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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
夢の足跡、夢の足音
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「琴ちゃん、はじまるよ!」


パレードの大迫力な音楽と観客の大歓声に圧倒されながらも、はしゃぐ大和が椅子から立ち上がらないように、私はそっと小さな肩に手を乗せた。

でもその手がほとんど硬直寸前だと気付くと、異様なほどの緊迫感が自分の中に生まれていたのだと知った。


どうしよう……どうしよう。今日で蓮君のダンス姿が見られなくなるなんて。

もともと彼のパフォーマンスを知っていたわけでもないし、直接見た回数は実質最初の一度きりだ。

でも蓮君がどんなにダンサーの夢を追いかけていたのかは理解しているつもりで。

その蓮君の夢がひとつ終演を迎えるのだと思うと、どうしても切なくなってしまうのだ。


まだダンサーの彼を知って日が浅い新参者の私でさえここまで心が騒いで揺れてしまうのだから、彼を応援してきた時間が長い人はその分だけもっともっと………


………違う。蓮君は今日、夢を取り上げられるわけではないのだから。

自らの選択で、一つの夢を終えて、また新しい夢に向かうスタートを切るのだから。

だから、寂しいし、悲しいし、切ないけれど、蓮君の中には、期待や、喜びや、楽しみだって同時に湧き上がっているはずで。

私は恋人として、そんな蓮君を支えていくと決めたのだ。



やがて、わっと歓声が広がった。


「あ!ファンディーだ!」


音楽や大興奮の観客の声から飛び出てくるようにして、大和の叫び声が耳に届く。

私達の目の前のメインストリートに先頭のフロートが進んでくるところだった。


もう新年を迎えているけれど、クリスマスパレードは年明けまで続くのだという。

そして今日は、そのクリスマスパレードの最終日でもあった。


大和の大好きなファンディーはサンタクロースの衣装を着ていて、フロートの高い位置から沿道の観客に手を振っている。


「ファンディー!ファンディー!」


必死で両腕を伸ばしぶんぶん振る大和。

立ち上がってはいけないという決まりをきちんと守っているものの、意識はもう完全にパレード一直線だ。


蓮君から聞いた情報では、蓮君が乗るフロートはちょうどパレードの真ん中あたりで、衣装はシルバーのフロックコート、女性ダンサーとペアでフロートの中央上段のポジションらしい。


ドクンドクンと、脈打つ音がパレードの音楽にも負けないほど私の体で響いてくる。


やがて、ひときわ大きな歓声がまるで波のように打ち寄せてくると、


「あ!レンお兄ちゃんだ!」


大和の大興奮する声が止めを刺した。

まだ顔もはっきり見えてないにもかかわらず、大和はこちらに差し掛かってくるフロートを指差して懸命に蓮君の名前を呼びはじめたのだ。


「ほら、琴ちゃん、あれレンお兄ちゃんだよね?ね?」


満面の笑みで見上げてくる大和に、私はただ頷くことしかできなかった。

なぜなら、大和以外に蓮君の名前を叫んでいる大勢の人達の声に、どうしようもなく感情が揺さぶられてしまったのだから。



「レン―――――!」

「レン、こっち向いて!」

「今までありがとう!」

「ありがとう!レン!」

「レン!レン!レン―――!」



方々から、口々に蓮君へのメッセージを送り続ける観客たち。


蓮君………、蓮君は、こんなにもたくさんの人に支えられていたんだよね。

そう感極まったわたしの感情の名前は、定かではなかった。

一方では、



「レン、辞めないで!」

「辞めちゃうなんて嘘だよね?!」

「レンに会えなくなるなんてやだよ!レン!行かないで!」



当然、そんな悲痛な叫び声も聞こえてくる。

だけど、彼女達の気持ちも丸ごと、蓮君を支えてくれるのだと信じたい。


そして、大きなどよめきが起こると、蓮君の乗ったフロートが私達の前で停止した。




聞いていた通り、蓮君はシルバーのフロックコートをまとっていて、フロートの中央の一番高い位置に立っていたが、相手役の女性ダンサーは伴っていなかった。

同じフロートには時生君も乗っており、彼は女性ダンサーとペアを組んでいたけれど、蓮君は一人で音楽にあわせた振りを踊りつつも、他のダンサーが男女ペアで踊る際は一人で観客に向かってパフォーマンスをしていたのだ。

