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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
夢の足跡、夢の足音
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「こちらのお席をご用意いたしました。何かございましたら、近くにおりますスタッフにお尋ねくださいませ」


そこはメインストリートに面して設営されたスタンド席で、以前案内された特別観賞エリアとは通りを挟んで正面に位置し、目の前でパレードが一時停止してショーを間近で観賞できるのは同じだったが、段差があって柵もしっかり設置されているこちらの座席からは、そのショーに参加するのは難しそうに思えた。

おそらく有料で一般客も入れるようだが、パレードを楽しむための特別観賞エリアとは違って、こちらは本当に観賞のみを目的とした席なのだろう。

その証拠に、スタンド席にいるのはスーツを着た関係者風の人や、いかにもエンターテインメント関連の仕事をしてますといった出で立ちが目立っていた。


私達はエスコートをしていただいたスタッフの方にお礼を伝えて別れたが、その直後、


「もしかして、秋山 琴子さんでいらっしゃいますか?」


女性に声をかけられた。

私達に用意された席のすぐ隣にいたその人は、とてもスタイルがよくて、纏う雰囲気からして一般人でないことは明らかだった。

だがそのおかげで、私はすぐに彼女とそのそばにいる人たちが誰なのかわかってしまう。


「はい、そうです。はじめまして、秋山 琴子と申します。この子は大和。それから私の父と母です。あの、北浦 蓮さんのご家族の方でいらっしゃいますよね?」


私に声をかけてくださったのが、きっとお兄様の婚約者でモデルをしてらっしゃるレイラさん。そしてそのお隣の長身の男性が蓮君のお兄様で、さらにその奥にいらっしゃるのがお母様だろう。

お兄様とお母様は、どことなく蓮君に似てらっしゃる気がした。


すると女性はパッと笑顔を満開にさせた。


「わあ、やっぱり!はじめまして、私、川村 レイラといいます。といっても私はまだ北浦家の一員ではないんですけどね。先日婚約したばかりで……って、そのへんのことももう蓮さんからお聞きですよね?」


人懐っこい口調でフレンドリーに接してくれる彼女に、緊張しきりだった私の身心も少しほぐれた感覚がした。


「はい、もちろん」

「あ、レンお兄ちゃんといっしょにうつってたお姉さんだ!」


まだお兄様やお母様とのご挨拶も終えていないのに、横から大和の無邪気な発言が割って入ってきてしまった。

けれど、彼女…レイラさんは戸惑うこともなくスッと前屈みになり、「はじめまして、大和君。私はレイラといいます。仲良くしてね」と優しく語りかけた。

小さな子供に慣れている様子で、これも私の緊張材料をひとつ消すことができた。


「はじめまして、琴子さん。蓮の兄の(りょう)です。ずっと琴子さんにお会いしたかったんですよ。大和君も、こんにちは。僕はレンお兄ちゃんのお兄ちゃんで、了といいます。僕のことも了お兄ちゃんと呼んでくれたら嬉しいな」


