舌なんだからしょうがないだろ」


了さんとレイラさんが軽くやり合うのをお母様はにこやかに聞いてらして、仲が良いご家族なんだなと、私まで笑みがこぼれてしまう。

けれど、ふとレイラさんの目線が逸れると、彼女はにわかに表情を変えた。

そして了さんやお母様にも気付かせるような仕草で告げたのだ。



「どうやら、会議は予定よりも早く終わったようですよ?間に合ってよかったですね、社長?」



お母様や了さんとともに私もレイラさんの見つめる先を追うと、スタンド席の入口にネイビーのチェスターコートを品よく着こなした、私の両親より少し若い出で立ちの男性が立っていた。

誰だろうという疑問さえ浮かばないほどに、すらりとした佇まいも、その面差しも、蓮君によく似ていた。



「あら、今日は来れそうにないと言っていたのに」


お母様がフフフと愉快そうに笑う。


「まあまあ、そんな意地悪仰らないで?」


レイラさんは言うなり、その男性のもとへ駆け寄っていった。

了さんはやれやれ…といった調子で息を吐きながら、婚約者を見守っていて。

三者三様の反応を見受けた私は、萎んでいた緊張感が一気によみがえってくるのを感じた。


男性…蓮君のお父様は、レイラさんに腕を引かれてこちらにやって来る。

初対面の再開を予感して、きゅっと鳩尾(みぞおち)に刺激が走った。

そしてレイラさんとお父様が私達の前まで来ると、了さんが代表して紹介してくださった。


「琴子さん、俺達の父です。今日は会議があるとか何とかでここには来る予定ではなかったんだけど……」

「会議が早く終わったんですよね?社長?」


レイラさんが蓮君のお父様のことを ”社長” と呼ぶのは、仕事での付き合いが長いからだろうか。

だけどその呼び方も親しげで、堅苦しい感じはしない。

蓮君のお父様は一目ではその表情を読み解けない黙した雰囲気だけれど、明るいレイラさんがクッションになってくれたおかげか、私は緊張感の割には気構えることはなかった。



「はじめまして。秋山 琴子と申します。蓮く…蓮さんには、大変お世話になっております」


気構えずにすんだのはよかったとしても、ついいつものように ”蓮君” と呼んでしまいそうになり、慌てて言い直した。

蓮君のお父様からは一瞬だけ一瞥をいただいてしまったけれど、すぐに何もなかったかのように「北浦です」と挨拶をくださった。


「まああなた、それだけ?」


お母様の呆れ口調が飛んでくると、お父様は今度はお母様に一瞥を投げられて。

するとレイラさんがクスクス笑いつつ、お父様の腕を離してお母様と了さん側に移動した。


「それよりもお母様、アテンダーの方が迎えに来てくださってるようですよ?せっかくだからおすすめのお店を訊いてみましょうよ」


ほらほら、とお母様の背中を押して催促するレイラさん。

了さんはまたしてもやれやれ…といった風情で婚約者のやることを全面的に受け入れる姿勢だ。


「じゃあ、琴子さん、俺達は向こうでスタッフの方と話しているから。父さん、琴子さんをあんまり怖がらせないでくれよ?」



どうやらお三人は、私とお父様の二人で話をする時間を設けてくださったようだ。

私はその気遣いに感謝しながらも、若干の不安と心細さを握りしめていた。












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