まるで観客がパートナーであるかのように、左、右、また左、そして時おり後方にと、可能な限り全方向に手を振ってとびきりの笑顔を見せている。

彼は貴族の紳士という装いそのままに、優雅にお辞儀をしたり礼をとったり、ダンサーのレンを全力で全うしようとしていた。


そんな蓮君を、彼のファン達もまた全力で声を上げて迎えていた。

これでもかというほどの歓声に包まれて、蓮君は感激したように胸に手を当て、まるでおとぎ話から飛び出した本物の王子様のように感謝を伝えてきて。

その振りのひとつひとつ、眼差しの行方までもが、熱のこもった歓声を生み出していく。


蓮君のダンスは、一本一本の指先にまで魂が迸っているかのように、もしかしたら揺れる髪先にさえ感情がこもっているのではと思わせるほどに、見ているこちらの胸を熱くさせる。

それは私が彼に特別な好意を抱いているせいではないはずだ。

だって、隣にいる大和も、私と同じように蓮君のパフォーマンスに心打たれているようだったから。


「琴ちゃん!レンお兄ちゃんかっこいいね!すっごくかっこいい!王子様みたい!」


目をキラキラさせて、大きく口を開いて、小さな体いっぱいで蓮君のダンスに夢中になっている大和だったが、私こそ蓮君に魅入ってしまって、うっかり大和から手を離してしまうところだった。



「ねえ琴ちゃん、今日はみんないっしょにおどらないの?」


大和は興奮の狭間にくるりと首を回して尋ねてきた。

本来なら、一時停止したフロートの近くまで観客が近寄っていって、ダンサー達と一緒に踊ったり触れ合える時間があるのだが、さすがに今日のこの雰囲気ではそれは危険だと判断されたのだろう、観客がメインストリートに進入するきっかけとなるアナウンスはなく、代わりに「その場で手拍子をお願いします」という案内が流れた。

そしてそれが合図だったのか、フロートに乗っていたダンサー達がステップを踏むように軽やかな足取りで降りてきて、それぞれがペアで沿道の観客の前に挨拶しに行く。

けれど蓮君だけは、フロートの一番高いところからは移動せず、上品に、時にチャーミングに、自分に向けられるたくさんの感情に応じていた。

それはそれは丁寧に。

本当に、本当の本当に、素敵だった。


それはまるで、蓮君のダンサー人生が幕を閉じることに切なさを感じているすべての人を慰めて励ましているかのように、圧倒的に素敵だった。



「レン………!」

「レン、最後までかっこよすぎるよ」

「レーン――――!本当にありがと――――っ!」



歓声の中に涙声が混ざってくると、私も目頭がじんじんしてきて、鼻頭にツンと刺激が走った。


「あ、琴ちゃん、ないてるの?」

「ううん、泣いてないよ?」

「でも目をこすってたよ!」

「そんなことないよ?」


誤魔化そうとした私に、大和は「琴ちゃん?」と顔をぐっと近付けてきて。


「琴ちゃん、泣いてもいいんだよ?」

「え……?」

「泣いても、また笑えたらいいんだよ!」


それは、以前に私と蓮君が泣くのを我慢しようとする大和に告げた言葉だった。

そのことが、また私をたまらなくさせて。


「……そっか………」

「うん、そうだよ!……あれ?でも、どうして琴ちゃんないてるの?かなしいの?レンお兄ちゃんがファンダックをやめちゃうから?でもレンお兄ちゃんはあんなに楽しそうだよ?」


大和のなかなかに芯を突く追及に、私は泣き笑いながら「そうだね」と心からの同意を返せた。

本当に、蓮君は渾身の力で楽しんでいるようだったから。

それが、彼のダンスからひしひしと伝わってくるから。



やがて、ストリートに降りたダンサー達がひとしきりファンサービスを終えた頃、スピーカーから流れる音楽が変わり、その瞬間、フロートの前後両側の噴射機からパアアンッ!と弾けるような音とともに雪が降ってきたのだ。



「わあっ!琴ちゃん、雪だよ!」



最高潮の笑顔とパレードのクライマックスとがひしめき合って、また大きな感動を呼んで………




そうして、勢いよく舞う雪が陽の光に反射して眩い中、大勢のファンに見守られながら、ダンサー北浦 蓮の最後のパフォーマンスが終わりを迎えたのだった。









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