大和のことや私の体のことは蓮君からご家族に説明してくれるということだったけれど、この反応は、私達のことは好意的に受け入れてくださっていると考えていいのだろうか。

いや、でも、蓮君のお母様とのご挨拶はまだなのだから………


私は、蓮君のお兄様…了さんと楽しそうにおしゃべりする大和から蓮君のお母様へと顔を向けて、その目線をいただいた。



「お初にお目にかかります。秋山 琴子と申します。蓮さんにはいつもお世話になっております。ご挨拶が遅れてしまいまして、大変失礼いたしました」


やや畏まり過ぎ感は拭えなかったけれど、初対面を悔やみたくなかった私は、大袈裟にならない範囲で可能な限りの丁寧な挨拶を心がけた。

ただ、”蓮さんとおつきあいさせていただいてます” という文言は、周りの目と耳が気になり避けることにした。

だけど、蓮君のお母様からはその堅い挨拶を笑われてしまったのだった。



「まあまあ、そんなに堅くならないでいいのよ?はじめまして、琴子さん。お会いしたかったわ。蓮の母です。夫は都合がつかなくて今日は来られなかったの。ごめんなさいね」


お母様はそう仰ったあと、すぐに私の両親にも頭を下げてくださった。


「はじめまして。北浦と申します。今日は夫が不在で申し訳ございません。ですが今後ともどうぞよろしくお願いいたします」

「北浦です。こちらこそよろしくお願い申し上げます」

「琴子の母です。北浦さんには娘も大和もお世話になりっぱなしで、大変感謝しております」

「いえいえ、きっとお世話になってるのはうちの息子の方だと思いますよ?だって、大和君はこんなにもしっかりしててお利口さんなんですもの」


蓮君のお母様は、了さんとレイラさんを見上げてはきはきと自己紹介を披露している大和にあたたかい眼差しを送りながら言った。

そしてそれに気付いた大和が、なあに?という風にひょこっと首を傾げてみせた。

その仕草が何とも言えず可愛らしかったものだから、その場にいた大人達全員が、微笑ましい気持になったのが空気感で伝わってきて。



ひとまず、恋人のご家族との初対面という大きなイベントについては、とびきり大きな成功を果たせたと言ってもいいだろうと、私は胸を撫で下ろしたのだった。




それからパレードがはじまるまでの時間、私と大和は了さん、レイラさんと、そして親は親同士で会話を広げていた。



「え、琴子さんは蓮のことを君付けで呼んでるんですか?」


これから親戚になっていく者同士、何と呼び合うかという話題になり、何気なく打ち明けた ”蓮君” という呼び方に、了さんが意外なほど強く興味を示されたのだ。


「ええ、そうですが………何か変でしたか?」

「ああ、いえ、変とかそういうんじゃないんですけど……」


返事を濁しかける了さんに、レイラさんがクスクス笑いながら、ぽつりと呟いた。


「レンコン」

「え?」

「だから、レンコンですよ。お野菜の」


レイラさんのクスクス笑いは続く。

そこで、私はようやく思い出した。



――――実は、俺のこと ”蓮君” って呼ぶ人いないんですよ。ほら、なんだか音がレンコン(・・・・)と似てません?だから子供の頃からずっとその呼ばれ方が好きじゃなかったんです。でも――――琴子さんだけの呼び方になるなら、ちょっと嬉しい…………



あれは、まだ付き合いはじめる前、はじめて大和と三人でFANDAKに行ったときだった。

今と同じように呼び方をどうするかという話になり、そこでこっそり、耳打ちで教えられたのだ。



「あ……」

「思い当たることがあるようですね」


クスクス笑いをもっと濃くしたレイラさんに、了さんは少々気抜けした顔をした。


「よかった。俺、余計なこと言ったかと思って焦りましたよ」

「蓮さんがいい年していまだにレンコン嫌いなことを、うっかり琴子さんにばらしちゃった……って?」

「そうそう。でも琴子さんがもうご存じだったからセーフだよな?」

「レンコン、美味しいのにね?琴子さんもそう思いません?」

「そうですね……。でもレンコンなら、実は私よりも大和の方が好きなんです。ね?」

「うん!ぼく、レンコン大好き!レンお兄ちゃんはレンコン嫌いなの?」

「そうなんだって。大和君、今度レンお兄ちゃんに ”レンコン食べなきゃだめだよ” って言ってあげて?大和君の言うことなら聞くかもしれないわ」

「うん、わかった!」


大得意な表情で大和がえっへんと胸を張ると、私達は一斉に声を上げて笑った。



和やかな初対面が繰り広げられる中、私は自分と大和が受け入れられたことへの安堵と感謝の気持ちと共に、わずかばかり、ここに蓮君のお父様がいらっしゃらないことを残念に思っていた。


蓮君は、ダンスの道を選んでからずっと、お父様との関係が決して良好ではないと感じていたという。

だからといってダンサーを諦めるなんて選択は浮かばなかったものの、父親が自分の選んだ人生を認めてくれるにはどうしたらいいのか、そんな悩みは尽きなかったらしい。

だからこそ、今日、ダンサーとしての生活を終える日に、最後のダンサー姿の蓮君をお父様にも見ていただけたらよかったのにと、胸がざらついてしまう。


だって………



私は地面よりも高くなっているスタンド席から周囲を見まわした。

そこには、家族連れや男性グループもたくさんいたけれど、おそらく、いや、きっと、多くの観客が、蓮君の最後のショーを目に焼き付けようと駆け付けたファンだろう。

本来ならパレード観賞では控えるべきメッセージボードを準備している人も少なくはなさそうだったから。

FANDAK側からは正式なアナウンスは何もないはずなのに、ファンの人達のネットワークの方が一枚上手で、とても優秀で、それから、あたたかい。



ここから見ると、本当に、本当にたくさんの人達が蓮君を応援しているのだと実感する。

その人気が原因で、私は不安を感じたことも、蓮君を心配させてしまったこともあるけれど、だからといって彼を応援する人すべてにネガティブな印象を持ったわけではないのだ。

その証拠に、私はこんなにも胸がいっぱいになっている。

まだパレードははじまっていないのに、もう泣きそうになっている女の子もそこかしこにいて、私は、彼女達の想いを忘れてはいけないのだ。



しっかりと、今この瞬間の感情を記憶に刻み込もう。

そう決めたとき、パレードのスタートカウントダウンアナウンスが流れたのだった。












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