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閉園間際の恋人たち  作者: 有世けい
夢の足跡、夢の足音
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FANDAKの入場口前で待ち合わせていた両親と合流し、四人でインフォメーション窓口に向かった。

今日は蓮君からの招待ということになっているのだ。

私と大和は以前のトラブルの際に特別なパスをいただいたけれど、蓮君は私の両親にも都合がつけばぜひ見てもらいたいと招待してくれたのだった。

彼にしてみれば、将来家族になる予定の自分のことを知ってもらういい機会になればということらしい。

確かに、これから ”the Key” で頑張る蓮君を知る機会はいくらでもあるだろうけど、FANDAKのダンサー姿を瞼に記憶させるのは、もう今日しかないのだ。

私の両親もそれをよくわかっていて、二人とも二つ返事で招待を受けてくれた。



インフォメーションで名前を告げると、すぐに案内役の女性スタッフがやって来て、入場ゲートから一番近くにある建物の一室に通された。

窓がないその部屋は一般的なソファーセットが2セット並べられるほどの広さで、おそらく関係者用の待合室、もしくは応接室といった雰囲気だった。


私達が腰を下ろしたときには、すでにテーブルの上に招待客用のパスが準備されており、その数は明らかに4人分以上はあった。

蓮君のご家族は、まだいらしてないのだろうか。



「本日、北浦 蓮出演のパレードは15時からになっております。それまでにこちらのマップに印が付いておりますエリアまでお越しくださいませ。近くにおりますスタッフに今からお渡しいたしますVIPパスを提示していただきますと、所定のお席にまでご案内いたします。秋山 琴子様と秋山 大和様…大和君には、以前にアトラクション等のパスもお渡ししていると伺っておりますが、本日はお持ちですか?」

「はい!持ってきてます!」


大和がピシっと挙手する。

女性スタッフは「元気なお返事、どうもありがとうございます」とにっこり笑顔をくれて、大和は存分に得意顔になった。


「では、秋山 琴子様のご両親様にも同じパスをお渡しいたしますので、パレードの時刻までどうぞ ”Fairy(フェアリー) tale(テイル) AND Adventure(アドベンチャー) Kingdom(キングダム)” 、FANDAK(ファンダック)でお楽しみくださいませ」

「ご丁寧にありがとうございます」

「お姉さん、どうもありがとう!」


私と大和に続き、父と母も照れくさそうにしつつもしっかりとパスを受け取っていた。

ただ、私はどうしても気になってしまい、部屋を出る間際に女性スタッフに切り出した。



「あの、北浦さんのご家族の方々は、まだお見えではないのでしょうか?」


蓮君は、『当日は母と兄、それと都合がつけば兄の婚約者も来ると言ってます』と教えてくれていた。

お母様やお兄様がいつ頃来園されるかまではわからないとも言っていたが、もし既にFANDAKにいらっしゃってるのなら、園内のどこかでお会いするかもしれないのだから。

ところが、女性スタッフは「まだお越しではないようです」と即答したのだ。


「そうですか…」


少しだけ、ほんの少しだけ、緊張の糸がゆるまった気がした。


「いらっしゃいましたら秋山様にご連絡差し上げましょうか?」

「あ、いいえ、それは大丈夫です。ありがとうございます」

「では、どうぞお気をつけて。素敵な一日をお過ごしくださいませ」



案内役の女性スタッフの眩しいほどの笑顔に送り出されて、私達は晴天の中、おとぎ話の世界に入っていったのだった。




クリスマスよりもお正月よりもこの日を楽しみにしていた大和は、それはそれは興奮しっぱなしで、私だけでなく父や母も巻き込んでの大騒ぎだった。

いつものようにあれこれ注意していた私だったけれど、その都度両親から「いいじゃないか」「今日くらい大目に見てあげなさいよ」などと甘やかし(・・・・)のお小言が入るものだから、次第に折れていったのだ。

ただ、両親のせいにするような言い方をしたとしても、私自身も今日は通常運転とならないのは明らかなので、大和のことや両親ばかりを責めることはできないだろう。


けれど、園内でしばらくの時間を過ごしていくうちに、通常運転でない(・・・・・・・)のは私達一家だけではないのだと感じはじめていた。


最初にそんな違和感に触れたのは、他のゲスト同士の会話だった。



――――「え?レンが?」



レン……ここFANDAKでその名前が挙がるのは、ほぼほぼ蓮君関連のことだと思う。

園内を移動中、すれ違った女の子グループから漏れ聞こえてきた恋人の名前に、私は一瞬で耳が大きくなった気がした。



「らしいよ?公式の発表はないけど」

「そりゃ公式は発表しないでしょ。これまでもいちいち発表なんかしてないんだし」

「でもあのレンだよ?」

「ていうか、それ間違いないの?」

「スタッフの人がそれっぽいこと言ってたんだって」

「マジか……」

「だったら大ニュースじゃん!すぐにファンの子に教えてあげなきゃ!」

「あ、私も!ガチの子知ってるから」

「でもめっちゃショックなんだけど!」

「そりゃショック受ける子は多いでしょ」

「あ――、ショック!すっごいショック!」



数人の女の子達が「ショック」の輪唱で遠ざかっていった。

私はそれを鼓膜に記憶させ、私の知らない、想像さえもできないところで蓮君はたくさんの人達に想われていたのだと思い知る。


彼女達が話していたのは紛れもなく蓮君のことで、突然の引退劇はトラブル回避のために箝口令が敷かれたと聞いていたが、やはりどこかしらに抜け目はあったようだ。

だけど、一部の人が知ってしまったとなると、もしかしたらものすごい勢いでその情報は広がっていくのではないだろうか。

何しろレン(・・)は、FANDAKでも1、2を競う人気ダンサーなのだから。

そして私の危惧が正しかったことは、時と共に実感していくことになったのだ。



どこか園内全体が浮足立ってるような、そわそわ落ち着かないような、そんな雰囲気に包まれていった。

それらすべてが蓮君が原因だとは思わないが、大方はそうなのだろう。

ここまでくると、大和の相手をすることに夢中だった私の両親もさすがに気付いたようで、母は「あなたのお相手はとんでもなくすごい人なのねえ…」と敬服した様子だった。


大和だけは「おきゃくさんがたくさんだね!」と楽しそうだったけれど、確かに大和の言う通り、パレードの時間が近付いてくると、どんどんゲストの数が増えてきて。

それもあって、私達は予定よりも早いタイミングでパレード観賞用の指定エリアに向かうことにした。



そしてスタッフに案内された席で、蓮君のご家族と初対面を果たしたのだった。












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